幼なじみくんチップス、思いを寄せている人が自分よりスペックの高い友人と笑顔で楽しそうに話しているのを見て、つい心が軋んでしまう(定番のうすしお)味

 心優しいガリ勉メガネくんに、夏の暑い日に屋外屋台のたこ焼きを食べさせるという非道を働いてからしばらくすれば、夏休みは終わりだ。聡くんにあった時点でもう一ヶ月は過ぎていたのだから、当然だね。


 私が一口で食べるのがおすすめと言ったら本当に熱々のものをそのまま口に放り込み、店員さんの前で吐き出すことも出来ずに悶絶していた少年。本当に騙されたのか、私の言葉でいい所を見せようと思ったのか、どちらにせよ大変愉快なものを見せてもらい、内心大笑いしながらも、表面上は心配そうにして見せたひと夏の思い出。クッソほどしょうもない思い出だね。三年後には忘れていそうだ。


 騙したなと悔しそうな聡くんの前で同じ食べ方をして見せた時の表情は見ものだったのだが、それはともかく。最後に別れた時間と日にちを頭の片隅に入れているせいで、私の時間感覚をすこぶる成長させてくれた少年のことはともかく、学校の時間である。私たち学生の本分である、お勉強の時間だね。


 わーい、光、お勉強するの大好きー!と思いながら授業は始まり、なにか新しいことを習うことなく夏休みの宿題を確認される。新学期始まって最初の授業なんてそんなものさ。もちろん私はとっくに終わらせていて、智洋くんも同様に終わっている。今年は余裕を持って一週間前には終わらせたからね。


 そういえば最後の宿題の日以降会っていないなと、今朝は寝坊してしまってホームルームの直前に到着した智洋くんを見る。学校で私と話すことに抵抗があるらしいこの子は、朝一緒に登校しない限り挨拶の機会すらないからね。こちらから挨拶をしても、ああ、おはようの一言で会話を切られてしまう。クールぶっているのかな?もちろんそんなことはなく、ただ距離を取られているだけである。


 くすん、光悲しい。智洋くんがそんなことをしても、そもそも登下校が一緒な時点でほとんど意味なんかないのにね。そんな浅知恵未満のもので、私の支配から逃れられると思っているのなら笑い話である。この子の場合は自分が管理されていることにすら気がついていないのだけれどね。蛙め。大海を知れ!


 そんなことを考えていると、ちょうどこっちを見ていた智洋くんと目が合ったのでお手手をフリフリしてご挨拶。小さい頃から、光ちゃんは元気に挨拶ができてえらいわねとマダムたちに褒められ続けてきた私の挨拶だ。声を出すと目立つからサイレントモードでね。


 私に対抗心を燃やしている数学の先生だけが通常運転で授業を進めるなんて出来事を挟みつつ、私は数学を満喫する。どうせわかっている内容でも、授業を聞いている方がまだ楽しいからね。ほかの人たちは災難だな。聡くんだけは私と同じ気持ちかもしれないが。


「13日と22時間18分ぶり。真白、この前はありがとう。お前のおかげで、うちの母さんも喜んでくれたよ」


 相変わらずきっしょい挨拶をしながら、傍から聞けばまるでなにかひと夏の思い出があったかのような発言をするのは、メガネをくいっとした聡くんだ。まあ、この子以外にこんな挨拶かましてくる変な子がいたらびっくりだよね。私だから受け入れているけれど、他の人ならドン引きだよ、まったく。


「お口にあったなら良かった。あんまり、そういう経験なかったから、ちょっとだけ心配だったんだ」


 頭がピンクな中学生なら、私が聡くんの家に行って母君に手料理を食べてもらったと誤解しそうな会話。実際には、私がおすすめのたこ焼きをお土産に持たせて、それが美味しかったからありがとうと言うだけの会話だ。多分聡くんが言葉足らずなのは天然だね。周囲に聞かれることとか考えずに、私に伝わればいいと情報を減らしているのだろう。私?私はもちろんわざとだよ。智洋くんに届け、この会話。


 聡くんと歓談を続けながら、視界の隅に映る智洋くんを観察する。うんうん、興味無さそうに視線を外しながらも、会話を逃すまいとお耳に全集中しているね。わかりやすくて好きだよ、そういうところ。


 普段人とほとんど話さない聡くんが珍しく長話をしていることに、クラスのみんなは珍しいものを見る目になる。そのままだね。ガリ勉で浮いている聡くんといい、感性が合わず浮いている智洋くんといい、私の周りにはコミュ障しかいないのか?……考えてみれば、私もお顔パワーで誤魔化しているだけでコミュニケーション苦手だったな。類は友を呼ぶと言うやつか。どうせ集まるならキラキラな才能が良かった。


 現実を見ると悲しくなったので、会話を適当なところで切りあげる。うっすらと曇った空を窓から見上げ、ほぅっと一息。なんでてめえ、気取ってんのか?と絡まれそうな仕草だが、そんなものでも私のような美少女がやれば絵になるから、ルッキズムは最高だ。えへへ、光、きれいなお顔だーいすき!


 窓に映るママ様譲りを眺めて気持ちを回復させたら、物憂げな美少女ムーブは終わり。わざわざこんなことしなくても、私は十分にミステリアスな美少女だからね。ミステリアスって言葉辞書で調べ直してこいよ。私の持つ神秘性はTS転生由来です。


 ミステリアスそんなものは、せいぜいキラキラ候補とおやつくんの前で見せればいいので、基本的には香り付け程度だ。最初からアピールしすぎると仲良くなるのがむつかしいからね。みんなと仲良く明るくしている社交的なあの子が自分の前でだけ見せる謎めいた一面、そういうものに惹かれるように、人間はできているのだ。そうであらずんばひとにあらず。自分だけが本当の姿を知っているという優越感は、人を狂わせるものなのだよ。


 そんなことを考えながら午後の授業を済ませて、放課後だ。学期が始まって直ぐに授業が詰まっていることに、クラスメイトたちは文句を言っていたが、私からしてみればこんなものである。お金持ちの子たちからの誘いに、あまりお小遣いないからと断りを入れれば、楽しい下校時間。やっと話せるね、智洋くん。


 実際にないのはお小遣いじゃなくて、(ボンボンの遊び方に付き合う時間と)お小遣いなのだが、まあ嘘は吐いていないのでいいだろう。私の基準では、わざと誤解させるのは無問題だが、嘘をつくのはいけないことなのだ。魂が穢れてしまうからね。ドブ臭い転生者の魂なんて、生まれた時から穢れの塊だけど。


 無垢とは程遠い私が、温室で育てたため無垢そのものな智洋くんを導いているのは、いっそギャグだな。……え?智洋くんは十分辛い思いをしているから温室育ちじゃないって?面白い冗談だね、トマトは温室の中で、水分を制限していじめることで甘くて美味しくなるんだよ。適度なストレスは健やかな実りのために必要不可欠なのだ。


 やはり私の半歩後ろを着いてくるやまとなでしこな智洋くんを連れてお家に帰る。少し後ろから向けられる、湿度と粘性を帯びた視線が心地いいね。有象無象から向けられるそれなら興味はないが、大事なおやつくんからであれば美味である。


「……真白さん、蓮見くんと仲良いんだね、休みの内も遊んだりしたの?」


 今日一日ずっと気になっていたであろうことを、まるでただの雑談かのように聞き始める智洋くん。隠そうとしても抑えきれない嫉妬がチャーミングだね。男の嫉妬なんて基本的には醜いだけだけど、私は智洋くんを男としてみていないからかわいいものだ。ほら、他所のわんこを撫でてると嫉妬してがぶっとする犬っているじゃない?智洋くんの嫉妬はあんな感じだよ。


「うん。聡くんは小学校の頃から一緒だし、この間も図書館であったんだよ」


 空気をピリつかせながら、“私が誰と仲がいいとかひろちゃんに関係ある?”と聞いてみたい気持ちを抑えつつ、智洋くんの質問に当たり障りのない返事をする。ちなみに蓮見くんとは聡くんのことだね。


 そんなことを聞きたいんじゃないと、言葉にせずに抑えている様子の智洋くん。この子は本当に、考えることややることがわかりやすくていい。好かれるペットの条件はみんなからわかりやすい事だからね。ツンデレさんで飼い主にだけバレているのも乙なものだが、私はわかる安い方が好きだ。推測しやすいからね。


 素直に僕とも遊んでアピールしてこないのは、智洋くんの自己肯定感がベッコベコになっているから。私の時間を奪うのが申し訳ないという気持ちと、あんなに一緒だったのに自分だけ置いていかれている気がして焦った気持ちはとてもよく合う。私のことを自分のものにしたいって気持ちも、多分本人は自覚できていないだろうけどあるね。智洋くんの感情スムージーは美味しいな。さすが私のおやつくん。


「帰りにおすすめのたこ焼き屋さんを教えてあげたら、お母さんも喜んでいたんだって。私は好きだったけど他の人も好きかわかんなかったから、喜んでたって聞いて一安心だよー。」


 このちょっととろみを帯びたものが癖になるのだが、あまり濃くしすぎても今度は飲みにくくなってしまうので、程々で薄めてやらなければいけないのが玉に瑕だ。アフターケアを欠かさないのも、また一流の証明なのだろう。なんの一流だよ。ドブ人間一流か?


 塩(仲良しアピール)を一振とレモン(誤解の解消)を少々。こうして味を整えてやれば、智洋くんの視線から粘性がなくなる。その分の劣等感や勘違いしたことに対する気持ちは、さらに彼自身を美味しくしてくれるだろうね。代わりに足された、純粋に私と遊びたいという気持ちで、私もさっぱりリフレッシュだ。


「本当に美味しいから、今度ひろちゃんも連れて行ってあげるね。一緒にたこ焼きたべよ?」


 振り向きながらにこっとしてあげれば、すぐに落ちる智洋くん。やっぱりちょろくてかわいいね。きっとお隣ママに話してお小遣いを貰ってくるだろうから、目の前で買って奢ってやろう。ただでさえすり減った自尊心がもっとなくなっちゃうね。

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