性癖は放っておくと勝手に歪んでいくから、予め指向性を持たせて歪めた方が綺麗に行き着く

 思い出し笑いが止まらずに、智洋くんの顔を見るだけで笑うようになってしまったママ様を介護しつつ、過去の行いのせいで笑われている少年に憐れみの目を向ける。ママ様に笑われているのはかわいそうだけど、自分のおかげで美人が笑顔になっているのだから、智洋くんもきっと本望だろう。よかったね、喜んで笑えよ……あぁ、ママ様はもう笑わないで。落ち着いてね、ひっひっふー。


 それにしても、ママ様にこんな笑いのツボが隠れていたとは驚きだ。ママ様、いつもにこにこしているけれど、こんなふうに苦しそうになるほど笑うことってあんまりないからね。というか私は初めて見た。……私すら知らないママ様の一面を露わにするとか、智洋くん許せねえな。


 あんまり続くようならおやつくんからワライダケくんに昇格しようと考えていると、お顔を真っ赤にしたママ様が苦しい、死んじゃうと声にならない言葉を出しながら呼吸を整えようと頑張る。なんで笑いを堪えようとしているだけなのにこんなにエッチなんですか?こんなん見たら青少年の性癖がぐちゃぐちゃになっちゃうだろ。このやろう、他人の性癖をなんだと思ってやがるっ!


 うん、おもちゃだね。捏ねて歪めて楽しいおもちゃ。性癖は見ていて楽しいただのコレクションじゃあない。立派なおもちゃなんですよ。おもちゃは使わなきゃ。長い時間をかけて育てたのは使うためでしょ?


 そんなことを考えつつ、ママ様の表情を見る。やっぱりエッチ。これが智洋くんによって作られたと思うと、なんだか脳みそが軋む気がする。いやじゃ、ママ様のメスな顔なんて見とうない。いやじゃぁ〜!……考えてみたら私がまだバブちゃんな頃、しょっちゅうパパ上にメスにされてたな。許さんぞパパ上。


 理不尽な思い出し殺意でパパ上へのヘイトが高まったところで、ママ様を落ち着かせるために背中をとんとんする。ママ様には笑顔が似合うけど、苦しそうな顔は似合わない。だから早くいつものママ様に戻ってほしいな……いや、苦しそうなママ様もやっぱりエッチだからたまにはみたいな。ママ様で酷いこと考えないでくださいっ!この人でなしっ!


「光、もう大丈夫。心配かけてごめんね」


 内なる煩悩と戦いながら背中をとんとんすることしばらく、やっと元に戻ったママ様が、まだ少し口角をヒクつかせながら立ち上がる。大丈夫だけど、しばらくひろちゃんの顔は見れないわねとつぶやく姿。まだ赤みが引いていない顔と眦の涙のせいで、無理やり乱暴された後子供に心配をかけないために気丈に振る舞うお母さんみたいだね。されたのは乱暴じゃなくて笑いのツボを一突きだけど、気丈に振る舞うところだけはそのままだからタチが悪いな。


 うぷぷっ、とまだ笑ってしまうママ様を智洋くんの魔の手から守るためにリビングにいるように言い含めて、私は妹ちゃんにお世話させていた智洋くんの元に向かう。どうでもいいけど、ママ様を魔の手から守るために妹ちゃんにお世話させるって、控えめに言って人聞き最悪だよね。絶対妹ちゃん手篭めにされちゃってるやつじゃん。


 向かっている場所は私の部屋。まあ、智洋くんはなんだかんだで私の幼なじみなわけなので、妥当な配置だね。同じく妹ちゃんも幼なじみではあるが、あの子はそろそろ思春期だからね。年頃の男の子に自分の部屋をまじまじと観察されるのは、あまり嬉しいものではないだろう。私も条件は変わらないだろうって?はは、面白い冗談。どこの世界に、子犬に部屋を見られて恥ずかしがる飼い主がいるというのか。おやつくんなんかで羞恥を感じるなんて、そんな人として恥ずかしいことするわけがなかろうに。


「灯、ひろちゃん、ごめんね。お母さんやっと落ち着い……て……」


 羞恥なんて感じるはずのない私が、扉を開けた瞬間目にしたのは、肌触りが良さそうなピンクの布を手に持った智洋くんの姿。つまり、私の下着を握りしめた智洋くんの姿……ではなく、私のパジャマをさわさわしている智洋くんの姿だ。うん、パンツほどじゃないけどやっていることは最低だね。


 すぅっと視線の温度を下げて、あらゆる分子の振動が止まる温度にする。そのことに気がついた智洋くんはビクッとして動きをとめ、同様に妹ちゃんも動かなくなった。


 さて、動かなくなった2人を前に、私がするべきことはなんだろうか。サイッテー!と叫びながら真っ赤なもみじを咲かせること?そのまま立ち去って口を聞かないこと?ふむ、どちらでも楽しいかもしれないが、ここでひとつ状況把握をしよう。視線を動かさず、視界の隅に映る情報を正確に読み取る。ちょっと目の焦点が合わなくて怖いって言われるけど、まあ仕方がない。あーぁ、妹ちゃんも智洋くんも怖がっちゃってかわいいな。


 確認の結果、2人の体の影にオレンジ色の水たまりを発見。おや、ちょうどそこは私がパジャマを置いていた場所のすぐ近く。そしてもちろん、我が家にオレンジの体液を垂らす生物はいないので、水溜まりの状態はオレンジジュースだね。


 恐らく、二人でふざけているうちにジュースをこぼして、智洋くんが咄嗟にパジャマを回収したと言ったところか。黄色く透明な液で、ついでに妹ちゃんの服が濡れていたら、そういうプレイかと勘違いしてしまったかもしれないが、これじゃあ誤解のしようもない。なんてしょうもない結末だ。私の視線はさらに冷たくなった。


「ひろちゃん……私の服で、何してるの?」


 私のセリフからセリフまでの間は1.5秒。ピンク色の脳細胞をフル活性させた結果、普通の人が追いつかない速度での思考を行い、見事行き着いたのは合法的に智洋くんに冷たくできるという喜び。私は基本甘やかして育てるタイプだから、こんなふうに出荷前の豚を見るような目で智洋くんを見れないんだ。出荷前の豚にはもっと愛情の籠った目を送るよ。畜産業者に謝れ。


 ともあれ、私からの冷たい視線に智洋くんが気持ちよくなってしまう前に終わってくれないと困ったことになる。私はおやつくんを育てているけれど、マゾ豚さんを飼育するつもりはない。おそらく劣等感と向き合えば自ずとマゾの道を開ける智洋くんは、育成をミスるとたぶん簡単に開いちゃうから、冷たい目を送りすぎるのも良くないのだ。そもそも原因わかってるならそういう意地悪やめろよ。かわいそうだろ。


「光ちゃん!?違うっ!違うんだっ!誤解しないでっ!」


 私の目を見て、手の内のパジャマを見て、また私を見て、妹ちゃんを見る。何かしらの勘違いをうみかねないことは、すぐに理解できたらしい。スーパー家庭教師付きとはいえ有名私立中学に通う智洋くんは、けしておバカさんではないのだ。その割に弁明が説明になっていなかったり、誤解をとくための言動とは思えないものだったりするのは、それだけ智洋くんがてんぱっているからなのだろうね。


 そんなふうにテンパっている智洋くんを横目に見ながら、ちょっと笑ってしまっている妹ちゃんを見る。君、ママ様譲りの天使みたいな顔しているくせに結構いい性格しているよね。特に智洋くんのこういう姿を見ている時って楽しそう。さては性癖がゴミ人間だな?生きてて恥ずかしくないのか。


 まあ、実際には、妹ちゃんは自分にそんな癖があることなんて気がついていないだろう。智洋くんに対しても、苦しむ姿が見たいなんてことは考えていないだろうし、自分の表情が緩んでいることにすら気が付いていないかもしれない。一生気が付かなくていいのよ。あなたがいつまでも、純粋で綺麗なあなたでいますように。


 あまり叶いそうにない祈りをしつつ、そろそろしどろもどろになってかわいそうになってきた智洋くんに笑顔を向ける。大丈夫、ジュースこぼしちゃったんでしょうと告れば、先程まで泣く寸前の子犬みたいになっていた智洋くんは、ほっと一つ息をつく。あまりやりすぎて、妹ちゃんを目覚めさせる訳にも行かないからね。二人の癖は私が守るっ!……ところで君たちやっぱり相性いいね。なんかそういう星の元に生まれてきたりしたのかな?どうせならキラキラした星の元に生まれてこいよ。


 部屋がフローリングだったこと、ちょうどカーペットを敷いていなかったこともあり、被害は最小限であったので、今回はほとんどお咎めなしで済ませる。私の部屋がフローリングでよかったな、これがもし畳の和室だったりしたら、間違いなく丸一日は口を聞かなかっただろう。せっかく大好きな幼なじみの家にお泊まりして、1言も話して貰えず2日目、なるほどそれはそれでありかもしれない。私はいつでもおやつをつまみ食いするチャンスを伺っているからね。間違いなくしょんぼり沈む智洋くんで内心にこにこしているだろう。


 そんなタラレバの話は置いておき、私の部屋で一緒にゲームをする。ゲームとは言っても、ピコピコじゃなくてアナログの方だけどね。我が家にはあまりゲーム機を買う習慣がないのだ。まあ、パソコンが使えるから困ったことは無いのだけどね。ついでに買おうと思えばいつでも買えるし。


 頭を使うゲームでハンデをつけつつ圧勝して、駆け引きゲーで手のひらの上で2人をコロコロする。そうなると自然と、行き着く先は運ゲーだね。三人だと人数が微妙だからと誘ったママ様からは、ひろちゃんに合わせる顔がないの……と言われて振られてしまった。目の前で言われた智洋くんは、事情も何も分からないままただただ居心地が悪そうだった。わろえる。さてはこの家、智洋くんに優しくないのではなかろうか。


 一通り遊んで、次はお勉強の時間だね。たとえ休日だろうと、それは勤勉な転生者にとって暇を意味しない。むしろ普段よりも予定をみっちり詰めれるから忙しいのだ。え、“その割に普段から暇そうにしているよね”だって?なんでそういう酷いこと言うの。光泣いちゃうよ。


 忙しいもん。いつも忙しいもん。お勉強だってしているし、お友達とも遊ぶし、智洋くんでも遊んでるもん。それにネットを見ている時だってキラキラの才能を探すために頑張っているわけだからね。私が暇そうにしていると思われるのは甚だ心外である。


 まあ、実際のところ詰められる時間が無いとは言わないけどね。私は人生RTA走者ではないので、タイムを縮めることにはそこまで関心がないのだ。だって人生のタイム短縮って、つまり早死するってことでしょ?やだよ私、今回のタイムは20年でした!いやー、まだまだ無駄が多いですね!とか言うの。


 速さは正義じゃない!と考えながら、程々に手を抜いたオムライスを作る。オムライスって手間の割にご馳走感があっていいよね。チキンライスを作って、卵を焼くだけ。言葉にすればたった二工程っ!そんなこと言ったら唐揚げだって漬けて揚げるだけだよ。


 実はそれほどお手軽ではないのでは?と考えつつ、まあ私のような凡人が作れる程度のものなので、やはりお手軽なのだろうと思い直す。難しいことを考えながら作るよりも、愛情をたっぷり込めながら作った方がいいに決まっているからね。美味しくなあれ。美味しくなあれ。美味しくなあれ、智洋くん。


 卵は出来立てがいちばん美味しいので、完成した順番にみんなを呼ぶ。最初に自分の分を用意して、次にチーズ入りのママ様。灯ちゃんの分は半熟トロトロで、ソースはデミグラス。ハンバーグとかなら余った肉汁を使うけど、今回は無いからボトルの鶏油で代用だ。最後に智洋くんの分を作ってケチャップハートをつければ、見ているだけで口の中が甘ったるくなってくるオムライスの完成だね。もえもえきゅん。



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 シュウチロリニウム……流行れ……(╹◡╹)

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