Ifエンド 美味しく食べられた妹ちゃん

 前回の補足


 光ちゃんはどこにでもいる一般的な女の子!才能ちゅるちゅるが趣味だからそのためにとっても頑張っていたけど、そもそも性(癖)の目覚めからして自分の努力を台無しにされたことだった(1話冒頭のトランプタワー参照)から、本人の認識とは関係なしにそれが一番のツボだぞっ!


 妹ちゃん視点ですわよ(╹◡╹)


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 お姉ちゃんのことが大好きだった。


 小さい頃から、お姉ちゃんに憧れていた。なんでも出来て、なんでも知っていて、何でもしてくれる人だった。


 お母さんたちが言うには、お姉ちゃんは小学校にはいる頃にはもう、家のお手伝いをしていたらしい。それも、子供がその気になっているだけのお粗末なそれではなく、実際に家事をしているお母さんが助かるレベルで。


 きっと、この人はなんかすごい人なのだと、物心が着いた頃にはうっすら思っていた。わからないことはお母さんに聞くよりもお姉ちゃんに教えてもらう方が確実だったし、お母さんだって色んなことをお姉ちゃんに教わっていた。その事がおかしいことだと理解できる頃には、既に私の中でお姉ちゃんはすごい人だった。


 それが異常なのだと、まともな感性を得た今となっては理解できる。親よりも知識がある小学生なんているはずがない。親よりも家事が得意な小学生なんて普通じゃない。親の負担を減らすために、家事や子供の面倒を自主的に見るなんて、小学生のできることではない。


 物心ついた時からずっと見ていた光景がどれだけおかしなことなのかは、自分も同じ年齢になる頃にはわかった。そしてわかったからこそ、余計にわからなくなった。どうしてお姉ちゃんにはそんなことが出来たのかも、なんでそれをしたのかも。


あかりはすごいね。普通の小学生なら、こんな内容わからないよ」


 お姉ちゃんが教えてくれたから、学校のお勉強なんて簡単だった。他の子達がどうしてこんなに簡単なところで躓いているのかが理解できなかった。


あかりはすごいね。普通の小学生は、そんなに頑張ってお手伝いしないよ」


 お姉ちゃんと、お母さんが教えてくれたからだ。お手伝いなんて無理にしないで、遊んでいてもいいのよというお母さんは、他のお友達たちのお母さんとは全く逆のことを言っていた。だからこそ、自分の意思で頑張ろうと思った。


あかりはすごいね。普通の子なら、こんなに上手に絵を描けないよ。素敵なものをありがとう」


 少しだけ、お姉ちゃんの真似をしただけだった。幸いお手本はたくさんあったから、練習には困らなかった。お姉ちゃんが作っている木工とは違って、自分で言うのも少し嫌だが年相応なものだ。もしかするとお手本の分だけ、年相応よりは少しいいものになっているかもしれないが、その程度。


 お姉ちゃんはいつだって私のやりたいことを否定しなかったし、私のことを褒めてくれた。まるで私が本当にすごいみたいに褒めてくれるのがうれしかった。お姉ちゃんと比べたら、全然私なんてすごくないのに。


 そんなすごいお姉ちゃんがいて、私がろくな嫉妬のひとつもせずに成長できたのは、それだけ聞けばきっとすごく不思議なことなのだろう。お友達と話していて、優秀な兄姉のせいで劣等感がすごく育っている子とかを見ればそのことはわかるけど、実際はたぶん大した理由じゃない。私にとってお姉ちゃんがすごいのは当たり前で、お姉ちゃんとはそういうものなのだ。勝ちたいとも思わないような、絶対的な優秀さの化身。人とはこうあるべきだというような、揺るがない目標。たった四つしか変わらない姉に対するものにしては大仰かもしれないけれど、実際にそうだった。


 だから私は、お姉ちゃんに近付きたかったのだ。本当はお姉ちゃんになりたかったけれど、私みたいな普通の子がお姉ちゃんになるなんて、目標にするのも傲慢だと気付いてからは、近付くだけでよかった。お姉ちゃんは特別だから、誰もお姉ちゃんにはなれない。誰かがなれるお姉ちゃんなんて、そんなもの私のお姉ちゃんじゃない。


 そうだ。私が近付こうとして、すぐにそうなれるようならそんなものはお姉ちゃんじゃないのだ。お姉ちゃんはすごいんだから、私がお姉ちゃんと同じ学校に入るのは難しい。学校の先生が言うには十分合格圏内らしいけど、お姉ちゃんは合格じゃなくて特待生だ。お姉ちゃんもお母さんも何も教えてくれなかったけど、お父さんが“光は学費も払わせてくれない……”って嘆いていたから間違いないと思う。


 ……どれだけ頑張っても背中すら見えないお姉ちゃんに不満があるわけじゃない。お姉ちゃんがどれだけすごいのかを全部教えてくれない両親に、不満があるわけじゃない。むしろきっと二人は、お姉ちゃんと比べて私が潰れないように気を使ってくれているんだと思う。


 お姉ちゃんみたいになれないからって、二人が私のことを愛してくれないわけじゃない。むしろ、どこかで両親に線を引いているお姉ちゃんとは違って素直に甘えている私のことをかわいがってくれている。もちろんお姉ちゃんのことをかわいがっていないわけじゃないけど、きっと一般的に見たら私の方が愛されているのは間違いないと思う。


「うん、いい感じ。きっとこの調子なら問題なく合格できるよ。……あとは少し、面接の練習をするくらいかな」


 少し長々としてしまったが、簡単にまとめるとお姉ちゃんは本当にすごい人で、とっても優しくて、憧れなのだ。こうなりたいと、こうありたいと思える私の目標で、私はそんなお姉ちゃんのことが大好きなのだ。




 だからこそ、受け入れられなかったんだ。あれだけたくさん応援してくれたお姉ちゃんの部屋から、私の受験票が出てきた時は。


 応援してくれていたはずだった。受検の一年以上前から、勉強に関することはなんでも教えてくれたし、私や両親に頼まれたわけでもないのに面接の練習、私の自己分析と自己PRの用意。ちゃんと力が出るようにと、試験の当日には朝からお弁当を作ってくれたし、朝誰よりも早く起きて私を起こしてくれたのもお姉ちゃんだった。


 だから、そんなはずはないのだ。お姉ちゃんが私のカバンから受験票を抜き出して自分の机に置くなんて、そんなことするはずがない。きっと何かの間違いだ。何かの間違いで私がカバンの中の受験票を落として、それを見つけたお姉ちゃんが後で渡そうと拾ってくれたのだ。そうに違いない。


 拾ったのならカバンの中に戻しておいてくれればいいのに。お姉ちゃんにならカバンを開けられても机をあさられても下着を使われても気にしないのに。受験前日の私が起きちゃうんじゃないかないかって心配して気を使ってくれたのかな。やっぱりお姉ちゃんはやさしいな。


 そんなふうに現実逃避をして、ひとまず受験に集中する。今しなきゃいけないことは答えが出ないことを考えることではなく、決められた答えのある問題を解くこと。お姉ちゃんと同じ学校にはいるためにも、余計なことを考えている暇はない。


 そう思って頑張ろうとして、気がつくと体調が悪くなっていた。問題をとかないといけないのに、難しい問題じゃないはずなのに、頭が回らなくなっていた。沢山寝たはずなのに頭がぼんやりして、眠くなる。



 眠気と戦っているうちに、試験は終わっていた。結果なんて見るまでもなく、酷いものだった。きっと採点をしている人達からすれば、受かるはずもないのに受験した冷やかしだと思われるだろう。結果なんて見る前からそうだとわかるくらい、ひどいものだった。応援してくれたお姉ちゃんにも、期待してくれた両親にも、合わせる顔がなかった。


 家に帰って、家族の顔を見る。私が何かを言うより先に察してくれたのだろう、誰も何も聞かなかった。何も言わずに、お姉ちゃんは私のことを抱きしめてくれた。どんな結果だったとしても、私が頑張ったことはちゃんと知っているからと慰めて、頑張ったことが偉いのだと褒めてくれた。


 そのことが、すごく悔しかった。私は本当に頑張ったんだ。学校でも家でもずっと勉強ばかりして、友達と遊びたいのも我慢して。身の程に合わない努力だってことくらい、私が一番わかっていた。それでもがんばったんだ。


 その結果がこれだ。自分の頑張りを発揮することもできず、お姉ちゃんに慰められている。優しく慰めてくれるお姉ちゃんに、“お前は努力してもその程度なんだ”って言われているような被害妄想を感じている。その事が悔しくて、かなしくて、情けなくて仕方がない。


 わかっている。お姉ちゃんがそんな人じゃないことくらい。お父さんよりも、お母さんよりも親身になって勉強を見てくれたお姉ちゃん。私の集中力がなくなると気分転換させるためにちょっかいかけてくれたお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんが、私の努力を馬鹿にしているはずがない。そうわかっているにも関わらずおかしな考えが頭を回るくらい、かなしかった。



 でも、本当にかなしかったのは、その後だった。悲しくて落ち込んで、部屋からほとんど出れなくなってから、お姉ちゃんが心配して様子を見に来てくれるようになった。何度も何度も、私が元気になれるように声をかけてくれて、励ましてくれた。その度にやるせない気持ちになって、申しわけなくなって、消えてしまいたくなって。


「ねえ、灯。灯の受験が上手くいかなかったの、お姉ちゃんのせいだって言ったらどう思う?」


 でも、そう言われた時に、これまでに感じたことがない気持ちになった。考えたことのなかったことを、考えたくなかったことを考えて、頭の中が真っ黒になった。


「灯、受験のためにお勉強頑張っていたでしょ?その手伝いしながらずっと、失敗させたいなって思ってたの。こんなに打ち込んだ勉強で報われなかったら、努力が全部無駄になったら、灯はどんな顔するのかなーって考えてた。灯が頑張れば頑張るほど、失敗させたい気持ちが強くなっちゃったの」


 だから、ごはんに薬混ぜちゃった。いつもみたいに優しい笑顔を浮かべながら、お姉ちゃんはそんなことを言った。


 嘘だと思った。お姉ちゃんはそんなことをしないと。そんなことをする人じゃないと。そう信じていた。けどそれと同じくらい、もしそうなら全部辻褄が合うなとも思った。私の受験票が、お姉ちゃんの机にあったこと。受験の当日、しっかり寝たはずなのに調子が悪かったこと。全部全部、お姉ちゃんのせいだとすれば噛み合ってしまう。


「……嘘、だよ。だって、お姉ちゃんは私にそんなひどいことしないもん。そんなひどいこと、お姉ちゃんにできるわけないもん。……そうだ、私を慰めようとしておかしなこと言ってるんでしょ?私が失敗したのが私のせいじゃなかったら落ち込まないとか、そんなこと考えてるんでしょ?」


 噛み合ってしまうけど、それを信じられるかは別だ。お姉ちゃんがそんなことをするはずがない。理由もないし、やったところでお姉ちゃんにはなんの得にもならない。


 そして何より、私はお姉ちゃんが大好きで、お姉ちゃんだって私のことが大好きなのだ。お姉ちゃんが私に対してひどいことなんて、するはずもできるはずもない。


「……やっぱり信じてくれないか。それじゃあ、証拠を見せるしかないね。灯、ちょっとお姉ちゃんのお部屋においで」


 久しぶりに、自分の意思で部屋から出る。そのままお姉ちゃんの部屋に行き、部屋の中に飾られた絵の前に立つ。


 私が書いた絵だ。お姉ちゃんへの大好きの気持ちを伝えたくて書いた絵だ。喜んだお姉ちゃんが、一生の宝物にするって言って額縁を作り飾った絵。ちょっと恥ずかしかったけど、すごく嬉しかった思い出。


「ねえ、灯。灯の知っているお姉ちゃんは、こういうことができる人?」


 その、大切な絵を。


 お姉ちゃんは、なんでもないことかのように破った。お母さんの料理を手伝っている時と同じ顔で、私が難しい問題を解けた時と同じ顔で、大切にしてくれていたはずの絵をナイフで撫でる。


「お姉ちゃん、ちょっと気になるな。灯にとってのお姉ちゃんって、どんな人なの?」


 教えて、とにこにこと笑いながら、私の絵を切り続けるお姉ちゃん。切られてズタズタになった切れ端が、パラパラと床に落ちる。絵のために作られた額の裏に、刃物の後だけが残される。いくつも、いくつも、執拗なまでに刻まれる。


 私のお姉ちゃん。私にとってのお姉ちゃん。いつも優しくて、私のことを大切にしてくれて、辛いことがあったら慰めてくれて。


「なんでもできる!なんでもなれる!輝く未来を抱きしめて!いつもみんなと自分を応援している素敵なお姉ちゃん?いつでも笑顔のやさしいお姉ちゃん?」


 くすくすと、笑いながら、お姉ちゃんは私の心を言い当てる。そうだ。お姉ちゃんは私にとってそんなお姉ちゃんなんだ。こんなふうに酷いことをするのなんて、私のお姉ちゃんのはずがない。どうなっているのかはわからないけど、きっと偽物に違いない。


「灯にとってのお姉ちゃんはいいひとなんだね。誰よりも大好きで、誰よりも憧れている人。自分のことを何でもわかってくれる人。ひどいことをするのなんて、きっと偽物だね。……ところで灯、灯の知っている中で、灯の考えを読めるような人はどれだけいる?」


 とても、嫌な質問だ。私の考えがわかる人なんて、お姉ちゃんくらいしか知らない。いや、私に限らず、お母さんの考えることも、お父さんの考えることも、ほかの人たちが考えることも、全部わかっているみたいに振る舞って、自分が喋るだけで会話を成立させるような人なんて、お姉ちゃん以外にいるはずがない。


 そして何より、この質問の仕方だ。すぐに答えを教えるのではなくて、私自身が考えて答えにたどり着くようにする質問。私の思考力を育てるためだと言って、お姉ちゃんがよくするやり方だ。


 お姉ちゃんのやり方のおかげで育った私の頭は、すぐに答えにたどり着く。お姉ちゃんの見た目で、お姉ちゃんみたいに振る舞って、お姉ちゃんと同じことをする人。そんなの、お姉ちゃんしかいない。他の人が真似できるようなものなら、私は最初からこんなに苦労していない。


「ほら、嫌なことから逃げるのはもうおしまい。ちゃんと現実と向き合って、現実を受け入れて。あなたの目の前にいるのは、誰に見える?」





 そこからどんな話をしたのかは、ほとんど覚えていない。ただ、目の前で笑うそれをお姉ちゃんだと認めることしか出来なくて、お姉ちゃんのしたことを話しても誰も信じてくれなくて、私は人間不信になった。誰よりも憧れていた、無条件に信じていたお姉ちゃんの本当の姿があれならば、もう私には何も信じることができなかったのだ。


「灯、大丈夫?ご飯ここに置いておくから、気分が良くなったら食べてね」


 まるで私のことを心配するような、気遣うような声が、心底おそろしい。あんなことをしたのに、まるで本当に心配しているかのように振る舞うそれが、私よりもそれの言葉を信じて受け入れる両親が、心の底からおそろしい。また私の理想の姿に戻ったお姉ちゃんのことが、なによりも恐ろしい。




 お姉ちゃんのことが大好き、だった。



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 今回の転生者カス

 かわいい妹ちゃんを健気にサポート!お姉ちゃん補正で妹ちゃんの学力大アップ!


 前日の夜にこっそり受験票を回収、あえて見つかりやすい机の上に放置することで精神的な揺さぶりをかけるぞっ!


 一流のゲス転生者は抜かりない。精神的な揺さぶりだけでは十分合格圏内な妹ちゃんを追い詰めるために、朝ごはんに睡眠導入剤を混入っ!慢性的に頭がぼんやりするせいで、妹ちゃんは試験に集中できないぞっ!


 作業は抜かりなく、策は安全にが基本。妹ちゃんのお弁当にも当然お薬を混ぜておこう。効くまでに時間がかかるから効果としては微妙だけど、やらないよりはマシだよ。


 帰ってきたしょんぼり妹ちゃんをなでなでしよう!ペットは悲しくなると泣いちゃうから、寂しくさせないために触れ合うことが大事なんだ。頑張ったね頑張ったねって褒めてあげよう。褒めれば褒めるほど、妹ちゃんは惨めな気持ちになるよ。


 最後の仕上げ!おいしくなあれと願いを込めたネタバラシっ!人間不信にしてあげよう!私が悪者になるから……と両親に伝えておくことで家庭内の立場も最低限保ちつつ、妹ちゃんの言葉が信じられにくい土壌を作るよっ!

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