適当に褒めると不機嫌になるタイプの取扱が面倒な少年

 智洋くんとのお出かけは、一緒にご飯を食べて、メインの目的であった木材を買ったところで終わった。ちなみに木材はショッピングセンターから少し離れたところ材木店で買ったよ。ショッピングセンターのホームセンターでも扱っていないことはないけど、ほとんど合板だからね。私はDIYを楽しみたいのではなく、作品作りのために木材を求めている。なので木の種類とか木目とかにもこだわりたいんだよね。細かいこだわりが作品を一段上に引き上げるのだ。神は細部に宿る。……私に天啓を授けてくださった方がそんなところにいるわけないだろ。異教徒め。


 私が信仰しているのは本当にいるかわからないような空想上のカミサマなんかじゃなくて、天啓を授けてくれて、私のことをこの体に生まれ変わらせてくれたいるかも分からない上位存在なのだ。上位存在様いるもん!光生まれ変わったもんっ!そう言えば美保さんはどうやって生まれ変わったんだろうね?私の記憶にある限りだと、彼女は私の信仰に共感してはいなかったはずだ。


 少し気になるところではあるものの、それほど大切なことでもないのであまり気にしないことにする。私の時間は有限だから、もっと大切に使わないといけないのだ。過去のことなんか振り返っている暇はないのである。……そうやって過去から学べないものをなんて言うか知ってる?愚者だよ。せめて経験に学びなさい。


 全く、教えていないことすら勝手に学んでいる天然物の天才様とは天と地ほどの差だなと考えながら、その天才様とのお出かけのために準備をする。……考えるの面倒だから、服装はこの前の智洋くんの時と一緒でいいかな。ママ様がいればファッションチェックしてくれるから新しく考えても良かったのだが、こんな日に限ってママ様は町内会の会合に参加してしまっている。


 そこにいるだけで場が華やぐからと、準備の段階から駆り出されがちなママ様のかわいさを少しだけ恨めしく思いつつ、かわいいとお墨付きをもらった格好で家を出る。妹ちゃんに聞いてもいいけど、今はまだ受験勉強が忙しいからね。……家でてから気づいたけど、ちょっとした気分転換のために構ってもらったほうがよかったかも。私はオシャレがあまり得意ではないのだ。色彩とかの組み合わせで無難なものは選べるけど、流行りとかは難しいからね。


 しかたがないじゃない、木工には流行りなんてないのだもの!むしろ色彩の組み合わせだけでも認識していることを褒めてほしい!と自分のセンスのなさに逆ギレして、待ち合わせの場所に着いたのは約束の時間の7分前。聡くんは賢いくせに馬鹿みたいに愚直に5分前行動を守るから、あと2分すれば来るね。遅刻しそうな時は秒単位で遅刻連絡が来るから、携帯に何も来ていない以上時間通りに来るのだろう。……寝坊している可能性?あのメガネに限ってないよ。時計の擬人化みたいな聡くんが寝坊するなんて有り得ない。聡くんの挨拶をかけてもいい。


 聡くんが時間ぴったりにやってくると考えると、前回からの経過時間は41時間と36分、またねのねから最初の挨拶の1文字目でカウントがストップするから、約束の9時ピッタリに聡くんが来たら24秒、あとは体内時計で微妙な秒数の調整をすればいいかな。


 私が聡くんみたいに秒の挨拶をしようとすると、こうして前もって時間の確認をしておかないといけない。これをなんともなさげにやっているのだから、聡くんはやっぱりきしょいな。けれど、そんなきしょいことを私もやるからこそ、聡くんにも私のアピールが伝わるというもの。いつ会ってもここまで覚えていられるほど、いつでもあなたのことが頭の片隅にあるんだよアピール。やっていることはやっぱりきしょいし、普通の人がやったらドン引きされて終わりだね。これを小学生の頃から続けているのだから、聡くんがいかに私のことが好きかわかる。あの子他にお友達いないもんね。そう考えるとちょっとかわいそう。


「おはよう、真白」


「聡くんおはよう。41時間36分23秒ぶりだね。今日は来てくれてありがとう、ちょっと早かったね」


 そんなふうに勝手に哀れんでいたら、約束していた時間を守らずに1秒だけ早く聡くんが現れた。聡くんから時間を言われるよりも先に、若干被せるように伝えて挨拶完了。いつもみたいに秒数の修正をしようとしていた聡くんは、私が秒まで言ったことに驚いてお目目を丸くした。丸くなったのはメガネじゃなくて目ね。いくら聡くんの本体がメガネとはいえ、変形機能は着いていないのだ。形変わったら便利だと思うんだけどね。普通に使いにくいか。


 ちなみにこの聡くん、最近は少し目付きがよろしくない。元々コミュニケーションに難があって、いつも不機嫌そうな顔をしているのだが、それが悪化している感じだね。私の分析によるとメガネ本体があってない。そろそろ付け替え時だよ。


「それじゃあ、早く行こ?展示物なんて長く見れるに越したことはないんだから」


 先に入場券渡しとくね、とネット予約のコンビニ印刷で確保しておいた入場券を渡し、お金を払おうとする聡くんに出世払いでいいと伝える。聡くんは将来私よりも稼ぐようになってくれるはずだから、そうなってから10倍にして返してくれればいい。これは奢りじゃなくて投資だよと言いくるめ、それでもまだ難色を示す聡くんに、それとも卒業して大人になったらもう私と関わる気がないの?出世したら会ってくれないの?会うんでしょ?じゃあ大丈夫と丸め込む。ちょっと強引だけど、こうして約束しておけば聡くんも私から離れにくいだろうと考えた上での言動だ。転生者である私に、裏のない純粋な言葉なんてものはほとんどない。ママ様かわいい!くらいだね。


 私がぷにすべお手手を諦めれて真剣に作品を作ったら、聡くんがいくら頑張っても収入で負ける日が来なさそうな事実からは目を逸らし、その先で目が合った聡くんににっこり笑いかける。都合の悪いことは忘れる。気楽に生きるためには大切なことだね。それもいいけど忘れちゃいけないことあるんじゃないの?


 少し遠いところにある博物館に行って、学校が提携しているとかで半額になっている入館料を払う。こればかりは当日払うしかないから、聡くんの自腹だね。もちろん係の人の前で女の子にお金払ってもらいたいというのであれば私が払うのだが、入場券代を払おうとした聡くんがそんなことを言ってくれるはずもなく。


 札束で頬を叩いて分からせてやろうかとも思ったが、それでおかしな性癖に目覚められても困るのでやめておく。……予め入場券を買ったのになぜ入館料を払うのかって?入館料は常設展を見るためのもので、入場券は特別展を見るために必要だからだよ。どっちにも入れるセット券なんてものもあるのだが、割引が効くと別で買った方が安いのだ。私にはお金で殴る趣味はあっても無駄に散財する趣味はないので、普通にお得な方である別買いを選んだ。この辺りのシステムは実際に慣れてる人じゃないとこんがらがるかもね。


 私と聡くんはどちらも好きなおかずは真ん中で食べるタイプなので、ひとまず入るのは常設展。その日のうちであれば何度でも入れるから便利だね。ちなみに聡くんが好きなおかずを真ん中で食べるようになったのは私の影響である。影響されやすくてかわいいね。


 なお、真ん中に食べる理由は最初が最後かの二択に一石投じるためだ。大した意味はない。ないのだけれど、前聞かれた時に“人は満腹状態でも食べたいものを食べる時には消化が活性化されて胃に隙間ができる。通称別腹と呼ばれるこの現象を生かすことで、比較的満腹を感じにくくなる”と適当なことを話したら共感されたんだよね。賢いくせに騙されやすいね、聡くん。……ところでこの理屈で考えたら、最初に好きなものを食べることで消化の活性化を抑えて、食事量を減らせるのではなかろうか。調べたことないけどどこかに論文出てるかも。


 そんなしょうもないことを考えながら、来るのは三度目な常設展に入る。うちからは距離が離れているからあまり回数は多くないが、入館料が半額ということで何度が来たことはあるのだ。人間、お得って言葉に弱いからね。私は転生者である以前に人間なので、当然私もお得に弱い。あとオマケ。つけて貰えるとつい嬉しくなっちゃう。


 私が思っていたよりもあっさり展示物を流していく聡くんに聞いてみたところで、彼がここの常連さんだということを知りつつ、ならばと展示物の解説をしてもらう。突然の無茶ぶりに少し呆気にとられた聡くんだったが、常連なだけあってしっかり記憶&お勉強していたのだろう。説明文よりも詳しくわかりやすい説明をしてくれた。なんだかちょっと悔しいね。


 悔しがっている私とは対照的に、私に何かを教えられることがうれしいらしい聡くんからたっぷり知識を吸収する。私は自分の興味のない内容ならへーとかふーんしか返事をしないような教えがいのない子じゃなくて、しっかり話を聞くいい子なのだ。相槌のさしすせそなんぞに頼らずとも、しっかり話を聞いてみせる。


 なるべく、さすが知らなかったすごーい性癖やばぁそうなんだーを言わないように気をつけながら会話を重ねて、説明メインの聡くんも楽しんでくれるよう気を配る。この子賢いから、ただ適当に褒めても多分不機嫌になるんだよね。……なんかおかしいものが混ざった気がするが、気のせいだろう。


 お昼頃に一度常設展を出て、向かうのは毒展こと特別展。毒々しくけばけばしいものから、鉱物的な美しさを秘めたもの、見た目がとても地味なものまで、様々な毒が展示されている。やけに詳しく書かれたやたらと力を入れて解説されていたテトロドトキシンとトリカブトの組み合わせの事件記録なんかは、ちょっとみていて食欲がなくなるものだね。私はそんなこと特に気にせずご飯食べるけど。


 そこまで広くない展示を、たっぷり二時間くらいかけて堪能して、そのままコラボしているカフェに。食紅かなんかで着色された毒々しいメニューから、ふぐ料理まで取り扱っているのは、頭がおかしいと言うしかないだろう。どうしてフグ毒の毒殺事件を解説した後にふぐ料理を食べさせようとするのか。センスイカれてるね。そういうの大好きだよ。


 お金のパワーでふぐを食べている私のことを、複雑そうな表情で見つめる聡くんは見ものだった。分けてあげようかと言ったら断られた。解せる。

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