一般性癖TS転生少女、真白 光は絶望的なまでにすくわれた

 私は既に、聡くんに集中すると決めた身だ。なのでいくらお腹がすいても他の子達に手を出したりしなかったし、聡くんからの信頼を得るためにも他の人との関わりは最小限にしてきた。……ただコミュ障こじらせただけじゃないのかって?本当のことでも言っていいことといけないことがあるんだよ。人のことを傷つけるようなことを考えるなんて、恥を知りなさい。


 違うもん。光ちゃんとお友達いるもん……と泣きたくなったが、今はそんなことをしている暇はないので涙を引っ込めさせる。もうずっと前に縁を切ったはずの知人が、突然当然のような顔をしてやってきた。あいにく私はこれまで同じ経験をしたことはおおくないが、これがまともな状況じゃないことくらいはよくわかる。金の無心か、人脈の無心か、宗教勧誘。この3つのどれかとみて間違いないだろう。


「顔も耳ももちろん体も、一回貸したら帰ってこなさそうだから嫌かな。あと先に言っておくけど紹介できるような人はいないし宗教も間に合ってるよ。お金は……手切れ金として、7桁くらいなら何とかしてあげる」


 貸してと言われてかせるほど、今の私は安くない。実際にはそれほどの価値があるわけではないだろうが、聡くんを収穫するために頑張った分は、私は自分に価値を見出さないといけないのだ。自分を安く見たせいで全部台無しとか、笑えないからね。


「お小遣いをくれるのは嬉しいけど、そんなものは今どうでもいいの。後、あんたの気持ちとか聞いてないからさっさと着いてきなさい。それとも今この場所で、大きな声でお話したい?」


 かつて私の気持ちを尊重して養ってくれた人とは思えない発言だ。人はこれを脅迫と言う。すっかり変わってしまった美保さんを悲しく残念に思わないでもないが、今はそんなものに意識を取られている暇はなさそうだ。物騒な美保さんはもとより、その発言を聞いた智洋くんも自然体でいるのはきっと、私が嫌がることも、その場合にどうするかも決めているのだろう。そこまで考えられているのであれば、私程度の凡人が読み勝つのは困難である。……昔の、いつも一緒にいた頃なら話は別だったかもしれないけどね。


「……わかった。でも彼に心配かけたくないから、少しだけ待っていてくれる?どこに連れていかれるのかは分からないけど、私だって出かけるのなら準備くらいは必要なんだ」


 そう言うと、思いのほかあっさり二人は引いて、私はお着替えの時間を確保することが出来た。この時間を使ってしばらく悩んでおきたいところだが、タイムリミットを告げられている以上急がなくてはならない。ふたりが待ってくれるのは10分で、私が最低限の準備に必要なのは5分程度。不審者がやってきたと警察を呼ぼうにも、家まで来るには10分以上かかる。そうなると到着までに二人は何かしら私が嫌がることをできるだろうし、それを考えると言うことを聞くのがいちばん無難だ。


 であればと逃げたり隠れたりすることは諦めて、智くんにいらない心配を書けないようにメッセージを残す。幸か不幸か、首を突っ込みたがるであろう聡くんは昨日から不在だった。


「おまたせ、遅くなってごめんね。それで二人は、私のことをどこに連れていこうって言うの?」


 あまり遠いところは嫌だよと伝えて、智洋くんから近所の食事処だよと言われる。言われるまま、用意されたところに連れていかれるのも、普通に考えれば悪くないのだろうが、私にとって今の状況はイレギュラーなので、思考は常に悪い方へ。もしかしたら連れていかれた先で良くないことが起きるかもしれない。もしかしたら人が沢山待ち構えていて、帰してもらえなくなるかもしれない。


 何を考えているのかわからない相手というのは、そんな相手が選んだ場所というのは、いつもそんな可能性を考えなければいけないのだ。それなら、場所はこちらで指定した方がいい。もちろん連絡をとられたり、位置情報を共有していたりしたら意味が無いのだけどね。それでもやらないよりはマシである。


 というわけで、場所はこちらが選んだ場所にすると伝えれば、智洋くんはなにかに驚いたような表情、美保さんは呆れたような表情になる。なんだか私の思考が把握されているみたいで気持ち悪いね。ずっと離れていたはずなのに予想されるほど私の思考回路が単調なのか、多少変わっても問題ないくらい根本的なところを理解されているのか。後者ならとっても愛だね。その気持ちに応えられなさそうなのが申しわけないくらいだ。


 しかしそうか、考えを読まれるような言動とはここまで奇妙な感覚なのか。これをデフォルトでやっていたかつての私にもドン引きだし、されていたのに好感度高かった周囲にもドン引きだ。君たち頭おかしいんじゃないの?……おかしくなかったら私が興味を持たない?どうしよう、ぐうの音も出ない。ぐぅ。


 そんなことを考えながら、二人が用意した場所よりも近所にあるお店に入る。なんでも人に聞かれたくないような話をするらしいから、ちゃんと個室がある店だね。なにか良くないことがあった時ように緊急通報の用意をして、二人の対面に座る。


「改めて、ひさしぶり。いきなり誰とも連絡しなくなったって聞いてびっくりしたよ。元気そうでよかった」


 気さくな様子でそんな話始めをしたのは智洋くん。そういう智洋くんは家族関係も改善して、色々上手くいっているみたいだねと返す。私はもうほとんどの友好関係を切っているけれど、さすがに家族とは今でも仲良しだからね。お隣さんのつながりで、智洋くんの近況はママ様由来で知ったりしている。


「そんな挨拶なんでどうでもいいでしょ。ヒカリに考える時間をあげたらどんな突拍子もないことを思いつくかわからないんだから、話は直ぐに進める。……どうせ、話終わったあとならゆっくり会話する時間もあるだろうし」


 つんっ!けんっ!とした態度で、私とのささやかな会話すら止めようとする美保さん。うんうん、君が警戒しているだけで悪意がないのは私には伝わっているけれど、他の人だと嫌な気持ちになるだろうから気を付けてね。あと突拍子もないことなんて思いつかないし、買い被りすぎだよ。……これまでの行動を振り返れ?……ぐう。ところで最後の言葉は少し気になるね。警戒しておこう。


「早速本題だけど、あたしたちはヒカリのことを止めに来たの。どうせまたろくでもないことを考えているんでしょ?そんな、誰も幸せにならないようなことやめて穏やかに暮らしましょう?」


 止められるようなことをした覚えは、当然ながらあるね。私が聡くんをもぐもぐしようとしていることは、まともな感性を持つ人であれば止めようとすることである。間違いなくろくでもないことだし、最高の美しさを楽しめるという事実を除けば、これまでの人生の全てを失うことになる私自身すら幸せにはならない。……改めて言語化すると本当にろくでもないな。まあ私は信仰に殉ずると決めているのでどれほどろくでもないことでも気にしないのだが。


「……ごめんね、美保さんが何を言っているのか、ちょっとよくわからないな。私は今幸せだし、聡くんと十分穏やかに暮らしているよ」


 けれど、どれだけろくでもない事実であっても、それを指摘されたからすぐに認めるのでは二流である。私が実際に頭の中でどんなことを考えているのかなんてわからないはずだし、私はこれまで証拠が残るようなやり方はしてこなかった。してこなかったので、美保さんのこの言葉はカマをかけていると考えるのが妥当である。それならば認めて証拠をくれてやるわけにはいかないからね。


「ヒカリ、そういうのいいから。あたしがなんの証拠も確信もなくこんなこと言う人間じゃないのはヒカリが一番よく知っているでしょ?面倒だから早く答え合わせさせなさい」


 答え合わせが済むまで今日は帰さないわよとダイレクトな脅しを見せてくれる美保さん。元々かわいかったけど、成長してすっかり美人さんになったね。私が男なら口説いてた。


 そんなふうに現実逃避をしながら、どうするべきかを考える。美保さんの性格を考えると、本当に答え合わせが済むまで帰らないとは思えないが、一度帰ったところで何度もやってくるだろう。美保さんの執着心の強さは筋金入りだからね。連絡やめたくらいで縁を切れたことが不思議なくらいだったが、なるほどこうして何かおかしなことを企んでいたからだったか。となると最悪警察沙汰になっても辞めないかもしれない。


 美保さんが私のことをよく知っているのと同様に、私だって美保さんのことをよく知っているのだ。それくらいの推測はできるし、おそらく多少誤魔化したところで意味が無いことも理解できる。それなら、今日一日で終わらせた方が、効率がいいな。


「……いいけど、変にデータとか残されると嫌だからまず携帯見せて。どうせ録音でもしているんでしょ?」


 美保さんの携帯と、智洋くんの携帯。ついでに美保さんの携帯②と③を確認して、まだなにか隠しているでしょと盗聴器を出させる。隠していたものが全部見られたからって舌打ちするんじゃありません。


 不機嫌そうな美保さんと、引いた様子の智洋くん。この様子を見るに、録音できる媒体はこれで全部なのだろうね。まったく、私から聞いた答えをどう利用するつもりだったのか。間違いないのは、私の目的よりもまともなことくらいかな。


「それじゃあ、私が答えられることなら答えてあげる。答えられるかられないかはこっちで判断するから、なんでも好きに聞いていいよ」


 必要な事だったとはいえ、合わせるような答えがあるのだと言質を取られたのは私の負けだ。負けではあるが、普段の品行方正な言動のおかげでそこまでのダメージではない。


 これはコラテラル・ダメージ、と自分に言い聞かせて納得し、そのまま二人の質問に答えていく。この二人なら私の目的に気付いてもおかしくないし、仮にその事実を使って私の目的を邪魔しようとも、聡くんからは妄言扱いされて終わるだろう。大して仲良くもない同級生ふたりと私なら、聡くんなら私の方を信じる。それくらいの信頼関係は、この数年で築いているのだ。


「なるほど、つまり光は本当に俺の事を貶めようとしていたわけか。信じてたのに、残念だよ」


 ……そう、思ってしゃべったのが間違いだった。油断してしまっていたのだ。相手が用意した場所以外のところにしたから、誰もいないと思った。会話を保存できないから聞かれないと思った。まさか、一番聞かれては行けない人がこの場にいるなんて、考えてもいなかったのだ。


 慌てて弁明しようとして、やってきた聡くんの表情を見て諦める。私のことを信じようとしている顔ではなく、見切りをつけた表情。言葉通り残念そうなのはそれだけ私が聡くんの中に根を張れていた証拠だろうが、そんなことが慰めにならないくらい、今の状況は最悪だ。


 美保さんと智洋くんに乗せられて、私の企みが聡くんにバレた。答え合わせという言葉に騙されて全て話してしまったから、私が聡くんをどうしようとしていたのかも、全部全部バレてしまった。私の人生をかけた夢が、目的が、全部台無しにされてしまったのだ。


「……二人とも、ひどいことするね。一体私になんの恨みがあってこんなことするのさ」


 なんの恨みが、なんて言いはしたが、自分のした事くらい私が一番知っている。生まれ変わっても私と一緒にいようとした美保さんの気持ちを裏切って、真っ当に幸せになれるはずだった智洋くんの家庭をめちゃくちゃにした。恨まれていないわけがないし、仕返しとして私の企みをめちゃくちゃにするくらい、正当な権利だろう。


「あはは、ヒカリ、何か勘違いしているんじゃない?あたしたちは何も、ヒカリのことが憎くて、嫌いでこんなことをしたわけじゃないの」


 であれば、一体なぜこんなひどいことをできるのか。私の人生をめちゃくちゃにしやがって、と私は自分の行いを棚に上げて恨めしく思う。


「僕らは、光ちゃんのためを思ってこんなことをしたんだよ」


 そう言いながら、聡くんは私に手鏡を渡す。こんなことの何が私のためなのか。まさか、私の心を折って普通の生活をさせるのが私のためだなんて馬鹿なことをかんがえているんじゃないだろうな。そう思って智洋くんを見ると、かつての少年はすっかり成長しきった姿で私の目を見る。


「あたしたちから、大好きなヒカリヘのプレゼント。頑張って積上げて、その全てを不意に台無しにされるの、ヒカリが一番好きなことでしょ?」





 差し出された手鏡に映った顔は、ひどく満足そうに歪んでいた。







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 本編くんはこれで終わりですの(╹◡╹)


 ぼちぼちifエンド書きますわね(╹◡╹)


 救われたい×

 掬われたい〇

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