TS転生者さんの人生最大の悩みとそのあおりを受けて壊される無辜の脳

 最近、智洋くんを美味しく食べてばかりだからつい忘れそうになるが、私の本分は苦しんでいるおやつを食べてほっこりすることではない。キラキラした才能を貶めてちゅるちゅるすることである。おやつくんはあくまで、お腹がすいて我慢できない時に食べるものなのだ。にもかかわらずここしばらくおやつくんばかりだったのはなぜか。単純に私が主食の確保に失敗しているからである。惨めだね。


 こんな惨めな生活も慣れてしまえば悪くないのがまた厄介なのだが、私はただなんとなく生きているのではなく天啓に従って生きているので、ここで妥協することは許されない。人としての尊厳を失いかけながらようやく賜った天啓を無下にするなんて、とっても勿体ないもんね。


 というわけで、私も少し本腰を入れて動き出す時が来た。今のところ、唾をつけている子はいくらかいるけど、しっかり食べられそうなのは智洋くんしかいないのだ。そろそろご飯の確保に動かないと、いつか空腹で倒れちゃうからね。


 おやつくんを除けば、まともに食べられそうなキラキラは将太くんと聡くんと一歩劣って妹ちゃん。せっかくいい学校に来たって言うのに、みんな小学生の時には面識があったメンツだ。有名進学校としての誇りとかないの?


 この中でそれぞれ食べ頃と食べ方を考える。まずは妹ちゃん。この子は今のところ、大好きなお姉ちゃんを目標に色んなことを頑張っている。なので、食べ方は簡単で、行動方針になっている私のことを信じられなくしてあげればいい。子供の純粋な信頼を踏みにじるだけの簡単なお仕事、“私と同じ”ということに嫌悪感を持つようなものであればなおいいね。食べ頃は……早ければお受験の直前かな。妹ちゃんには幸せになってほしいけど、ほしいからこそ決定的に壊してしまいたいのだ。他のことを投げ打って頑張ったお勉強が無駄に、忌むべきものになった時、妹ちゃんがどんな表情になるのか。考えるだけでワクワクもんだね。


 お次は将太くん。将来有望なスポーツ選手だね。スポーツ推薦でこの学校に入っていて、同じく推薦で入ってきた子達と比較してもひとつ頭の抜けた才能の持ち主だ。この子の場合はそうだね、スポーツマンとしてこれからの成功が期待されて、あとは輝くだけというタイミングがいいだろう。あるいはある程度成功した末の、あと少しで天辺を取れるというタイミングか。絶対王者にまでなれるのなら、チャンピオンを取った直後とかでもいいな。手に入れる前で掴めないのと、一瞬掴んだものを失うのならどちらの方が辛いかによって、その辺の判断は変わってくるよね。食べ方の方は、私のことを助けようとして後遺症が残ってもいいし、信頼していた相手に薬を盛られて薬物検査に引っかかってもいい。その時の状況次第で、一番味わえそうな食べ方がいいね。


 最後に聡くん。きっしょい挨拶をするメガネな聡くん。とても賢い子で、既に本人の興味を持っている分野に関しては、私みたいな凡人よりもよっぽど詳しくなっているし、この調子なら学校のお勉強だって抜かされるのはそれほど遠いことではないだろう。何が言いたいかと言うと、厄介なんだよね。私より賢いせいで、私では思考パターンの予測が難しい。確実に食べようとすれば、きっと唾をつけるのから首輪をつけるのに変えないといけないだろう。何時でも近くにいられるように、ほかの子たちのことを諦めて結ばれる。そうすれば多少は介入しやすくなるだろうし、介入が容易であればなんとかは出来ると思う。タイミングの方は未知数だね。その筋では有名な人、位で終わるのであれば食べ応えはそれなりだし、誰もが知る有名人になるのであれば食べ時と食べ応えは将太くんの比ではないだろう。ハイリスクハイリターンな選択肢だ。


 この中であれば、妹ちゃんと将太くんは両立できると思う。妹ちゃんが食べやすすぎるし、将太くんも、昔刻み込んだ性癖があるからたぶんそれほど苦労はしないだろう。問題は聡くんで、この子の攻略に集中すると他の二人は諦めることになるのだ。私より賢い人間を相手に私の性根を隠し通そうとするのであれば、疑われる要素はなるべく減らす必要がある。そして、そんな人間の近くで妹ちゃんを食べようものなら、突然家族に対して異常な行動をとったヤバイヤツとして警戒されてしまうかもしれない。もちろんされないかもしれないが、される可能性があるのならその前提で動くべきであり、そうすれば妹ちゃんと将太くんは諦めることになる。


 質を秘めた可能性のある聡くんを選ぶか、確実に美味しいものを沢山食べられる妹ちゃん&将太くんを選ぶか。……全くこんなことまで考えなければいけなくなるだなんて、頭のいい子は厄介だね。私はただ、難しいことを考えずにやりたいことをやりたいだけなのに。ただのかなしいジコチューさんじゃないか。愛を失ってはいないけど。


 しかも、聡くんに変な気付き方をされたら、他の二人を食べることすら邪魔されることもありえる。あまり他人に興味のない聡くんの性格を考えるとそれほど可能性は高くないけどね。それでも、私を正気に戻すためとか変な理由をつけて介入しかねない。何だこの厄介ボーイ、一番の有望株のくせに面倒すぎるな。


 どうにかできる方法はないだろうかとむむむと頭を悩ませて、私の小さい脳みそでは何も答えが出てこずに諦める。前世の私ならともかく、今世のハイスペボディでできないのなら、そんなのもう無理ってものだよ。なるようになるさ、ケ・セラ・セラの精神で頑張るしかない。まあ、それでやってきてこうして詰まっているのだから、それもあまり信頼できないのだが。


 ひとまず聡くん対策は諦めて、どちらを選ぶか決める。妹ちゃん&将太くんか、聡くんかの二択。……私は悩むことなく即決即断できるタイプだと思っていたが、こうやって人生を左右する判断をするとなると、案外悩むものだね。びっくりするほど踏ん切りがつかない。


 世の人々はこんなに重い選択をどうやってやっているのかと疑問に思って、誰かに相談しているのだと思い至る。そうだよ、私だって、人に相談できないようなことで悩んでいるというだけで、相談する相手がいないわけではないのだ。それならば少しニュアンスを変えれば、相談してもいいじゃないか。


 相談相手として適切なのは、あまりキラキラしていない人達。キラキラ候補たちに、どうやってあなたたちをめちゃくちゃにすればいいと思う?なんて頭おかしい相談をできるはずがないからね。いくら直接内容を話すわけではないとはいえ、さすがに気まずい……本人のおすすめ通りにことを進めるのは、それはそれでアリかもしれないな。“なんでこんなことを……”って言われた時に、君がこうした方がいいって言ったんじゃないかって返してあげるの。人の心とかないんか?


 私には人の心があるのでそんなことはせず、大人しくキラキラ以外に相談をする。とはいえ私の交友関係で、キラキラでなくて、かつ相談ができそうな相手なんてものはほとんどいない。というか相談できるほど、私が心を開いている相手がいない。キラキラとか関係なかったね。


 なんでも相談できるママ様と、なんでも相談してほしがる美保さん。どちらにしようかなと考えていたら、ちょうど美保さんから、“お話したいな”とメッセージが届いた。ナイスタイミング、やっぱり運命的なものを感じるね。私の部屋に監視カメラとかしかけてない?運命と一緒に恐怖も感じちゃったよ。


 いいよとメッセージを返せば、直後に着く既読と、今から家に行っていい?の言葉。嫌な予感がして窓の外を覗けば、こちらを見上げる少女と目が合った。ストーカーかよ。


 リビングでのんびりしていたママ様に急いで許可を取りに行って、いいよと返信するとすぐにチャイムが鳴る。外行き用の笑顔がキュートだね。来るなら先に言いなさい。手土産はありがたくいただくね、一緒に食べよう。


 押しかけてきた女の子を部屋に連れ込んで、“きちゃった♪”という姿にちょっとため息。わざわざ突然来た理由を聞いてみると、“なんだかヒカリに呼ばれている気がしたの”との事。呼んでないよ。タイミングは良かったけど、断じて呼んでない。私は必要になったら呼ぶのではなく向かうタイプだ。


「そんなことはどうでもいいのよ。それより、なにかおしゃべりしましょ。今はおしゃべりがしたい気分なの」


 いきなり押しかけておいて、やることがおしゃべり。何だこの面倒なナマモノ。本当にかつての妻と同一人物なのだろうか?……まぁ、そんなにしゃべりたいのであれば、ちょうどいい話題もある。ひとまず面倒くささには目をつぶっておこう。


「それなら、ちょっと相談したいことがあるんだ。話、聞いてくれるかな?」


 頼られて嬉しそうにする美保さん。その様子だけ見たらとってもかわいいね。ストーカーっぽくなっているのを踏まえてもやっぱりかわいいものはかわいいね。なんて理不尽だ。


 そんな美保さんに、私の悩み事を相談する。もちろん、キラキラがーとか説明したらアウトなので、適当に誤魔化さないといけない。そうだね、聡くんと将太くん(&妹ちゃん)のどっちにするかで悩んでいるのだから、恋愛相談とでも言っておけば概ね間違ってはいないだろう。


「それじゃあ相談なんだけど、今、二人の男の子のことで悩んでるの。二人ともそれぞれ違う良さがあって、でも選ばないといけない。だから、どっちがいいか意見を聞かせて、背中を押してくれないかな?」


 ヒュッ、とおかしな呼吸音がして、美保さんの表情が死んだ。

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