幼なじみくんチョコレート、自分では助けられなかった幼なじみの少女が、昔からの知り合いである屈強な男に助けられて顔を赤くしている姿を見てしまった時の絶望(カカオ90%)味

 話って進めようと思っても進まないのよね……(╹◡╹)


 進むような話は最初からないだろとか言うな、ちくちく言葉だぞ(╹◡╹)ナイチャウ


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 キャンバスの最高の瞬間は、やっとの思いで作品を仕上げたときではなく、それに火が着けられた時だ。鮮やかな色の、それが含む多種多様な金属原子によってその数だけの光を放つ、その瞬間だ。


 新雪のいちばん美しい姿は、泥まみれの長靴で無遠慮に踏みつけられたものだ。風情のふの字も理解できない無粋な輩に、全て台無しにされた瞬間だ。


 美しいものは、素晴らしいものは、その価値が損なわれる瞬間こそ、一番輝くのだ。それは間違いのない事だし、その考えは、生まれ変わる前から私の心にべっとり固着したものである。だからかつての私はたくさんの絵画を焼いて、陶器を砕いて、価値を貶めた。


 生まれ変わってからもそうだ。素晴らしい才能、価値溢れるキラキラを秘めた人を汚すために、その輝きに泥を塗るために、たくさん頑張ってきた。やれることは全てやった、なんて思い上がったことを言うつもりはないが、私が思いついて、現実的なことはだいたいやった。


 だからついつい忘れていたのだが、こんな私にも好みというものがある。価値あるものを貶められれば、何でも満足するようなちょろい女じゃないのだ。私にだって、受け付けられないNGな行為くらいある。気に食わないことくらいある。


 そもそも、なぜ私が価値のあるものを集めてきたのかだ。わざわざ労力をかけて集めたりせずとも、その辺の美術館でもテロれば、莫大な価値を損失させることが出来る。けれどもそうしなかったのは、ひとつだけあった私の中のこだわりによるものだ。


 素晴らしいものの終わりは、それにふさわしいものの手でなされるべきなのだ。そのものの価値をしっかり理解していて、誰よりも理解しているものこそ、貶める資格がある。……もちろん、新雪のように無粋な輩によって損なわれることが似合う価値もあるから、一概にそうとは言えないけどね。


 私は自分の趣味が異常なことも、周囲から嫌悪されるようなものであることも自覚している。だからこそ、むやみやたらと目に映る全てを損ねるような真似はしたくなかった。これを一番理解して、これに一番価値を感じているのは自分なのだと証明した上で、知らしめた上で、私がそれを貶める。その一連のプロセスにも、また価値があったからこそ、私は自分で作ったものや正式に買い取ったものだけを趣味の対象にしていたわけだ。


 後で誰かから文句を言われても、その作品に価値を見いだして、元の持ち主が納得するだけの対価を払ったのは私なのだ。オークションなんかが一番それを体現しているが、その場にいる中で最も価値を感じていたのが私だったから、他の誰よりもお金を払って手に入れた。


 そう、私は価値を理解し、対価を払って趣味に勤しんだのだ。間違っても、人のものを盗んだり、人のものを壊したり、犯罪に抵触するようなことはしていない。そしてそんな私の価値観で言えば、自分の勝手な満足のために、そのものの価値を理解せず損なうような行為は、とても許容できるものではない。美術館の絵にトマトスープをぶちまけたり、肖像画を燃やして抗議したり、そんなのは芸術に対する冒涜である。芸術品自体に対しても、それを損ねるという行為に対しても喧嘩を売っている、許されざる行いだ。


 話が少しおかしな方に飛んでしまった。要するに、私にとって、価値のあるものはその資格があるものに損なわれるべきであり、私という存在の価値を損ねるものとして、このヤカラたちはふさわしくない。こんな、芸術の欠片も理解していない、私の努力の一欠片も知らないようなやつらの自慰行為に使われていいほど、私は安くない。


 うんうん、だから不快だったんだね。自分の気持ちが理解出来て、私はとてもスッキリだ。まあ、スッキリしたところで、私がヤカラたちに囲まれていて、ついでに人通りのない路地に連れ込まれかけている事実に変わりはないんだけどね。


 うーん、どうしようか。理解してスッキリした以上、このままヤカラたちの慰みものになるのはごめんだ。だからといって私がカラテやヤワラの力を借りたところで、どうにもできないことは以前の将太くんとの対峙でよくわかっている。いくら才能があったとしても体の大きさと数は暴力なのだ。小学生とも間違われる私が、大の大人数人に勝つことなんてできない。……そんなに寄ってたかって私のロリロリボディを求めるなんて、こいつらひでぇロリコンだな。揃いも揃って鼻の下伸ばしているとか、ドン引きものである。パパ上はまだ天使なママ様の中身に引かれた可能性が残っているから許されるけど、見た目だけで発情しているやつは許されないよね。やはり世界はロリコンに厳しい。厳しくて然るべきだが、厳しい。


 世界のロリコンに対する向き合い方はともかくとして、私のヤカラに対するスタンスはすぐにでも決めないといけない。うーん、うなれ私のピンク色……今だけは灰色の脳細胞。


 ……キラっとひらめいた!ひとまず思いついたものとしてはふたつだね。一つは、ママ様から、乙女のたしなみとして持たされた防犯ブザーを使って、周辺全体に緊急実態を知らしめること。いい所は、逃げられた時に自然かつ違和感のないことで、悪いところは確実性にかけること。ブザーがなったからって、正義感溢れる住民の皆さんが駆けつけてくれるとは限らないし、ブザーや皆さんの力でヤカラが逃げるとも限らない。


 二つ目は、何かあった時は穢される前に腹を切って死ねよとて持たされているハラキリの短刀……ではなく、以前買ってから取り出し忘れていたカバンの中の木工用ナイフ。ちょうど前に使ってたヤツから変えようと思ってたのよね。荷物入れっぱなしなんて、光ったらお茶目さんっ!


 カバンの中に刃物が入っている経緯はどうでもいいとして、この刃物を使って狂人を演出すれば、関わったらやべーやつだと思われて逃げてくれるだろう。ヤカラたちじゃなくて自分に向けて、“寄らば刺す。深々と刺す。ただの自傷じゃないぞ、あれだけ目撃者がいる中で連れ去って、連れていかれた少女が血まみれになって見つかったら、誰の犯行と思われるか自分たちの素行と照らし合わせてよく考えるんだ”とでも言えば、まず間違いなくこのまま乱暴されることはない。舐められたと感じて殴られれば話は別だけどね。これのいい所は防犯ブザーよりも確実にビビらせることができることで、悪いところは失敗した時のリスクが大きすぎること、成功しても周囲に見られる可能性があること、最悪の場合私のかわいさを著しく損なうこと。


 安全性を取れば確実性が失われ、確実性を取れば安全を保証できない。こういう関係をトレードオフと言います。よく使うから覚えておこうね。まったく、どこかに安全且つ確実な方法はないものか。……最初に智洋くんに気付かせて逃げるのがそれだったね。光ったらうっかりさん。


 まあ、もうすぎたことをどうこう言っても仕方がないので、頭を切りかえてどちらを選ぶか決める。一つ目と二つ目、どちらがいいかについては、わざわざ頭を悩ませるまでもなく一つ目だね。これで持っている刃物が木工用ナイフではなく、このヤカラたちが持っていそうなものだったらもう少し考慮もしたのだが、木工用じゃだめだ。こんな特殊な刃物じゃ、刺されたー!と主張するのも無理があるし、そのことはヤカラたちにだって理解できるだろう。なぜもっとヤカラが好みそうな刃物を忍ばせていなかったと、私は過去の自分を恨んだ。……うそうそっ!ちょっとしか恨んでないから泣かないでっ!


 突然泣き出したことで、“さっきまであんなに気丈だったのに、やっぱり怖くなっちゃったんでちゅかー?”とヤカラに煽られる。うるさいな、私は傷ついて泣いただけであり、お前たちのことが怖かったわけじゃないんだ。ただまあ勘違いしたいのであれば好きにするといい。こんなヤツらに勘違いされたところで悔しくもないからね。


 むしろ油断されたからラッキーと考えて、ママ様から持たされている防犯ブザーを鳴らす。小学生がつけている、間違えて鳴らしてもすぐに止められるやつじゃなくて、一回鳴らしたらしばらくけたたましくなり続け止めるのが大変なタイプのやつ。先程まで素直にドナドナされていた私の行いに、ヤカラたちもびっくりだ。あーあ、一歩引いちゃったよ。ヤカラならブザー取り上げてぶっ壊すくらいの気概を見せろ!そのやばそうな見た目は飾りかっ!


 私がヤカラたちのことを腑抜けと評価したところで、音を聞き付けたのかいくつかの足音が近寄ってきた。そちらを見れば、なんだか見覚えのあるジャージ姿の屈強な男たちが。先頭にいるの、将太くんだね。やっほー、元気?後ろの皆さんはお友達かな?


 明らかに武術の心得がありそうな集団の登場と、私が鳴らしたブザーのおかげか、ヤカラたちは走って逃げていった。引き際をわきまえているんだね。それにしても人がこんなに来るなら、二つ目の策にしなくて本当に良かった。私にはやはり先見の明があるのではなかろうか。……先見の明があるやつはそもそも連れていかれない?やめてよね、正論で刺してくるの。傷付くだろ。


 さて、ヤカラたちが逃げたところで、残されたのは屈強なジャージたちと、かわいい格好に防犯ブザーを鳴らしている私だけ。珍妙な絵面ではあるが、助かったと考えていいだろう。とりあえずブザー止めるね。知らなかったら手間取るだろうが、私は少しばかり手先の器用さに自信があるのだ。これを止めるくらい朝飯前さ。


 止んだブザーにほっと安心したような表情のジャージたちに、助けに来てくれたのかな?ありがとうとお礼を言う。かわいさアピールかつお礼を込めたにっこりスマイルで一人一人に目を合わせれば、気恥ずかしそうに目をそらされた。これがニコポか。なるほど悪くないな。


「みんなで寄り道してたら、竹俣から頼まれたんだ。真白がヤバそうなやつらに連れてから助けて欲しいって。そしたらこっちから大きな音がしたからな」


 助かったけどどうしたこんなところに?と聞くと、お友達ということで一番仲良しな将太くんが代表して、事情を教えてくれる。ちなみに竹俣ってのは智洋くんの名字だね。しかしそうか、智洋くんは自分では助けられないことを理解して、助けられそうな人に助けを求めたのか。自分の身の程をわきまえててえらいね。


 ほとんど何もせずに終わったとは言え、このジャージの彼らが私を助けるために勇気を出してくれたのは間違いないので、今度何かの形でお礼しないとなと考えつつ、もう一度心配かけてごめんねとありがとうを伝えて、智洋くんの元に戻ろうとすると、真剣な顔で私を見つめる将太くんに気が付く。


「……真白、あんまり無理するな」


 安心でもさせようとしているのか、優しい声でそんなことを言う将太くん。一体彼は何を言っているのだろう。いつ私が無理をしたのだろうか。……智洋くんを逃がして自分だけヤカラに捕まったこと?まぁ無茶と言えば無茶かもしれないが、そのことについてではなさそうなのだ。


 無理なんてしていないよと伝えると、無理していないやつが泣くかよと言われる。そういえば私、さっき情緒不安定になって泣いたばかりだったね。ヤカラに絡まれた少女+防犯ブザー+涙の跡、うん、どこからどう見ても気丈に振る舞っていたのに我慢できず泣いてしまった女の子だ。


「何かあっても、俺が守るから。俺の前では強がらなくても大丈夫だから」


 ……勘違いしても仕方がない状況ではあるが、しかしこんなにも恥ずかしげもなく歯の浮くようなセリフを吐かれると背中がムズムズするな。私に負けたくせにどんな顔でこんなこと言っているんだろう?……くっそ真面目な顔だった。共感性羞恥で赤くなっちゃう。


 けれど、実態は共感性羞恥だったとしても、客観的に見たら暴漢から助けられた少女が、助けてくれた男の子に赤くなっているのである。うんうん、そういうことに見えるよね。納得はできるけど囃し立てるなジャージ共。お礼のランク一つ下げるぞ。


 私が何も言えなくなっているのをいいことに、勝手に解釈している翔太くんと、その部活仲間のジャージたち。そしてそんなところにのこのこやってきた智洋くん。さてここで問題です。暴漢から助けられたかわいい幼なじみが、自分とは違ってパワーのある男に助けられました。彼女の目には泣いた跡があり、助けてくれた男に対して赤くなっています。この状況を見た時、智洋くんの頭をよぎった感情を答えよ。ただし、ちっぽけな雄としてのプライドは完全に踏みにじられた直後とする。

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