神聖な試合とそこに込められた純粋な思いを汚す転生者の鑑

 寝る前の入念なストレッチと、たくさんの睡眠時間、それと受験勉強が忙しくなってきた妹ちゃんとのスキンシップで十分に栄養を補給すれば、もう試合の準備はOKだ。……本気で戦うための準備にしては緩すぎる?勝つ気があるように見えない?やめてよね……本気で試合したら、私が将太くんに敵うはずないだろ…


 私はちょっと才能があるだけのロリロリな15歳で、将太くんは幼い頃から一途に体を鍛えてきたゴリゴリのカラテマンなのだ。どうでもいいけど、私はもう15歳なので定義的ロリではないんだ、ごめんな。でも限りなくロリに近いナマモノだからゆるしてね。どうせみんな15歳と14歳の見分けなんてつかないでしょ。ママ様曰くうちの家系は15歳になると同時に成長が止まるらしいから、私はいつまでもロリである。


 本当にママ様が普通の人間なのかというところに疑念が生まれたところで、妹ちゃんとの幸せなすーりすーりはおしまい。あまりやりすぎると、妹ちゃんのお勉強に支障をきたすからね。私はそんなこと受け入れられないので、しっかり身を引くところでは引く。ついでにお勉強も教えてあげるね。ここの途中式、間違えているからちゃんと見直してごらん。どこかわからなかったら教えてあげるから聞きに来てね。


 多分妹ちゃんでは気がつけないだろうなと考えつつその場を後にして、リビングでのんびりお茶を飲む。優雅なティータイムといきたいところだが、残念なことに今はもう夜なのでカフェインは厳禁だ。寝付きだけを考えたらちょっと一杯お酒を嗜むのもありかもしれないが、私はまだママ様を犯罪者にしたくない。と言うよりも一生清い体でいてほしい。……そんなママ様を汚したのはパパ上か。やっぱり許せないな。


 やれやれ、未成年は辛いぜと、麦茶の入ったコップをカラカラ鳴らす。ただ鳴らして遊んでいるの半分、濃度を均一にすべく撹拌しているのが半分。コップの下をでクルクル円を描きつつ、飲み口の方はほとんど動かさない混ぜ方は理系ならみんなやるやつだね。こう混ぜないものを私は理系と認めない。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんに言われたところ、やっぱりなんで間違ってるのかわからない……」


 そんな片寄った思想はともかく、五分もそうして意味のない時間を過ごしていれば、案の定やってくるのは妹ちゃん。私が指摘したところのミスがわからなくて聞きに来たらしい。分からないことをすぐわかる人に聞けるのは成長への近道だからね。お姉ちゃん、妹の受験のためなら何でもするよ!……合法的なことなら。


「灯の学習範囲だと、ちょっと迂遠な解き方しないといけないから仕方がないよ。78ページと116ページの公式を見てごらん」


 しょぼんとしている妹ちゃんを慰めつつ解法を伝える。なお、妹ちゃんがリビングに来てから、私は一度もこの子のテキストを見ていない。こんなことばかりしているから妹ちゃんから超人だと勘違いされるんだよね。ちなみに、妹ちゃんの受験のためにやれる違法なこととは問題用紙の横流しである。中等部にはちょっと弱みを握っている先生がいるから、脅せばなんとかなるだろう。その場合罪よりも私の印象に傷が付くからやらないけどね。


 そうして楽しい日常を過ごせば、その2日後には将太くんとの試合である。本当なら翌日でよかったのにプラスで少し延びたのは、私の気分だね。なんか気分が乗らなかった。湿度が高かったからしかたない。実際には、私が試合すると聞いて不安そうにしている智洋くんを味わっていただけなのだけどね。……智洋くんのことを、健気に心配してくれる幼なじみのことをなんだと思っているんですか?美味しいおやつだよ。


「真白、今日は来てくれてありがとう。お前を越えて、俺は自信を手に入れる」


 深々と頭を下げて、私に試合を申し込んだ理由を伝えてくるのは翔太くん。その理由、知ってたから大丈夫だよ。君は本当にわかりやすいね。

 最初からそれを伝えなかったのは、やっぱりみんなの前で伝えるのはプライドが許さなかったからだろう。今問題なく言えるのは、ここが私たちのお世話になった道場で、この場にいるのが師範と私と将太くんの3人だけだから。将太くんのために、道場を開くのを遅らせてくれた師範には感謝だね。おかげでこれから先の醜態は、私たち以外の目には晒されない。


「私なんかを越えたところで、何かが変わるとは思えないけどね。……師範、お久しぶりなのにこんなことになってごめんなさい。お元気そうでなによりです」


 挨拶とお礼をして、手土産を渡す。大したものじゃないけどちょっといい所のお菓子。本当なら将太くんが用意するべきなのだろうが、私は一般高校生のお財布に欠片も期待していない。それなら余裕のある私が用意しておくべきだろう。まあ、それがなくてもこれくらいは用意したけどね。


 試合が始まる前から、なにかに負けたような顔をしている将太くんをその場に残して、ちょっと奥の方の更衣室で着替えさせてもらい、体験者用の道着と白の帯を身に纏う。えーん、光、降格しちゃったよー。まあ自分のものはもうサイズが合わないから仕方がないよね。いくら私が成長していないとはいえ、さすがに小学生の頃の服は入らない。


 最後に髪の毛を後ろできゅっとまとめて、長めのポニーテールさんを作る。……長いね。邪魔だね。でもママ様からもらって、これまで大事に育ててきたこのを切り落とすなんて蛮行はできないので、ちょっとクルクル巻いてお団子もどきに。簪とかあればちゃんと作れるけど、今から投げられるって時に尖ったものをつけるべきではない。


 着替えが終わって、久しぶりの道着姿を鏡で見る。うん、やっぱり私は何を着ていてもかわいいな。美少女はボロボロの貫頭衣でもかわいいのだから、道着を着てもかわいいのは道理である。ママ様の娘として生まれてよかった。


 ちょっとポーズをとって自分のかわいさを再認識していたら、更衣室の外からまだかかりそうかと催促の声が聞こえた。時計を見れば着替えにしては結構時間をかけていたから、催促も納得だね。遅くなってごめんねと言いながら更衣室を出て、道着姿の自分がかわいくてポーズを取っていたと素直に伝える。将太くんと師範はなんとも言い難い表情になったが、事実だからしかたがない。私は素直を美徳として生きているから、必要のない嘘はつかないのだ。魂が穢れるからね。


 ちょっと手間取ったものの準備は問題なく終わったので、道場の真ん中に立って将太くんと向かい合う。私が出した条件は、どんな結果になっても文句を言わないことと、もう一回は認めないこと。あと言い訳も聞かないことと、私の言い訳は聞いてもらうこと。対して将太くんの出した条件は全力で勝ちに来ること。つまりはわざと負けようとしなければいいらしい。とっても有利だね。体格差を除けば。


 師範の開始の声で、二人で構える。この構えひさしぶりー!なんで少しテンションを上げている私を置いて、将太くんはとても真剣な表情だ。まるで野生のクマとでも向き合っているかのような警戒心と、隙を見つけて仕留めてやる!とばかりの殺気。大丈夫だよね?これ、私殺されないよね?


「……ねぇ、将太くん。一度落ち着いて、冷静になって目の前を見て」


 ちょっとばかり心配になったので、一度構えを解いて無防備に将太くんの元に歩み寄る。これで突然パンチが飛んできたら、私は翼を手に入れた!となっていただろう。とても試合中に見せる姿ではないが、こうしたところで正拳が飛んでこないのはわかっている。だって、将太くんが倒したいのは本気の私で、無防備な私ではないのだから。


「将太くん、あなたはなにをそんなにこわがっているのるの?目の前にいる私がそんなにこわい?こんなに小さくて、柔らかくて、儚い命がそんなにこわい?」


 そこに、私の勝機がある。自分が今何を打とうとしているのか、お前本当に分かっているのか!と将太くんを正気にさせて、警戒心と集中力をそげば、まだ可能性はある。なくても同じことするけどね。そうじゃないと私、本当に骨の一本くらいはやられちゃいそうだし。コワイナー。


「私を見て。小さくて、力がない私を見て。私の手に触れて。柔らかくて、筋肉も無い手に触れて。強く掴んだら折れそうな腕を、抱きしめたら壊れそうな体を感じて」


 将太くんの手を掴み、私の手を触らせる。美少女にお触りできるなんてとんだご褒美だね。まさかそのために試合を申し込んだのか?私は訝しんだ。


 将太くんの警戒が解ける。私の手に、小さくてやわらかい手に触れて、こんなのと戦おうとしていたのだと自覚した将太くんからは、先程まで痛いくらいに感じていた殺気と呼べるものが霧散していた。私は死なずに済んだ。よかったね。


「……ごめん、俺、間違ってた。過去に囚われてばかりで、現実が見えていなかったんだ」


 師範がわけのわからないものを見る目で私たちを見る。そりゃあ、試合と聞いていたのに突然いちゃつきだしたら、誰だってそんな表情になるよね。私たちは一体何をしているのだろう。将太くんからのよくわからない謝罪を聞きながら、私はにっこり微笑む。わかってくれてよかった。私がか弱い存在だと、戦う相手じゃないと、そう将太くんが認識してくれること、それが何より大切なのだから。そうするのが唯一、私が負けずに済む道なのだから。私は負けず嫌いなのだ。


「わかってくれてよかった。というわけで隙ありっ!」


 仲良く繋いでいたお手手を掴んで、くるっと体重移動して背負い投げ。体格差、体重差を考えれば、これくらいしか私が将太くんに勝つすべはない。相手から試合する気を奪って、完全に油断させた所への不意打ち。汚い、さすが転生者汚い。


 投げられて、畳に背中を強打しながら、ぽかんとした表情で私を見上げる将太くん。ついでに、やっぱり理解できないものを見る目でこちらを見つめる師範。審判の仕事サボってないで、早く勝敗宣言してね。すぐでいいよ。


「……まし……ろ?なんで……?」


 このなんでは、なぜ自分が投げられたかの質問か、あるいはなんで投げ技を使ったかの疑問か。どちらでもいいね。大切なのは、私が汚い手を使って、不意打ちで、それでも勝利を掴み取ったということ。へへっ、親離れの儀式を邪魔してやったぜ。坊やは帰ってママのミルクでも飲んでな。……ところで、今回の親枠は私なわけで、そうなると帰ってミルクを飲まれるママは私になるのではなかろうか。大変っ!光ちゃんまだミルクでないのにっ!


「……ごめんね、でも、私が本気で将太くんに勝とうとしたら、もうこうすることくらいしかできないの。油断させて、不意打ちでやらないと、私は翔太くんに勝てない。それで十分じゃないかな?」


 なお、それなら普通に私が負けてやればよかっただけの話である。ゲスな転生者は平気で問題をすり替えるのだ。


 ちらりと師範を見ると、やっぱり納得できない表情。カラテ少女だった私が、同門対決でヤワラを使ったのが気に入らないのかな?でもごめんね、師範。あなたの技じゃ将太くんには勝てないのよ。


 こうして、正々堂々と行われるはずだった試合は、私一人の大満足と、他への歯切れの悪さを残して終わった。将太くんはせっかく私の元に戻ってきたのだから、簡単に巣立たせてなんてあげないよ。

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