ハプニングから距離を縮める幼なじみくんVSハプニングの存在すら知らなかった人
私が智洋くんに辱めてっ!とお願いし振られてから三日が経った。時が経つのは早いね。一応あの後心配してメールをくれた将太くんとやり取りもして、特に問題なく帰れたこと、智洋くんが落ち込みすぎないと思うことなどを伝えたので、そちらの方も問題はない。
私と智洋くんの様子に、何かあったのかと心配してくれたママ様についても、ちょっと襲われかけたことと防犯ブザーのおかげで助かったことを伝えれば、“備えあればうれしいな”とにっこりしていた。ジョークではなく本当に間違えて覚えていそうなママ様かわいいよママ様。やっぱり天然おとぼけのママ様しか勝たん。私は面こそいいものの、中身がドブ臭い転生者だからね。本物の美少女にはかなわないのだ。
私がママ様にかなわないのはともかくとして 、そこそこ危険な目にもあってしまったから、パパ上に注意された。女の子はどんな機嫌が潜んでいるのかわからないのだから、もっと自分の体を大切にしなさいと。もちろん、私だってママ様に貰ったこのハイスペボディはとても大切に思っている。思っているのだが、行動だけ見ると危機感が足りていないと思われても納得だね。普通の女の子は、自分の身を犠牲にしてでも幼なじみを庇おうとしないからさ。
ちなみに、そんなふうにパパ上から怒られた私とは別のところで、智洋くんもたっぷりお隣ママに怒られた模様。お隣ママ視点で見れば、とっても大切に思っている私のことを、智洋くんが危険に晒したわけだ。そこには私がそうしろと言ったことや、結果的に大丈夫だった事実なんて一切関係なく、ただただ智洋くんを叱り続けるお隣ママの姿があったとか。……光ってばとっても愛されてるねっ!ヤカラに目をつけられるなんて、普通なら心配になるような体験をしたにもかかわらずひたすら怒られている智洋くんかわいそう。
けれど、そんなお叱りがあったおかげか否か、智洋くんは変わった。……正直、私にふさわしい人になるためって動機の方が強そうだけど。まあ理由なんてどちらでもいいのだ。大切なのは、これまでずっと私の後ろを雛のように着いてくるだけだった智洋くんが自分の意志を持って歩き出したことなのだから。智洋くんが自立して動くようになると私的には少し不都合なのだけどね。けれどまあ、美味しいおやつが自らをもっと美味しくするために頑張ろうとしているのだ。応援しないのは生産者として恥だよね。
私のために自分を育て始めた少年を、少し寂しい気持ちになりながら見守る。これは物ではなく命なのだから、いつか自分の意思を持つのは仕方がない。むしろ意思を持つの随分遅かったね。無我チャレンジでもしてたのかな?してないか。私のせいか。
さて、ここで立派になろうとしている智洋くんの一日に密着してみましょう。……取材許可?そんなものいらないでしょ。だって智洋くんだし。私のこういう配慮のなさが智洋くんの成長を妨げたのである。反省しろ。いいぞ、もっとやれ。
……智洋くんの朝は、朝のチャイムの音で始まる。かわいい幼なじみが自分を起こすために鳴らしたチャイム、その音を聞いた瞬間、智洋くんの体を襲っていた無気力感は吹き飛ぶのだ。やばい薬物でも打ち込んだかのように一瞬で眠気が飛んでいき、おめめパッチリな目覚めが訪れる。私の登場で眠気がポンっ、ネムポンだね。フェタミン使ってそう。
before afterとしては、これまでよりも降りてくるのが早くなったことが挙げられるだろうか。今までは私がお隣ママとおしゃべりする時間があったのに、ここ二日はない。お隣ママは少し不満そうだね。息子の成長よ、喜びなさい。
行く行くは私の手を煩わせることなく、ひとりで起きれるようになりたいとのこと。目覚ましはもうかけてるんだね。感心感心。何年も続けてきた生活習慣はそうそう簡単に変わらないから気長に頑張るんだよ。
朝起きた智洋くんは洗面所に向かい、次にご飯を食べに来る。この時はまだパジャマだね。私のパジャマ姿と違ってそこまでかわいくないので、ここは割愛。かわいかったら毎日舐めるように眺めてた。妹ちゃんのとかいつも舐めまわしてるからね。……比喩表現だよ。私だって、いつも家族を舐めてるような変態じゃないのだ。勘違いしないでほしいな。
話を智洋くんにもどすと、ご飯を食べ終わった智洋くんは着替えたり学校の準備をするため、一度お部屋に帰っていく。ついて行ってもいいけど、男の子の着替えを覗くようなはしたない趣味はない。……女の子の着替えなら覗く趣味があるのかって?ママ様のお着替えなら覗くまでもなくガッツリ見てるよ。綺麗なんだぜ、あれ。とても創作意欲が掻き立てられるのだ。
待っている間に少しお隣ママとおしゃべりすれば、学校の準備を済ませた智洋くんがやってきてタイマーストップ。うんうん、これまでより10分くらいタイムが縮んだね。これまではそれだけ無駄の多い行動をしていたということなので、たっぷり反省してください。……反省したからこうやってタイムを縮めているんだったね。えらいえらい。
そのままだと手が届かないので智洋くんをしゃがませて、目の前に来た頭をよしよししてあげる。お母さんの前で女の子に撫でられるの、はずかしいはずかしいだね。でも撫でられるのはうれしいんだね。抵抗したり、逃げたりしないのがその証拠である。……お隣ママは息子に殺気を飛ばすな。
恥ずかしそうなままの智洋くんと一緒に学校へ向かう。before afterとしては、これまではやまとなでしこのように半歩後ろを歩いていた智洋くんが横を歩くようになったことだろうか。やまとなでしこなら三歩後ろを歩けよ。中途半端なやつめ。あとひとつ大きな違いを挙げるなら、
「……光ちゃん、今日の荷物重いでしょ?僕が持つよ。ううん、僕に持たせて」
智洋くんが自分からパシられに来ること……ではなく、呼び方が昔に戻ったこと。そもそも智洋くんが私のことを真白さんと呼ぶようになったのは、自己肯定感がミニマムになって、ふさわしくない自分が幼なじみ面するなんて……という理由だったのだ。そのため智洋くんが頑張るようになれば、呼び方は元に戻る可能性があった。“今はまだふさわしくないけど、少しづつでもそうあれるようにする。そのために、まずは形から入りたいんだ。”とは智洋くんの言葉。私はましろんでもピカリンでもいいって言ってるのに、呼び方の許可を取ろうとするなんてやっぱり面白い子だね。見ていて飽きない。家庭料理みたいな味わいだね。
なお、メインではないにせよ智洋くんがパシられ……私のために重たいものを持とうとしてくれるのも、十分な成長である。これまでは“僕みたいなやつが荷物持つって言ったら嫌がられないかな……?”なんてことを考えていたのだから。実質的に両思いだと思っていたり、嫌われていないかと心配していたり、智洋くんの自己認識はぐちゃぐちゃであった。誰のせいだよ。……それはその、だれのせいだろうね?
明確な責任のありかに、少しだけ心が痛む。とはいえ多少痛んだ程度でダメになるような軟弱なハートは持ち合わせていないので、私は無敵だった。さすが転生者心が汚い。汚くてつよい……共感性の低さを心の強さと勘違いするの、やめた方がいいと思う。かっこ悪いよ……うそうそっ!光ちゃんは人の気持ちを理解できてえらいねっ!かっこ悪いとか言わないから泣かないでっ!
急な正論パンチでいつものように涙をぽろぽろ流して、びっくりした智洋くんに慰められる。さすが智洋くん、幼なじみなだけあって情緒不安定な私の対応にも慣れているね。えらいえらい。……今更だがなぜ私はこんなにも情緒不安定なのだろうか。前世ではこんなこと無かったから、生まれ変わったからか、この体のせいだとは思う。思うのだが、それなら同じ体のママ様や妹ちゃんが不安定じゃない説明がつかない。……謎である。
涙拭き専用のハンカチで目元をふきふきして、慰められてえへへと元気になる。泣いたことで目が腫れたりもしないし、やっぱり不思議な体だな。私の体七不思議とか、集めてみたら九つくらい見つかりそうだ。
そんなしょうもないことを考えながら学校に着いて、みんなににっこり当社比1.3倍の元気でご挨拶。私の想定では中学高校くらいから軽いいじめも起きるはずだったのだが、みんな仲良し素敵なクラスなおかげで何も無かった。私が可愛すぎるせいかな。可愛すぎていじめる気も起きないとか。やはりルッキズム。
私がヤカラたちに襲われかけて、将太くんたちに助けられたという話は、学校でも既にみんなが知っていることなのだ。どこかの空手部たちが喋っちゃったからね。そのせいでみんながちょっと腫れ物に触るような態度になってしまったので、解消するために私は無事だよっ!とアピール。1.3倍の理由はそんなものだった。でも昨日一日でだいたい誤解は解けたから今日からはもういいかな。無理して元気よく振る舞うのはそこそこストレスなのだ。特に今回は1.3倍だからストレスもそれだけ増える。
「真白っ!大丈夫かっ!?」
というわけで、ストレス低減でお肌の健康も気遣ったところで、ドアがバーン!と開いて1人の少年が駆け込んできた。どうやらいつものきっしょい挨拶も忘れるくらい慌てているのは、別のクラスの聡くん。情報が遅いね。
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