幼なじみくんチョコレート、優しくしてくれる美少女から距離を取ろうとしても甘く優しい言葉で離してくれない(ミルク)味

 さて、私だ。さらなる天啓を賜ることに成功して、さらには両親からの愛を実感した私だ。世界の美しさと、素晴らしさを再認識した私である。つまりはいつも通りだね。世界は私がふにゃあと生まれた時から、変わらず美しく素晴らしいものだったのだから。


 けれども、素晴らしい愛を感じられたことは、私にとってとても大きいことだ。だってそれはつまり、家族にとって私がそれほど特別で、価値の高いものであるということなのだから。つまりつまり、それだけ私が壊れる時に素敵な光景を家族がみてくれるということだよね。


 大好きな家族にそんな素敵なものを見せられるなんて、えへへ。光うれしいな。……家族はそんなことを望んでいないだろうって?うるさいなぁ、そんなこと他ならぬ私がいちばんよく理解しているさ。けどもしかしたら、私のそんな姿で目覚めてくれるかもしれないじゃないか。これは愛しい家族への啓蒙活動だよ。


 というわけで、特に問題なしと診察されて退院してから、私はこれまで通り、いや、これまで以上に家族にとって理想の私であるために動き始めたのだ。なんの以上もみられないことに、お医者様は少し困惑していたように見えたが、当然である。私に異常があるとすればそれは頭の方で、今回はそっちの検査はしていなかったのだからね。もちろん私は自分が狂っているとは思わないが、一般の人が得ていない天啓を賜っているという点では、間違いなく常とは異なっている。


 そんなわけで、私は自分磨きに力を入れることにした。まん丸の水晶みたいな私を、ぼろ切れを使ってキュッキュと磨くのだ。けれど、自分磨きは程々にしておいた方がいい。何かを磨くということは何かを擦り付けるということで、自分を磨く時最後に残る研磨剤は自らの心だからね。何も持っていないものが努力を重ねたら、最後には心が摩耗してしまう。


 まあ、私には無限に湧き出る信仰心があるから、いくら努力をしても壊れたりしないのだけれど。そんな信仰心のおかげでよりお勉強を頑張って、それ以外にも色々なことに手を出す。もちろん家族サービスも欠かさずに。愛には愛で報いるべきだ。それが無私の愛であるのならば、なおさらにね。


 そうして、私の価値が少しずつ上がってきたら、いつの間にか家族の頭の中からも、私がやってしまったことは薄れる。必要だったからやったけど、あまり記憶に残って欲しいことではないからね。理想は、ふとした拍子に話題になった時に、もーそんな昔のこと言うのやめてよ恥ずかしーと言えることだ。まだまだ時間はかかりそうだね。まあ、転生者である私にとっては、相対的に少ない体感時間ではあるのだが。


 この辺りは私が周囲から浮きかねない要因の一つだなぁと考えつつ、ちょっと不思議ちゃんな言動があっても面が良ければ好意的に捉えられる世界に感謝する。おかげで私は善良かつ優秀な特待生としての地位を確保出来ているわけだからね。ルッキズムに栄光あれ。ママ様綺麗なお顔をありがとう。


 そんなことを考えているなんて知られるのは私らしくないから完全に隠しながら、お勉強の気分転換がてらお散歩をする。私は生まれた時からにゃんこを被って生きているからね。擬態はお手の物なのだ。にゃあ。


 試しに鳴き真似をしてみたら、近くの公園で遊んでいた幼稚園児がねこちゃん!と辺りを探し始めてしまった。ごめんね、猫ちゃんはいないの。TS美少女はいるから許してね。


 目が合ったちびっ子にお手手をふりふりして挨拶をし、そのまま特に会話をすることなく立ち去る。私と話したそうな人みんなと話していたら、いつまでたっても目的地につかなくなってしまうからね。まあ、今日は目的地なんてないのだが。


 引き続きお散歩、目的のない徘徊行為を続けて、いつの間にやら最寄り駅の近くについていた。大体の駅に適応されるように、ここの駅も駅周辺が一番栄えているね。本屋さんとかがある。わーい、光本屋さん行きたかったのー!


 行き当たりばったりで目的地が生まれ、徘徊はお買い物になってしまった。なんの目的もない行動を楽しんでいた時に、突然やるべきことが生まれてしまった時のやるせなさについては今更語る必要もないだろう。私はしょんぼりした。アホ毛が生えてたらしなしなしていること間違いなしだな。そんなものは生えていないのだが。


 生えてたら便利なので今度生やしておこうかなと考えながら店内を歩いていると、見覚えのある背中を見つけた。いつもよく見ている背中、智洋くんの背中だね。私から離れないといけないと思っていつつも、定期的にお隣ママから家庭教師として呼ばれるせいで、未だズブズブに頼りきってしまっている哀れな背中である。


「ひろちゃん!こんなところで奇遇だね。か何買いに来たの?」


 考えてみたら、私は背中を見るより見せることの方が多かったので、そんなに良く見ているわけではない背中を、後ろからトンっと叩く。ビクッと跳ねた肩が、智洋くんの気の小ささを表しているようで愛おしいね。


 真白さん、なんでこんなところに!と面白いくらいびっくりしている智洋くんに、私が本屋さんにいるのはそんなにダメ?と返すと、そんなことはないけど……とたじたじになる。うんうん、周りを見てみると、参考書とかが沢山並んでいるね。智洋くんはどうやら、私の元から離れて自力で頑張ろうと考えたようだ。親離れだね。


「……光が教えるだけだと、足りないかな?光じゃ、ひろちゃんの役に立てないかな?」


 当然、おやつくんが私から離れることなど、許すはずがない。そのようなことは許してはならない。智洋くんにはずっと私のそばで、劣等感に苛まれていて欲しいのだから。


 眉を八の字にして、少し悲しそうな顔を作りながら、あえて子供の頃の一人称を使う。ふとした拍子に漏れる幼い頃の名残り、とても純粋で、心の底から思っている言葉に聞こえるよね。智洋くんのために頑張って勉強を教えて、それが役に立たないことに悲しんでいる幼なじみの少女、そんなふうに見えるよね。


「違う!真白さんが教えてくれるのはわかりやすいし、おかげで何とか授業にもついていけているんだ。でも、今のままじゃ……」


 ふむふむ、みなまで言わずともわかる。私への感謝はありつつも、それに頼りきりな今の現状に不満があるのだね。ついでに、優秀な私の時間を自分なんかに勉強を教えることに使うのは、とても罪深いことなんじゃないかと思い詰めてしまっている。やはり智洋くんはいい子だね。そして智洋くんがそう感じて考えるように仕向け育てた私はきっと素晴らしい親になれる。


「光は、ひろちゃんとお勉強するの好きだよ。教える時に自分の復習にもなるし、何となくしかわかってなかったところを再確認できるし……」


 そこまでじゃないけど、言うだけならタダだからね。今智洋くんを失うわけにはいかないから、多少はサービスだ。


 それでもひろちゃんは光とお勉強するの、いや?と、言葉にせずとも伝わるように、目で訴える。非言語コミュニケーションは正確性に欠けるが、その分伝わったときの威力は高い。そして幼なじみという関係は、それが伝わるには十分な積み重ねである。


「……僕だって、真白さんに教えてもらうのが好きだよ!僕のわからないところを理解して教えてくれるし、優しく教えてくれるし、すごくわかりやすいんだ」


 落ちたね。智洋くんはちょろくてかわいいなあ。


「えへへ、ひろちゃんも同じように思ってたなんて、うれしいな。……それじゃあ、こんなものはいらないよね」


 ちょっぴり照れたように、はにかむ様に笑う。そして意識されないくらい微妙に声を低くして、智洋くんが手に持っていた参考書を抜き取り、本棚に戻す。まるで参考書に嫉妬しているみたいだね!特に意味はないけど私はこういうムーブが好きだ。


 空っぽになった智洋くんの手を掴んで、私のほっそりした指の感触を覚えさせる。ひんやりした手は、暑い夏の気温の中で、さぞ心地いいことだろう。智洋くんの性癖、また歪んじゃうかもね。


 ちょっぴり顔を赤くした思春期は智洋くんの手を掴んだまま、私の目的の本だけ買って、家に帰る。お散歩とお買い物に来て本当に良かった。おかげで、独り立ちしようとしていた智洋くんの出鼻をくじくことが出来たのだから。

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