か弱い女の子を無理やり手篭めにするために自分を鍛え上げたと誤解されている少年vs少年を負かすのが楽しかったTS転生者

 つよつよ顔面で全てをごまかして、どうにかした新入生代表挨拶からしばらく経って、私はひとつの大きな問題……嘘、そんなに大きくない問題を抱えていた。入学式当日にスピーチを丸投げされるのに比べれば大抵の問題は取るに足らないものだからね。当然だね。


 というのはさておき、それなりの問題は抱えてしまったのだ。内部進学のみんなから、流石真白さんっ!と褒められて、外部進学の人たちからも、“なんかすごい美少女、きっとすごいんだろうなぁ”と素敵な印象を持たれた。それだけなら全然良かったのだが、問題はそう思わなかった者共である。“なんだアイツ、偉そうでかわいこぶってて実際かわいくてムカつく……”なんて思っているものは追々お顔パワーで落とすとして、問題は二人。決闘を断られたにもかかわらず未練タラタラな将太くんと、相も変わらず子供に対して対抗心メラメラな数学担当改め担任だ。……後者はこれまで通りだから大した問題じゃなかったや。


 というわけで、唯一残った問題である将太くん。入学初っ端から第一印象最悪で、そのことを気にした様子もない将太くんだ。全国レベルの選手ではあるから、ある程度キラキラか、そうでなくともキラキラへの仲介役になれるだろう将太くんは、けれども残念なことに私に対して当たりがキツイ。よっぽど小さい頃の敗北が忘れられないんだね。私としては利用価値がありそうだから、是非とも仲良くなりたいのだが、現実とは厳しいものだ。


 どうすれば仲良くなれるかな、でも仲良くなるより先にまずは決闘ふっかけてくるのどうにかしないとなと考えながら、後ろの席の美保さんとおしゃべりをする。いつ話していても落ち着く、本当に不思議な子だね。この、私から毒気を抜き、心底穏やかな気持ちにしてしまうのはこれはまた将太くんとは違う意味で問題かもしれない。というか、問題だね。一番の問題は私がどうにかする気になれないことである。美保さん、恐ろしい子っ!


「……真白光、俺と決闘しろ」


 おそろしい子に怯えていたら、恐ろしくないタイプの駄犬がよってきた。遊んで遊んでと大変元気がいいが、私はこのロリロリボディなので、危険なことはできないのである。というかこいつしつこいな。何年経っても同じネタを擦り続ける聡くんみたいだ。


「何回も言ってるけど決闘はしないよ。わざわざそんなことする必要もないし、したところで悪いことにしかならないから。将太くんも、人生を無駄にしかねないことなんかじゃなくて、もっと修行とかの生産性があることをした方がいいと思うな」


 何回も繰り返しているやり取りだが、もしかすると最初と異なり声が小さくなっているだけ、この駄犬くんは成長しているのかもしれない、ハエが止まりそうな成長速度だね、私はこの子を育てるために学校に来ている訳ではないので、早く成長して欲しい。


 と、ここで私はひとつの可能性に気がつく。今更わざわざ明言するまでもないことだが、私が毎度決闘を断っているのは、決闘罪に抵触するからだ。そもそもやりたくないのもあるけれど、決闘は引き受けたらそれだけで罰せられるし、私が受け入れれば将太くんの将来が閉ざされてしまうからね。だから優しく諭してあげているつもりだったが、もしかしたら将太くんは決闘罪そのことを知らないのかもしれない。


「……将太くん、決闘罪って知ってる?」


 まさか自分の住む国の法律を知らない高校生なんていないだろうと思いながら、恐る恐る聞いてみると、将太くんは小動物みたいに首をこてんと傾げながら決闘罪……?と言った。なるほど、知らなかったのか。それならあんなふうに馬鹿みたいに決闘決闘とまくし立てるのも納得だね。


 全く、そんなんじゃ生きていけないぞ、ギリギリグレーなラインで反復横跳びするためには、ある程度の法律の知識は必要なのだ。自分の意思で付いた罪ならともかく、知らぬうちについた罪ほど惨めなものはない。やっぱり法律って大事。私が自力で行動できるようになって最初にしたのが、この国の法律と転生前の法律に差がないかの確認だったと言えば、その重要性も伝わるだろう。ちなみに差はなかった。


 というわけで、無知が服を着て歩いていた将太くんに、決闘罪の成立要件や刑罰を一通り教えてあげる。決闘者自身だけでなく、それを知っていて場所を提供した人も罪に問われるんだよ。……えっ、決闘の場所は昔通っていた道場を貸してもらう話になっていた?おバカっ!恩ある師範を犯罪者にしたいのかっ!……あのね、スポーツは違法性阻却事由っていうのがあるから事故なら怪我させても合法なの。お医者さんが患者さん切っても捕まらないのと一緒。わかってくれた?だから決闘はダメなんだよ。



 ゆっくりりかいしてね、と説明したら、将太くんはゆっくりりかいしたよ!と元気にお返事した。元気があるってすばらしいね。理解はすぐでいいよ。


 見るものの嗜虐性を刺激するお饅頭みたいになった将太くんに、もしかしてこの子は思っていたほどおバカじゃなかったのかと考え、やっぱりこれくらいならすぐに理解出来て当然だなと思い直す。やっぱり君は駄犬で十分だ。


「真白……俺、知らなかった。守ってくれてありがとう。……それじゃあ、決闘じゃなくて試合しようぜ!試合っ!」


 ゆっくりりかいして、少しの間しゅんとしていた駄犬は、私の説明を咀嚼して飲み込むと、それを反映させたお誘いをしてきた。うんうん、知ったことをすぐにいかせて偉いね。ところで、私の説明は当然私の口から出たわけで、それを咀嚼して飲み込むってとっても卑猥じゃない?やってる事さし餌だもんね。鳥の雛だからかわいらしいけど、人間の雄に美少女がやっていたらただのプレイである。


 与えるものが言葉か餌かくらいの違いなんて些細なものだ。そう考えながら、将太くんのお誘いにどう返事をするべきか考える。実際問題、決闘じゃなくて試合ならやってもいいのだけど、わざわざやりたいものではないからね。私の体は小さくて、将太くんの体は大きい。試合なんてするまでもなく負けることはわかっているし、それを覆せるような心当たりも……ないではないが思い通りにいくとも限らない。


 しかし、だからといってずっとこのままオアズケを続けるというのもまた、下策ではあるのだ。私は可能であれば将太くんと仲良くなって、そのキラキラを見定めたいし、それが上物でなかったとしても他への繋ぎにしたい。その意味では、この子はなかなかの優良物件なのだ。


「……うん、いくつか条件があるけど、それを守ってくれるなら、一回だけなら試合してもいいよ」


 しょうがないにゃあと考えながら、将太くんに条件付きのOKを伝えると、少年はわーいと喜んで条件も聞かずにそれでいいと言った。中身の書いていない契約書にサインをするような浅慮、私じゃなくても見逃さないね。これで私が、両手両足を縛った状態でじゃないと戦わないとか言ったらそれで満足できるのだろうか。……なに?お前はそんなことするやつじゃない?将太くん風情が、一体私の何を知っているというのか。やめろっ!そんな澄み切った目で私を見るなっ!


 それじゃあ今日試合しようぜ!と楽しそうな翔太くんに、女の子には準備があるのっ!と言って黙らせる。まともにやるにしろやらないにしろ、普段あまり使わない筋肉を使うことだけは間違いないから、入念にストレッチをしておかなければならないのだ。……女の子関係ないね。でもこう言えば勝手に誤解して細かい追求をしてこなくなるのだから、美少女というものはお得である。


 調子よくなったらすぐに教えろよ!と言って満足そうに立ち去る将太くんにおててを振って、心配そうにこちらを見つめる美保さんに大丈夫だよと伝える。まともにやって勝てないことはわかっているし、そもそも私には勝つ必要が無いのだ。将太くんがここまで拘っているのは、かつて負け続けた敗北の象徴に打ち勝つことで自信をつけるため、要は一種の親離れの儀式なので、むしろ少年の羽化を考えれば負けた方がいい。


 そこまで説明してしまうと翔太くんのプライドがズタズタになっちゃうだろうから、美保さんに教えてあげられないのが辛いね。こんなに私のことを心配そうに見つめている少女に、真実を打ち明けられない。なんだかとっても罪悪感だ。


 そのせいで、大丈夫大丈夫全然大丈夫、と絶対に大丈夫ではないことしか言えずに話を終わらせる。おかしなことにならないか心配だからあたしも見に行く!と言う美保さんを止めるのは、少しだけ大変だった。でもまあ、私にしろ将太くんにしろ、どちらかあるいは両方が惨めな姿を晒すことになるのは確定なのだ。できたばかりのお友達に、見せたいものではない。

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