和やかな恋愛相談、真っ黒なお腹を添えて

「……それって、つまり恋愛相談?」


 美少女って、表情がなくても美少女なんだよね。美保さんも私ほどではないが十分に美少女なので、当然表情がなくても顔がいい。ついでに私は人形じみたそれを好意的に思えるタイプなので、ちょっと見とれてしまう。今野美穂さん、とってもキレイだよ。かがやいてる。


 そんなふうに言って唐突に口説きたくなるような、かわいい様子を見せる美保さん。この子からしたら、私はかつての伴侶であり、今世でも再会できた大切な人だ。なるべくそばにいたいと考えるのは仕方のないことだし、私が美保さん以外の誰かと恋愛関係になることは避けたいのだろう。


 そこまで私のことを思ってくれていることが嬉しくてにっこりしながら、美保さんの質問に対してYESと回答する。想われていることがうれしいのと、そのままそれに応えるのは必ずしも=ではないからね。私も一緒にいたい気持ちがないわけではないのだが、ちょっと優先順位的にはたかくない。


「なんで?ヒカリにはあたしがいるじゃない。ずっと一緒で、何があっても一緒って約束したじゃない。病める時も健やかなる時もって約束したのに、あれは嘘だったの?なんであたしがいるのに、他の人と恋愛なんてしようとするの?」


 なんで、なんで、なんでとなぜなぜ期の子供のように繰り返す美保さん。ちょっとおめめガンギマってるね。私以外の人の前でやったら、その顔こわがられるよ。


 さて、ちょっと美保さんのメンタルが良くない感じになってしまったが、実はこれも予想通りである。私のこと大好き人間な美保さんが、私からの恋愛相談もどきに対して冷静な反応は返せないであろうことくらい、相談する前から分かりきっていることだ。これでもかつて産まれたばかりの頃からおそらく死ぬ直前まで一緒にいた相手、それくらいのことが分からないはずがない。……実際に私自身がどんな状況で死んじゃったのかとか、その時彼女との関係がどうだったのかとか、ちょっと一切記憶にないんだけどね。転生前の脳みそはポンコツだった。


 かつての脳みそのことはともかく、冷静でいないことがわかっているのなら、一体なぜわざわざ地雷を狙って踏み抜くようなことをしたのか。普段通りの私であれば絶対にしないこの行動の理由は、何もむずかしいことではない。今後のことを考えると、この辺りで一度処理しておく必要があったのだ。どこにあるかわかっていたとしても、いつまでも目に見えた地雷を放置して埋めておく必要なんてないし、私以外の人が踏んでしまわないとも限らない。その辺のことを計算した上で、今回処理しておくことを選んだ。処理も楽だからね。


「ヒカリ、なんであたしじゃないの。なんであたしじゃダメなの。他の子より、あたしの方がヒカリのこと知ってる。あたしが、あたしが誰よりも一番ヒカリのことを理解してる。親よりも、兄弟よりも、幼なじみよりも。あたしが一番光のことを知ってるの。なのになんで、あたしじゃないの?」


 私の肩を掴みながら、唇がくっつきそうな距離で見つめてまくし立てる美保さん。そんなに近づかれたら恥ずかしいよ……。なんて冗談を言えるような雰囲気ではないので渋々諦めて、真剣な顔を張りつけて美保さんを見つめ返す。


「……私ね、自分が生まれ変わったことには、なにか意味があると思っているの。あの時にはできなかったことをするためだったり、なれなかったものになるためだったり、それが何なのかはわからないけど、でもきっとなにか意味がある。……そして、それはきっと、あの頃の私じゃできなかったことなんだと思う。あのままじゃできなかったこと、なれなかったもの。きっと私は、そういうものを何とかするために生まれ変わったんだ。だから私は、やらないといけないし、やってみたい」


 当然、私が生まれ変わったのは天啓を得たからであり、世に存在する素晴らしきキラキラを貶めるためである。そのことを説明しているのだけれど、それでは美保さんからの言葉に対する答えにはなっていない。


 なっていないのだが、美保さんからすると、少しだけ違ったように映るのだ。以前の身体ではできなかったことで、今の身体では美保さん以外じゃないといけないこと。……つまり美保さんがさっきの言葉を意訳すると、“子供が欲しいの……”となるわけだ。以前の体は機能が死んでたからね。私たちの間に子供はできなかったのである。


 そして、当時私がそのことを気にしていたと知っている美保さんは、その解釈に違和感を持たない。そうするとどうなるか、美保さんに対して、ほかのオスにメス堕ちする理由を説明しつつ、地雷の撤去ができるんだよね。だってこの話題になったら、美保さんには説得も何も出来なくなるわけだし。一つ難点があるとすればちょっと心を傷つけることくらいだが、この子はこれくらいで折れてしまうような子ではないのでコラテラルダメージである。事実上の無傷と言っても過言ではない。……かつての伴侶を傷つけることに抵抗とかはないんですか?もちろんあるけど、それよりもこう、自分にとって大切なものをどう頑張っても手の内に収められない美保さんの表情に今は興奮してしまっているんだ。悪趣味なのはわかっているけど、性癖って業が深いよね。


 なぜなぜ期に返っていた美保さんは、理由の説明をされたところでその追求をやめて、さめざめと泣き始めてしまう。うんうん、気持ちはわかるよ。かつて不能で、今は女の子な私のことが恨めしいんだよね。それとも今世でも女の子な自分の身がかな?正直私も、天啓のことさえなければ今世でも美保さんと添い遂げるのは満更でもないのだ。智洋くんの中身が彼女だったりしたら、そういう運命なのだと諦めてすらいたかもしれない。


 よしよしごめんねと謝りながら慰めて、美保さんのことを抱きしめる。ほら、私の体、柔らかい女の子でしょ?だからもう無理なの。諦めてね。……慰めるのか追い打ちをかけるのかどっちかにしろ。……そのまま追い打ちをかけようとするな。慰めろ。


 いい子いい子かしこい子と頭を撫でて、頬を伝う涙を拭う。……ちゃんとしょっぱい。何も悪いことをしていない美少女が流す涙からしか摂取できないナトリウムがあるんだよ。女の子を作るための素敵な全部って、一つはきっと美少女の涙だよね。


 そんなことを考えながら、表面上はそれを隠して普通に美保さんのことを慰める。擬態能力が高くてよかった。そうじゃないと、こんなロクでもない本性をこの子に見せることになっていたわけだからね。いかに私がろくでなしの転生者とはいえ、嫌なところを見せたくない相手くらいいるのだ。……おやつくんやキラキラたち?あれは見せたくない相手じゃなくて、見せちゃいけない相手だから。見せられないのと見せたくないのには大きな違いがあるんだよ。


「……あたし、ヒカリの相談に乗る。あたしのものにならないなら、せめてマシなやつを捕まえてほしいもの」


 しばらく泣いていたかと思えば、泣き止んで目元を擦りながらそんなことを言う美保さん。好きな相手をメス堕ちさせる男を選びます宣言、これが理解のある彼女ちゃんってやつだね。業が深い。深いが、私の性癖ほどではないな。……いっけなーいっ!光ちゃんってば一般性癖だった!うっかりさんっ!……口を慎め異常者め。


 そんな私の性癖の一般性についてはどうでもいいことなのでその辺にポイッとしておいて、今大切なのは私がどちらのキラキラを選ぶべきか、もとい私の恋愛についてである。美保さんの中ではそういうことになっているのだから、私もそういう体で話さないといけないよね。


「……今迷ってるのは二人。一人はよく知っている相手で、この人なら多分幸せになれるんだろうなって思える人。穏やかで、あたたかい幸せが間違いなく手に入る人なの」


 将太くん&妹ちゃんセットだね。思考パターンがわかりやすくて、簡単に誘導できる相手。なお、幸せになれるのは私だけで、二人は不幸になるものとする。


「もう一人は、わからないの。全部上手く噛み合ったら、きっとほかの人たちよりずっと幸せになれる。でも、少しでも噛み合わないところがあったら、きっとなんにも手に入れられなくて、なんにも残らない」


 聡くんだね。私よりも賢い相手なせいで、完全に上手く誘導できた時のリターンこそとても大きいものの、誘導出来る自信がない。正直どっかで失敗して破滅すると思う。だってあの子頭がいいんだもん。だからこそ素敵なキラキラなのだが、こうなるとキラキラ過ぎるのも悩みどころだな。もう少しおバカならやりやすかったのに。


 恐らくだが前者を智洋くん、後者を聡くんと勘違いしているであろう美保さんの誤解をそのままに、話を続ける。美保さんは基本的にロジカルな思考ができるタイプだから、相談相手としては悪くないのだ。変に感情論を挟んだりしないので、話がするする進んでいく。


「……そうね、あたしのヒカリをその辺の凡骨にくれてやるのは気に食わないから、狙うなら後者一択よ。そっちなら上手くいかなかった時にあたしが回収できるし」


 ……感情論でしか語っていなかった。私が思った直後に真逆の言動をとるのやめてほしい。あと自然な流れで凡骨扱いされてる智洋くんかわいそう。骨は骨でも、噛めば噛むほど味が出るタイプのおつまみなのにね。


「上手くいかなかったらって……そういうのってもっと隠すものじゃないの?」


 要は、こっちの方が失敗しそうだからこっち!とおすすめしているわけである。相談に乗る人がすることではないし、そんな言われ方をしたら選ぶ気も失せようというもの。


「だって、あたしがなにか言ったくらいでヒカリの気持ちは変わらないでしょ。そもそもこの相談だって、本当は最初から答えを決めているんでしょ?だったらあたしができるのはただ背中を蹴っ飛ばすことだけじゃない」


 ふんっ!とすねたような態度を取りながら、わかったようなことを言う美保さん。大正解である。さすがかつての伴侶、私のことをよくわかっていらっしゃる。


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 美保さん(ヒカリがめちゃくちゃ上を目指して成功したらくやしいけどよし、失敗してお腹ぽっこりふくらませたまま路頭に迷ったら回収してよし。……失敗しろ失敗しろ失敗しろっ!)

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