失恋幼なじみくん、ほろ苦ビター味
“お前の秘密は手に入れた、ばらさずにいて欲しければ今日の放課後一緒に帰ろう?”
めちゃくちゃ意訳するとそんな感じになる文章が送られてきたのは、夏真っ盛りもすぎてそろそろ涼しくなるかといった頃。こんな脅迫文みたいなメッセージ送るなんて曲者っ!と思いきや、差出人はどこにでもいるような智洋くんである。もちろん智洋くんはどこにでもいるわけではないが、学校とお家、私の2大行動範囲の両方を抑えている以上、遭遇率が高いからどこにいてもいるような感じがする。……もっと行動範囲広げなよ、そんなんで生きてて楽しいの?
突然人生を否定するような言葉が降り掛かって、思わず悲しくなって泣いてしまう。楽しいもん。人生ちゃんと楽しいもん。智洋くんを弄んだり、ママ様を愛でたり、聡くんを油断させたり。私は私なりに自分の人生を満喫しているのだ。……楽しく生きることがここまで他者に悪影響を与える人生も少数派だな。そんなんなら楽しめない方が良かったのでは?
いつもみたいに自分で自分を慰めることすら出来ずにポロポロ涙を零しながら智洋くんに返信して、一緒に帰る約束を取りつける。ちなみに実際に智洋くんから届いたメッセージは、“だいぶ前に話していた光ちゃんの秘密がわかりました。放課後に答え合わせしてもいいかな?”という至極真っ当なもの。脅迫するような内容も、何かを強要するような言葉も何もない。……聡くんといい智洋くんといい、秘密を握った時の振る舞いがなってないよね。もっとゲスっぽさを演出しないと、風情というものがない。
秘密を握られることに風情を求めるなと自分で反省しつつ、止まらない涙をハンカチでふきふきする。普段はすぐに慰めているから問題ない涙だけど、放置するとこんなに長引くんだね。ああもう、面倒だから早く泣き止んでよ。
無理やり涙を我慢することで泣き止んで、放課後の時間までしばし時間を潰す。これまでなら定期的に智洋くんや将太くんに絡みに行っていたのだけれど、ターゲットを絞るとなるとそういうムーブもあまり良くない。はっきり言語化こそまだしていないものの、既に私と聡くんは恋人関係に近いのだ。そうだとわかっているから、最近話す機会が減っていた智洋くんからこうやってメッセージが届くのは、きっとなにかに期待しているからなのだろう。
もし智洋くんが、聡くん以上にキラキラ輝きそうな姿を見せてくれるのであればその期待は叶うのに、と智洋くん相手にはかなり無理がある呆れ方をして、ホームルームの終了と合わせて教室を出る。することは一緒に帰宅でも、その前に待ち合わせをした方がそれっぽいのだ。空気って大事だよね。
ホームルーム終わりに私をむかえにきたらしい聡くんを見なかったこと、気づいていなかったことにしつつ待ち合わせの場所に向かえば、そこは以前聡くんにバレた時と同じ校舎裏。この場所を選んだのは私で、ここにしたのはわざとだ。今度は覗き見じゃなくてお顔が見えるね。
手鏡を使って服装に乱れがないか確認して、問題なさそうなので少し待つ。誰よりも早く教室を出た私よりも先に智洋くんがまっているなんて不思議なことになるはずもなく、少年が来るのは私よりあとだ。……私が教室を出たタイミングを考えると、聡くん迎えに来るのめちゃくちゃ早いな。教室でおしゃべりする相手とか居ないのだろうか?いないか。ぼっちだもんな。
「光ちゃん、おまたせ」
私のキラキラ候補筆頭の悲しい現実を考えながらまっていると、私から遅れること数分で智洋くんがやってくる。ホームルーム終了時にまだ片付けが終わっていなかったから多少遅れるのは許容範囲内だ。そうじゃなきゃ、私だってもう少しゆっくり来るからね。
そんなに待ってないよと伝えて、私の秘密はなんでしょう?と問題を出す。答え合わせは早い方がいいからね。テレビとかの演出で答えが引っ張られるやつ、あれ私嫌いなの。
「光ちゃんの秘密、このヒカリってアカウントのことだよね。美保さんがそう呼んでることと、あと光ちゃんの名前、この前行った材木店のこととかを考えるとこれかなって」
アカウント名に関しては生まれ変わる前の活動名から引っ張ってきたから、あんまり名前は関係ないんだけどね。けれどまあ答えがあっていて、途中式もほとんど正解。必要なヒントが少し多かった気もするけど、ほとんどなんのヒントもなしに答えまでたどり着いた聡くんがおかしいだけだ。智洋くんだって十分及第点だよ。
「うん、正解。それじゃあ約束のご褒美が必要だよね。……ひろちゃんは何か欲しいものとかある?」
私が用意できるものなら作るし、既製品が良ければ多少のものなら口止め料として買ってあげるよと伝えると、智洋くんは少しだけ考えた様子を見せて、他の人への口止めと同じものをと要望を出した。私の秘密を知っているのは今のところ家族と聡くん、美保さんだけで、家族と聡くんには作品を用意して渡したから、智洋くんにも何か作ってあげればいいだろう。……美保さん?妹ちゃんのおもらしが原因だし、蓋を開けてみれば転生者だったからね。あれは例外だよ。
聡くんの時は木製の生首台付眼鏡だったし、智洋くんも同じでいいかなと適当に作るものを決めて、それ用に使う木材も頭の中で選ぶ。どうせならずっしり重厚感のあるものにしようか。
「それと、それだけじゃなくて、光ちゃんにずっと伝えたかったことがあるんだ。……僕、光ちゃんのことが好きだ」
どの木で智洋くんを作るか。そんなどうでもいいことを考えていると、なにやら覚悟を決めた風な智洋くんが突然私に告白してくる。ロマンスの欠けらも無いシチュエーションだが、飾らずにストレートに言葉を伝える姿勢は悪くない。多分世の中の女の子的には無しよりなものだけど、私は好きだよ。ただ他の子にする時は気を付けてね。
さて、小さい頃から家族のように付き合ってきた幼なじみから告白された時、普通の少女ならどのような反応をするだろうか。“うれしい、私も!”と涙を浮べる?“ごめん、君をそういう風に見たことないんだ”と男の子としての自尊心を傷付ける?
どちらもそれっぽくて、実に結構。正直、私もここまで育てた智洋くんでなければ、一度くらいはやってみたかった対応である。けどまあ、幸か不幸か私の目の前にいるのは智洋くんであり、前者をするにはもう手遅れで、後者をするには好意を伝えすぎていた。ずっとやってみたかったことができないなんて私は不幸だな。
「……その言葉、もっと早く聞きたかったな。おそいよ、ひろちゃん」
私は既に、聡くんに全ベットすると決めてしまったあとなのだ。将太くん&妹ちゃんコースであれば私自身はフリーだったので、智洋くんで遊ぶのもやぶさかではなかったのだが、今となってはもう遅い。
嫌いな奴に汚され尽くしたあとで初恋の相手と両思いだと判明した少女みたいな空気を演出しながら、智洋くんに涙を見せる。私は演技派だから、泣きたいと思ったタイミングで直ぐに泣けるのだ。三秒で泣ける天才美少女である。泣きたくない時でも勝手に泣いてしまう不具合を抱えているけどね。ひどい欠陥品だな、泣けるぜ。
実際問題、聡くんに決める前に智洋くんが男を見せてくれれば、コロッと絆される可能性もあったんだよなぁと考えつつ、そもそも小さい頃から好意全開だった智洋くんに対して予防線を張っていたのは私自身だったと思い出す。酷い話だな、智洋くんかわいそう。
「……そっか、そうだよね。なんとなく、そうじゃないかって気はしてたんだ。ごめんね、変なこと言っちゃって。光ちゃんのことを邪魔する気はないから、あんまり気にしないでくれるとうれしいな」
今にも泣いてしまいそうな顔で、ごめんと言いながら、智洋くんは顔を背けた。きっと酷い顔をしているから、それを私に見せたくなかったのだろう。情けないところをたくさん見せてきた相手にでも、少しでもいい格好をしたい少年の心。それを汲み取れる程度には私にも人の心があるので、今はそっとしておこう。
智洋くんにもう一度、ごめんねと伝えてその場を立ち去る。ずっと大切に育ててきたおやつくんのことをこんなふうに傷つけることは、私としても本意ではなかったからね。
「……泣かせちゃって、かわいそうに。もっとほかにやり方あったんじゃないの?」
校舎裏から離れようとすると、智洋くんからは見えない位置にいた美保さんが声をかけてきた。人の恋路を野次馬するなんて、実にいい趣味だ。
「……うるさい、背中押したくせに」
ヒカリがそう言うなら別にそれでいいけど、となにやら思うところがありそうなことを言って、あの子はあたしが慰めとくからあんたも涙なんとかしなさいよと美保さんは続ける。昔から私の唯一のアドバンテージ、転生のことを知っている相手というのは、こういうところがやりにくい。
美保さんの言葉に何も返さないことで智洋くんを任せて、自分の中の少し複雑な感情を昇華させるために木工に打ち込む。これまでにもなかなか例を見ないほど集中して作れた作品は、思わず焼きたくなるくらい良い出来だった。
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