きっしょい挨拶をするメガネからメガネと挨拶を奪った後に残るもの……

「そんなに慌ててどうしたの?聡くん」


 あっ、1週間と20時間5分ぶり、と続けて挨拶をしてあげると、聡くんはそれに応え……ずに、そんな挨拶はどうでもいいんだっ!と大きい声を出す。びっくりするからやめてほしい。あとせっかくのアイデンティティなんだから、きっしょい挨拶を否定しないでほしい。あれがなかったら誰から声をかけられてるのか顔を見るまでわからなくなるじゃないか。


 聡くんの本体はメガネで、聡くんの魂はきっしょい挨拶なのだ。それを否定するということは、聡くんの存在そのものも否定するということだよっ!と言いたくなるのを我慢する。言っていいことと言っちゃいけないことがあるからね。代わりに、大きな声出さないで、こわい……と言えば聡くんはとっても申し訳なさそうな困り眉を見せてくれた。


「……ごめん。でも真白が襲われたって聞いたら、いても立ってもいられなくて」


 心臓が止まるかと思うくらい心配だったんだ……と声を小さくして謝る聡くん。うんうん、素直でかわいいね。ところでこちらを見る美保さんの目が怖いのだが、なぜそんな目でこちらを見る。私が一体何をしたというのだろうか。


 2秒間頭を悩ませて思い出したのは、襲われたことを美保さんに伝えていなかった事実。旧夫の現美少女が、どこかで襲われたなんて話を聞いた時、ガッツリ過去を引き摺っている系少女が冷静でいられる確率を求めよ。ただし、少女は少しばかり愛情が重たいものとする。問題文を見ただけで答えがわかるね。つまりはそういうことだ。


 なんと困った。私はこの後、瞳からハイライトを失った美保さんと仲良くおしゃべりしなくてはいけないのか。ちょっと難易度高くない?そんなボス戦が待っていたら、聡くんの心配なんて前座に集中できなくなってしまうじゃないか。


 ひとまず美保さんからの熱い視線には気づいていないふりをして、聡くんのお小言をやり過ごす。やれ、真白はかわいいんだから気をつけないといけないとか、男はみんなクリーチャーなんだから警戒しないといけないとか。ママ様よりも母親みたいな心配の仕方するね、将来はいいお母さんになりそうだ。


 話の矛先を逸らすために、言葉尻を拾って、“私のこと、かわいいと思ってくれているんだね”とにっこり小悪魔スマイルを浮かべて、真剣な表情のまま当たり前だろと返される。もっとこう、顔を赤くして恥じらうとかしてほしかったのに、私の思惑は外れてしまった。逆に正面から褒められたことで私が赤くなってしまう始末。聡くんのくせに。


 熱くなった顔が冷めるのを待ちながら、最近の聡くんが思い通りに動いてくれないことを悔しく思う。元々、私みたいなパチモンとは違って、天然物の賢い少年が聡くんだ。歳を経るごとにより深くなっていく思慮や思考に、私のリードが埋められたら、あとはもう追い越されていくのみである。私なんて、転生のおかげで履かされている高い下駄を奪ってしまえば、どこにでもいるような小娘なのだ。勝ち目などない。


 でも勝ち目がないからと言って直ぐに諦めるのは癪なので、もう少しだけ張り合いたい。中身がスカスカのハリボテでも、大きな壁として聡くんの前にたっていたい。そう思うのはおかしいことだろうか?……言葉だけ聞けばちょっとまともっぽいけど、これまで越えられないと思っていた壁の正体を知った時の聡くんを見たいだけでしょ。そんなのおかしいに決まってるじゃないか。


「……だから、何かあったら俺にも教えてほしい。何も出来ないかもしれないけど、心配くらいはできるから」


 ……ごめんね聡くん、なんかいいこと言ってたっぽいけど話まったく聞いてなかった。3つくらいのことなら同時にできるハイスペボディでも、同時進行できるタスクの数には限界があるんだ。聡くんの話ちょっと長そうだったから聞くのやめちゃったの。ごめんね。


 ただ話の締め方的に、何かあったら心配するから、これからはちゃんと教えてほしい。そういう話をしてくれたのだろう。聡くんは長い話の最初と最後に概要とまとめを入れてくれるからわかりやすくていいね。論文かな?論文って大切なのは本論なのに、頭に残るのは概要と序論だよね。多分無駄に壮大な序論は読むだけでわくわくする。私だけかな?


 とりあえずお返事として、今度からそうするね、気を付けるね。と伝えれば、聡くんは満足したように頷いて、今日会ったのは5分と17秒ぶりだよと今更な補足をしてくれる。女の子とあった時間を秒単位で覚えている男、やっぱりきっしょいな。これでこそ聡くんである。安心感があるね。


 嵐のようにやってきた聡くんがのんびり帰り、クラスに平穏が戻った。いつも難しい顔でお勉強ばかりしているガリ勉くんが、形相を変えてほかのクラスに乗り込んできたらビックリするよね。聡くん私以外にお友達いないから、人によっては話しているところ見るのも初めてだもんね。


 しかし、聡くんが帰って行ってクラスに平穏が戻れば、それはすなわち次の試練の襲来である。うんうん、何を言いたいのかは言わずともわかるから、かわいいおめめに光を戻して。光のことをあなたの瞳に閉じ込めてって意味じゃないよ。


「ヒカリ、あたし、何も知らない。どういうこと?」


 とっても言葉を区切って、内側から溢れ出る怒りを表しているのはとってもかわいい美保さん。普段はかわいいのに今日はちょっぴり怖いね。何か嫌なことでもあったのかな?ってからかいおちょくると、昔はかわいくムキーッと怒ってくれたのだが、今はからかったりしたら最悪刺されそうなのでやめておく。わたしはかしこいてんせいしゃだから、きけんをさっちできるのだ。えらい。……本当に危険を察知できるなら予防しろよ、無能。


「美保さん……あんまり美保さんに心配かけたくなくて」


 酷い言葉で罵られたことに悲しくなって、ちょっとめそっとしながら美保さんの言葉に答えると、“あたしは何があったのかって聞いてるんだけど?”と私の涙なんか気にせずに美保さんは言った。お前の感情とか気持ちとかいいからまず聞かれた事実に答えろよ、というスタンス。つよつよだね。私がもしただのかわいい美少女だったら、背後に見える般若もあってチビってる。


 言葉も態度も怖いけど、でもそうなっているのは私のことを本気で心配してくれているから。その事実がうれしくって、めそめそしていたこころがえへへと笑い出す。心配してくれるってことは、それだけ私に価値を感じてくれているということだからね。嬉しくなるのも当然だろう。


 事実のみを述べよと怒られたので、かくかくしかじかと説明する。智洋くんとデートしていたこと、ヤカラに目を付けられたこと、将太くんたちに助けてもらったこと。その後で智洋くんに辱めてっ!と迫って振られたこと……はさすがに言わなくていいな。美保さんの脳みそが取り返しのつかないことになってしまう。


 智洋くんとのデート話だけで苦しそうに頭を抑えていた美保さんの脳を守るために、一番破壊力があるであろうところはこっそり割愛。言わずとも説明が成り立つし、仮に話すとしてもこんなクラスの真ん中では智洋くんが困るだろう。私としては誠実だと褒めたいが、客観的には据え膳食わなかった男の恥晒しだからね。


 そんな大変なことがあったならなんで一言も話してくれないのよっ!とさっきの焼き写のように怒る美保さんに対して、聡くんにしたのとおなじような約束をする。……何かあったらなんでも直ぐに相談してね?しなかったら許さないんだからね?何も言ってくれなかったら縛っちゃうんだから?……私の元妻はどうやらヤンの毛があるらしい。おかしい、ずっと一緒にいたはずなのに全然知らなかった。前世では他の男に色目使ったりしなかったからかな。新鮮な脳破壊によって隠されていた気質が目覚めたのかもしれない。


 こんなに思ってくれている子に対して、“私、幼なじみくんに辱めてもらうのっ!”って笑顔で報告したらどんな顔するんだろうと知的好奇心を刺激されつつ、でもこの子のことを悲しませたくないという思いもあり板挟みになる。美保さんのことを思えば智洋くんを裏切ることになるし、智洋くんを思えば美保さんを裏切ることになる。ジレンマだね。あちらを立てればこちらが立たず。それならいっそどちらも倒してしまえば解決なのではなかろうか。



 そんな内心を隠しながら、私たちのやり取りを見るまで私が襲われかけた知らなかったクラスメイトたちの心配を宥める。見ての通りピンピンしているから安心してね。あと、みんなもヤカラたちには気をつけて。困った時は空手部に頼むんだよっ!


 対ヤカラ部隊として名前を挙げられた空手部の将太くんはなんとも言えない表情になっているが、そんなことを気にする必要はない。だって紳士な将太くんが、好きな子以外なら絡まれてても無視するなんてことをするはずがないのだから。……ほかの空手部の皆さんには今度手作りお菓子を進呈するから許してほしい。美少女の手作りお菓子だぞ、うれしかろう。


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 アタオカばっか書いてたら狂っちまうよ(╹◡╹)


 ちょっと短編書いてくるっ!(╹◡╹)フラグ

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