そろそろ天啓が足りなくなってくる頃だね。補充しておかないと。
間に合わなかった……(╹◡╹)
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以前は当たり前のようにお互いの家を行き来していた私と智洋くんだが、いつの日からかそういういかにも幼なじみっぽい関わりというのはなくなってしまった。いつの日からか、とか言うと自然になくなってしまったみたいだが、智洋くんの心が折れた時からだね。タイミングがわからないなんて、転生者である私がそんなヘマをするはずがなかろうに。
さて、理由はともかく、その手のやり取りがなくなってしまったら、自然と私は時間を持て余すわけだ。もちろん私は勤勉な転生者、自分磨きのためにかける手間は惜しまないし、人間関係の維持にもそれなりに時間はかける。クラスのオトモダチと遊びに行ったりとかね。この素晴らしいハイスペボディは高音が綺麗に響くので、カラオケなんかがお気に入りである。
それでも、家事のお手伝いと灯ちゃんの子育てを並行して行っていた時期と比べれば、時間というのはどうしても余ってしまうものだ。趣味と言えるほど熱中できるものがあれば違うのだろうが、私が心底熱中できるのなんて信仰くらいだからな。
と、そこまで考えたところで、それなら祈ればいいじゃないと気がつく。幸い今は学校も夏休み。だから余計暇だったんだね。そして私は自分の部屋を与えられているので、祈る場所にも事欠かない。
そうと決まれば善は急げで、私は邪魔が入らないように架空のお出かけ予定を用意した。自分探しのために山篭りをすると言って、存在しない山小屋修行に参加したいと言えば、両親は終始心配そうにしながらも最終的には許可を出した。小さい頃から積み重ねてきた信頼の証だね。裏切るね。
お姉ちゃんから離れたくないとにゃんにゃん泣く妹ちゃんをなだめすかしてやり過ごし、お見送りされてすぐに家の中に戻る。さて、これで邪魔が入らない時間を確保出来たわけだ。三日三晩に及ぶ祈り、実家暮らしだとなかなか機会がないね。
予めお腹と膀胱を空っぽにしておいて、さあ楽しい祈りの時間だ。家族に心配をかけないためと、あと命の安全を確保するために、3日後にアラームをセット。いないはずの娘の部屋から突然けたたましいアラームが聞こえたら、入るなと言われていても止めに入るだろう。連絡が無いからって人の部屋に勝手に入ってくる
そこまで準備をして、締めにオムツを履けば全ての準備は完了だ。あとは天啓が降ってくるまで祈り続けるのみ。誰でもできる簡単な用意だね。みんなにもおすすめしたいが、話したところで狂人扱いされることは目に見えているので何もしない。なぜ目に見えているかって?かつての幼なじみで実証済みだからだよ。
ベッドの上にコロンと横たわって、虚空を眺めながら物思いにふける。ああ神よ、私の神よ、私だけの神よ。自分の進路に悩んでいるのです。私の方向性はこのままでいいのでしょうか。私は間違っていないのでしょうか。……そもそも天啓から選んだ道が間違っているはずがないよね、つまり大丈夫!ヨシッ!
そんな感じの軽さで祈りを捧げること二日。寝不足と脱水で頭がぐわんぐわんするが、信仰を前にそんなことは些事である。かすかに聞こえる家族の話し声も、選挙カーの声も、通知が入る携帯も、すべからく些事である。進行を前に優先されるような大事なことなんて、この世にはほとんど存在しないのだから。もちろん家族が倒れたり、おうちが焦げ臭くなったりしたら祈りは中断するよ。人の命の方が大切だからね。
けれど幸い、祈りを中断するような事態は起きなかったようで、気がつくと私は知らない天井の下にいた。二回目だからすぐにわかる。ここは病院だね。もう二度と経験したいと思わなかったが、やはり再体験してみるとこう、乙なものだね。
私が目を覚ましたのを受けて、すぐに泣きながら抱きついてきたのは妹ちゃん。お姉ちゃんのことが心配で、なるべくそばで見ていたいからずっとここにいたらしい。いじらしくてかわいいものだ。心配かけてごめんね、たぶんいつかまたやるね。
天使なお顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしている妹ちゃんに、それらを服に染み込ませられながら、大丈夫大丈夫と優しく頭を撫でてやると、単純なこの子はすぐに落ち着いてしまう。私がママ様に撫でられるとふわふわ幸せになってしまうように、妹ちゃんも私に撫でられると早いんだよね。小さい頃からの刷り込みの成果かな?チョロくてかわいいね。
さて、妹ちゃんが私の腕の中で眠ってしまって、病院のナースさんが家族に連絡をしているのを確認したら、成果確認の時間だね。家族に嘘をついて、ぶっ倒れるまで祈りを捧げただけの見返りがあったのか。妹ちゃんを泣かせてしまったこと以上に大切なことだ。
結論から言えば、私はまたもや素晴らしい天啓を賜った。目からウロコがポロポロ落ちて、妹ちゃんの頭の上でキラキラしている。綺麗だね。
そう、綺麗だったのだ、私は。ママ様譲りの優れた容姿にハイスペボディ、中身がドブ転生者とはいえ、重ねてきた努力と成果は本物だ。そういう意味で考えれば、私も十分、キラキラしたものに含まれるのである。
いや、みなまで言わずともわかる。私のような中身凡人のハイスペボディだよりの人間が、キラキラの才能を語るだなんて烏滸がましい。そんなことは他の誰でもない私が一番理解しているさ。しかし、理想の一人を見つけられていない現状、私自身がそれを作るのもまた、アプローチの一つと知ったのだ。つまりは私自身が斬魄刀になるということだね。
私の価値を高めて、高めて、高めきったところで、その尊厳を失ってみせる。ふむ、芸術家の端くれだった身としては、自らも最後に芸術の一つとして終わるのは面白いな。作るだけじゃなくて、自分がなる。人間が頑張れば国宝にだってなれるのだから、私が芸術になるのもありだろう。
もちろん、私のような人造物ではなく天然物の才能をさがすこともやめないけれど、いかんせん私が求める水準は高いからね。次善策、妥協案を用意しておこうという話だ。強く、優しく、美しく、真のプリンセスを目指す私の物語が始まるわけだな。目指せグランプリンセス。
そんなふうに私が、自分の得た天啓と現状のすり合わせをしていると、慌てた様子の両親が病室に駆け込んできた。あらあら、病院の廊下は走ってはいけませんよ。悪い子ですね。
「光っ!よかった、目を覚ましたのね……」
はぁはぁと荒い呼吸をしながら、私が起きていることを喜ぶママ様。あんまり大きい声を出したら、灯ちゃんが起きちゃうから、しー、と静かにするようにジェスチャーをする。ママ様はこくりと頷いて、こっちに歩いてよった。どうでもいいけど呼吸が荒いママ様えっちだね。青少年に有害な影響を与えること間違いなしだ。性癖破壊兵器かな?
私がそんなことを考えていると知ってか知らずか、キリッと表情を改めたママ様は、私の前に立つと大きく手を振りかぶって私の頬を叩いた。衝撃と、大きな音と、熱を持つ頬。親父にも殴られたことないのに!
あまりに予想外の行動に、少しだけ思考が停止して、ママ様の名前を呼びながら、何をしているんだと慌てているパパ上のことを見て、ようやく自分が殴られたのだと理解する。判断が遅い。
「光、どんな理由があってこんなことをしたのか、お母さんには全く分かりません。あなたは賢い子だから、きっとお母さんには想像できないような理由があるんだと思います。だから理由については聞かないし、言わなくてもいいです。あなたが嘘をついてまでやろうとしたのだから、きっと私たちには言えない理由があるのでしょう」
今まで、聞いたこともないような、ママ様の声。必死で冷静さを保とうとしている、少し震えた声。
「あなたが話してくれないのは、話してもらえなかった私たちの責任です。でもね、一つだけ忘れないで欲しいの。あなたからすれば、頭が悪い私たちかもしれないけど、それでもあなたのことを理解しようと思っている。理解したいと頑張っている。そして何より、親として、家族としてあなたのことを心配しているの。だからもう二度と、こんなふうに心配をかけるようなことはしないで。どうしてもしないといけないなら、理由は聞かないから先に教えて」
じんわりとひろがる頬の熱。ママ様から叩かれた場所だ。そこから全身に熱が染み渡って、胸の真ん中に溜まっていくような感覚。
気が付くと、私は涙を流していた。目尻に涙を浮かべながら、決して泣くまいと勤めていたママ様を差し置いて、涙を流してしまっていた。頭の中でおどける余裕も、茶化す余裕もなく、泣いてしまっていた。
しかたがないじゃないか。こんなことをされてしまったら、誰だってそうなる。私の、客観的に見れば理解もできない奇行を受けて、そのことを責めるのではなく話してもらえなかった自分たちが悪いと言った責任感。きっと、客観的には優秀な私との関わり方に悩んだことも多かったのだろう。考えてみれば、いつからか両親は私が普通の子供として振る舞えるように図ってくれていた。
これが、愛でなければなんなのだろうか。涙を流す私を見ながら、自らも抑えられなくなって泣き出してしまった女性の、私のお母さんの示したこれが、愛でなければ、一体何が愛なのだ。
これまでにないほど、愛されていることを自覚した。自覚せざるを得なかった。痛みを訴える左の頬が、伝えるそれすらも愛おしいほど、私は愛を感じていた。
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