一般性癖TS転生者さんのごく普通な趣味
日頃、妹ちゃんの面倒を見ていることや、智洋くんを育てて遊ぶことに時間を使いがちな私ではあるが、そんな私もなにも常にあの子たちと一緒にいるわけではない。むしろ必要のない時であればなるべく時間を取りすぎないように気をつけているし、そうして確保した時間では自分のやりたいことをやっている。
私のやりたいこと、つまりそれは才能探しだね。メインの探し場所はネット。同じあてのない人探しでも、一般中学生の私が行動できる範囲で動くよりは、雑多な人が勝手に集まるネットの方が試行回数が多い。基本的には量より質を求めたいけれど、質を確保できない時は量で攻めるしかないからね。仕方がない。
とはいえ、ネットで見つかる才能にはかなりの偏りがあるものだ。それに、私が一番見つけたい、幼い才能の芽はほとんど見つけることが出来ない。多少あったとしても埋もれてしまうし、そもそも子供の頃からネットにどっぷりなんてなかなかいないからね。そういう意味で考えれば、家の周りを探しているのと対して変わらないかもしれない。
そんなことに気がついて、ちょっと泣きたくなってしまったが、私はもう赤ちゃんではないので我慢する。りっぱなれでぃになった私が突然泣き出しても、ガラガラであやしてくれることはない。そっとしておかれるか、ママ様が撫でてくれるかくらいだろう。ママ様によしよしされたい。
そう考えると突然泣き出すのもありな気がしてきたが、やっぱりママ様に心配をかけるのは本意ではないのでやめておく。撫でてほしければ、直接そう頼めばいいだけの話だしね。私のママ様は、私が甘えてわがままを言っても優しくしてくれるのだ。えへへ、光、ママ大好き!
喜怒哀楽がコロコロ変わる自分の情緒不安定さに少しだけ引きつつ、継続して人を漁る。引っかかるのはほとんどがキラキラを感じない凡人と、磨けば少しは光りそうな原石。目もくらむような、輝く才能には程遠いね。これくらいなら私の方が余程輝いている。そういえば私は有名芸術家だったな。ついつい忘れてしまうからいけない。
初心を思い出すために、小学校で買ってもらった彫刻刀と、同じ頃に貰った木材を引っ張り出して、ちょちょいと加工してみる。久しぶりだと、あまり思ったようにお手手が動かないね。この体でやるのはほとんど初めてだから、仕方がないと言えば仕方がないかもしれない。
小さくてすべすべなお手手で加工して、このお手手にザクッと刺さったらひとつの綺麗なものが損なわれるなと少し魅力を感じる。自傷癖はないし、怪我をして心配してもらいたいと思うほどメンタルがヘラってもいない。ママ様から貰った大切な体には傷一つつけてはいけないとわかっているから、将来的にもピアスや髪染めなんかをするつもりもない。
けれど、わかっているからこそ、よりその事が魅力的なのもまた、確かなことなのである。私という一人しかいない、一つしかない貴重な存在を損なうこと。そしてそんな変わりきった私のことを、大切な家族に見てもらうこと。
想像するだけで、それは美しいのだ。その瞬間に、きっとママ様が流してくれる涙は、宝石なんかよりもよっぽど価値のあるものなのだ。
その魅力に魅せられて、衝動的に彫刻刀が肌に向く。やってはいけない。でも、したらきっと素晴らしい。素晴らしいことはきっと気持ちいい。痛みはあるだろうが、それ以上の脳内麻薬が約束されている。
少しずつ、刃が肌に近付く。鼓動が高鳴り、玉の肌にひんやりした金属と、錆びたそれのざらついた感覚。
熱に浮かされたような感覚の中で、不意に自分は今何をしているのだろうと冷静になる。右のスベスベハンドを見て、左の真っ白いお手手を見る。うん、手入れの行き届いたいいお手々だね。損ねたくなるほどの価値が、そこにはある。
そのことは間違いないけれど、まだ早いだろう。まだこのお手手の価値は上がっていくのに、こんなところで損ねてしまうのは勿体ない。価値のあるものはそれが一番高い時に損ねるからこそ、最高の輝きを放つのだ。まだ可能性を秘めているというのも立派な価値ではあるけれど、私のお手手にはそれ以上の価値が見込めるからね。やっぱり勿体ない。
まったく。私としたことが危なかった。物事には順序というものがあり、なすべき時がある。生まれ変わる前の私の手ならともかく、現時点の私のお手々にはまだそこまでの価値は無いのだよ。
勝手なことをした右のお手手を、メッ!と叱りながらぺちんと叩く。思ったよりも痛くて、私は涙目になった。
じんじんと痛むお手手をさすって、作業途中だった木の加工をサクッと済ませる。うーん、小学校の彫刻刀で作ったとは思えない見事且つ滑らかな曲線。何かしらのコンクールに出せばいくつかの賞をペロリといけそうだね。30点。
好きな人は好きだろうそれを写真でパシャパシャして、適当なフリマサイトに載せておく。別に売れても売れなくてもいいから、値段は適当だ。ほぼ初期設定のまま、名前だけヒカリと登録したアカウントで出品。お部屋にあっても邪魔だし、お小遣いくらいにはなるから売れたら嬉しいね。私がわざわざ燃やすほどの価値があればよかったのだが、それすらないほどの出来損ないだからね。処分に困るのだ。
初心に帰ったところでもう一度、ネットの海を泳ぐ。私にとっては30点くらいでも、中学生としてであれば十分すぎるほど上澄みになるのだ。そのことをよく頭の中で繰り返してから見れば、先程まで石ころの集まりにしか見えなかったそれらにもなかなか、綺麗な石も混ざっているものだ。穢したいな。
どうせいつか絶望するくらいの、小さな才能たち。学校や地域の、年代別の範囲であれば輝けるくらいの、淡い才能。どこかで自分の分を知って折れるか、折れることすら出来ずに足掻いて壊れてしまう可愛らしい才能が、自分を見つけてくれる人を探して光ろうとしている。とてもいじらしくてかわいらしいね。どうせ折れるのなら、私の前で折れてくれた方がよっぽど有意義だろう。彼らに意味を与えてあげよう。
SNSでブックマークをつけて、観察の準備をする。これでいつでも確認できるね。早く折れてくれるといいな。
もちろん私の見立てが間違っていて、この中からキラキラの才能が現れるのもいい。細々と交流を続けておけば、いつか会った時に親近感も湧くだろう。となれば、私もまた淡い輝きを見せておくべきかもしれないな。
キラキラ同士は引かれ合うから、きっと何かとは出会えることだろう。もし出会えなくても、よってきた有象無象がやがて私に焼かれれば、それだけでも少し楽しい。たいへーん!光ちゃん、趣味を見つけちゃった!お友達と家族には内緒だよ!
未来の出会いに向けて、胸をワクワクさせる。いつだって出会いというのは素晴らしいもので、浮かれてしまうものなのだ。出会いの季節である春になれば、自然と心が踊ってしまう。人とはそういうものなのだよ。今は夏だけれどね。
パソコンをいじっていてもまったくこらない素敵な肩をぐっと延ばして、こもっていたせいで暑くなった部屋を出る。そういえば、私はこんな部屋で閉じこもって祈りを捧げていたんだよね。しかも夏休みの暑い時期に。よく熱中症にならなかったね。これも信仰の力か。
リビングに放置してあった、汗をかいた麦茶を飲み干して、ママ様が作ってくれたおうどんを食べる。少し童心に帰って、麺を噛まずに飲み込んで端っこを引っ張って遊ぶ。細長くて柔らかいものが喉を逆流するこの感覚、好きなんだよね。触手さんに体を好き勝手されたらこんな感じなのだろうか。
ママ様や妹ちゃんに見られたら頭の心配をされそうな遊びを程々で終わらせて、部屋に戻ってみると、つい先程出品したばかりの30点について問い合わせが来ていた。値段についての要望、との事で、値引き交渉かと思って確認してみればまさかの値上げ交渉である。
わーい、評価されてうれしいなー!と脳みそを幼児にして受け入れ、やっぱり気に食わなかったので差額を同封して送ることにした。私の30点に、私以上の価値を見出すとは生意気なやつだ。燃えカスにして送らなかっただけ感謝してほしいくらいだな。
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