おやつくんはただのおやつだと思ってたけどいなくなるととても困る。それこそ話のネタが思いつかなくなるくらいに。

 智洋くんからの告白を断ってからしばらくして、私は目的通り聡くんを確保した。元々幼い頃から、聡くんに好意を持たれてはいたのだ。私が智洋くんといつも一緒にいたから、気を使って距離を撮っていた聡くん。そんな聡くんに私が言いよるようになれば、どんな形になるのかなんて火を見るより明らかだろう。


 転生によって確保していたリードを食いつぶしながら優等生を演出して、なんとか聡くんと競い合ってきた。私の体はかつてのものより優秀だが、妹ちゃんやママ様のことを考えると飛び抜けた天才ボディという訳ではない。その事を考えると、やっぱり聡くんはおかしいな。だって、ただでさえ優秀なのが多いこの学校で、人生二週目である転生者以外には負けなしなのだ。天狗になってしまうのも仕方のないことだし、周囲を馬鹿だと思ってしまうのも当然だ。もちろん実際には、周囲が無能なのではなく、本人が有能すぎるだけなのだけれどね。


 そういう意味では、本来誰も並び立てるもの、競い合える相手がいないはずだった聡くんのライバルになって、更には恋人枠まで確保している私の存在は、きっと彼の中ではとても大きいのだろうね。飛びっきり優秀ということはつまり周囲に対等な相手を作れないということであり、人に対する信頼を築けないということだ。


 そのはずだったのに、今の聡くんには競い合えるライバルがいて、尊重し合える恋人がいる。誰にも負けないはずだった戦績には大量の黒星が並べられていて、ひとりぼっちになるはずだった心の中には私がいる。きっとそれは、とても幸せなことなのだろう。ひとりぼっちにならなかった聡くんも幸せで、ひとりぼっちにしなくて済んだ私も幸せ。うぃんうぃんと言うやつだね。ひらがなにしたら途端に擬音っぽくなったな。どうでもいいが。


 一人にならなくて済んだ代わりに、人生をめちゃくちゃにされることが決まった少年は果たして本当に幸せなのだろうかと至極当然な疑問が生まれないでもないが、そんなことからは目を逸らす。だってほら、聡くん今幸せそうだし、本人も幸せだって言っているし。言質が取れている以上幸せって言っていいんだよ。だから聡くんは幸せ。私は未来のことから目を逸らしつつそう結論付けた。


 さてところで、今が智洋くん振られちゃった記念日からどれほど経っているかというと、4年である。随分と飛んだね。何故かって?私のおやつくんが離れてしまったせいで、日常から彩りと潤いが失われてしまったのだ。結構雑な扱いすることが多かったけれど、やっぱり私にとって赤ちゃんの頃から育てていた智洋くんの存在は大きかった。光、まだ未婚の身なのに子離れ経験しちゃった。


 愛しの我が子こと智洋くんは、私から離れた途端、ちゃんと自立して生活できる子になった。朝はちゃんと一人で起きて、家事をしっかり手伝うようになって、お隣ママのメンタルケアまでした。私と離れたことで一時期はぶっ壊れかけていたお隣ママとも真剣に向き合って家庭環境を修復してしまったのは、この私から見ても見事と言うしかない手腕だ。


 ……智洋くん、やっぱり優秀だったんだよ。ちょっと小ぶりだったから選ばなかったけど、やればしっかりできる子で、際立った特徴はないけど全体的になんでも出来るタイプ。自己肯定感を極限まで削って常備食にしていたから目立たなかったけど、本当のこの子はもっとのびのびと優秀な子なのだ。


 私の介入がなければ、きっとこの少し歪ながらも形を取り戻した家族は最初から仲良しだったのだろうなと思うと、やっぱり少し罪悪感。さてまあ、こんな素敵な家族を私がめちゃくちゃにしたのだと考えると同じくらいの達成感と満足感があるんだけどね。手放してから初めてその勝ちに気づくことができた、智洋くんファミリー。なんかこう考えると少し惜しく思えてくるが、後の祭りだな。末永く幸せになってほしい。なんなら嫁として妹ちゃんをつけてあげてもいい。妹ちゃんの意思次第だけど、あの子私の影響受けてるから智洋くんのこと好みだと思うよ。自信を持てばなおさらに。


 そんな智洋くんたちのことは考えていると胸が苦しくなるからともかく、四年経ったということは私も花の大学生ということだ。あのころはまだ16歳のピチピチだった私が、今や成人である。……成人は18だって?うるさいなぁ、私の世界では20なんだよ。だってほら、私はこれまで神童とか才児を偽ってきたけど、成長したらもう多少の下駄なんて関係なくなってしまうじゃない。


 つまるところ、私はこの4年ですっかり、ただの人に戻ってしまったのだ。生まれ変わりという魔法の力は失われ、リードは全て失った。今の私は、どこにでもいるようなちょっと頭の回転が早いだけの小娘である。……成人なのに小娘なのかって?私の基準は基本的に前世の自分に準拠しているからね。20歳なんてまだ赤ちゃんみたいなものだし、聡くんだってケツの青いガキだよ。……聡くんにまだ蒙古斑が残っているって意味じゃない。ちゃんとないことは確認したからね。


 なお、そんなふうにただの人に戻った私が聡くんに負けたのは、なんともタイミングのいいことに法律上成人したタイミングである。高校三年生の期末テスト、そこで私はこれまでずっと確保していた首位を失った。ところで首席次席の例に倣えば二位は次位だよね。私の脳みそは灰色からピンクに染められてしまったので、読み方がエッチだと思う。……頭の中がピンクなのは最初からだろ。人のせいにするな。


 私の脳みそがドスケペシワシワピンクなのはさておき、当然ながら私から首位を奪ったのはただの人ではない聡くんである。ずっとずっと大切に守ってきたものを、聡くんに奪われてしまったわけだね。ずっと頑張っていたお勉強で完敗するのは、自分の努力の限界を突きつけられたようで少し良かった。私の努力なんかでは天才の努力には勝てないのだと泥を塗りたくられている感じで、とっても興奮した。……ずっと勝とうと頑張ってた相手がこんなのでごめんね。ガッカリしたよね。でもそれを知られて落胆されたらと考えると、それはそれでやっぱり興奮するのだ。ろくでもないな、この変態。


 そんなろくでもない本性をツギハギ猫さんで隠しつつ、私は聡くんと一緒の大学に入る。国で一番の大学、ボロが出そうだから気が引けるんだけど、優秀な聡くんに寄る悪い虫が付かないとも限らないので、一緒にいない選択肢はない。こうやって言うとまるで、大好きな彼氏くんと一緒にいるために大学決めました!って言うゆるふわ系みたいに聞こえるが、実際にはそっちの方がマシだし、あまり違わないな。なお、聡くんに着いている悪い虫代表は他でもない私である。害虫風情が益虫みたいな顔しやがって。生きていることが申し訳ないとは思わないのか?


 申しわけないです……と突然の罵声に対して涙をポロポロしながら謝って、一緒に勉強をしていた聡くんを驚かせる。なんで泣いているのか知らないけどおーよしよしと雑に慰められて涙が引っ込み、私はニコニコ笑顔に戻った。さすがに何年も一緒にいると、私が情緒不安定なのにも慣れるようだね。ちょっと投げやりな慰め方だが、悪くない。私のような美少女が雑に扱われてるって考えるとむしろいい。


 そんなふうに公衆の面前でイチャついて、そういうのは家でやれよとほんのり殺気を浴びる。えへへ、ちょっとだけ反省だね。ちなみに聡くんは全く気にしていない。昔から恨みとか妬みとか、悪感情向けられることになれているせいで、今更多少増えたところで気にならないらしい。悲しい育ちだね。そんなんだから私みたいな下衆にすんなり捕まっちゃうんだよ。


 少し図書館で勉強したことで必要な参考図書を確保すれば、わざわざ人目が多いこんなところにいる必要はない。集中するためにおうちに帰り、聡くんに教えてもらう。すっかり逆転されてリカバリーが効かなくなったせいで、私から聡くんに何かを教える機会というものはほとんど失われた。逆に教えてもらうことは多いね。ちょっとだけ悔しいけど、ただの人なら仕方がないことだ。もう私から聡くんにあげられるものなんて、安らぎと憩いの場兼勉強場所とお金と絶望だけ。結構あるな。変なの混ざってるけど。


 その数少ないものの一つ、お勉強場所の提供のために、一人暮らしを始めたマンションに聡くんを連れ込む。家から通える距離ではあるけれど、毎日数時間を移動に費やすのは面倒だし、私はかわいいからひとりで電車に乗るのも心配だ。幸い収入は腐るほどあるので、金に糸目を付けないでセキュリティー完備の部屋を借りた。パパ上は反対していたけど、最終的には理解してくれたよ。マネーはパワーだ。やっててよかった木工作家。でもごめんね、パパ上が心配していた通り、光は毎日男の子を連れ込むはしたない子に育っちゃったの。パパ上の責任じゃないから安心してね。もちろんママ様のせいでもないよ。


 半分くらい私の部屋に住んでいる聡くんを見て、ちょうど私が天啓を授かったのは前世のこれくらいの時期だったなと思い出す。家族から縁を切られて、かつての美保さんのお家でヒモになっていた時期だね。そう考えると、私も遠くまで来たものだ。



 何はともあれ、私の人生設計は完璧だった。大学でも変わらず優秀な聡くんが、もっとのびのびと成長できるように環境を整えて、私はその近くでサポートに徹する。思考パターンの推測ができなくなっても、ある程度のことは出来る。そうしているうちに聡くんは成長して、立派になって、とっても美味しそうなキラキラに育ったのだ。この子は私が育てた。おでこにシールを貼って自慢したくなるくらい、立派に育ってくれた。


 そこまで育てたら、あとは収穫するだけ。実が成って、膨らんで、熟すのを待つだけ。全て順調で、何も問題はなかった。何も、なかったのだ。


「……光ちゃん、久しぶり。ちょっとお話いいかな?」


「ヒカリ、元気そうでよかった。そんなに長くないから、耳と顔と体貸してくれる?」


 切り捨てた過去が、追いついてくるまでは。

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