甘さと優しさは必ずしも一緒とは限らないよね。私?私はただ甘いだけだよ

 私がふにゃあと生を受けてから、だいたい8年くらいがすぎた。正確には7年と少しくらいなのだが、そんなに細かくカウントする必要も無いだろう。どうせ、誕生日とその日の日付で計算できるものなのだから、体内時計を完璧に整えておく必要などどこにもないのだ。そんなことをしてもできるようになることなんて、せいぜいが“お久しぶりですね。〇年と、〇〇日、〇時間ぶりの再会です”とメガネをくいっとしながら言うことくらいだ。……なにそれめちゃくちゃやりたい。


 ガリ勉メガネなクラスメイトの聡くんと話す時にやってみようと決めて、頭の中で軽く計算をしておく。前回会ったのが16時30分くらいだから、次会う時にはその時の時間+7.5時間すればいいわけだ。大丈夫。これくらいの計算であれば転生者脳である私のツルツルブレインでもできる。またシワがひとつ刻まれちゃったね。目標は頭の中を見られた時に、“こんな美少女の頭にこんなグロいものが入ってるなんて……”と興奮されるようなシワッシワのドスケベピンク脳みそだ。私は何を言っているんだ?


 おかしな思考を振り払うために頭をブンブンして、頭の中のプリンを揺らす。ちょっと振りすぎて気持ち悪くなってしまったが、まあそれくらいはどうでもいいだろう。


 そんなことよりも大切なトピックスは、私にかわいい妹がおぎゃあしたことだ。4つ年下の、かわいいかわいい妹。ちっちゃくて、柔らかくて、にぱっと笑うのがかわいい私の天使。溶かしちゃいたいくらいかわいい、我が愛し子だ。ママ様は天使が二人!と喜んでいる。かわいいね。


 そう、余談だが、私も問題なく天使として育っているのである。 赤ちゃんの頃の確信は間違っていなかったわけだな。ママ様譲りの整った顔に、ママ様譲りのカラーリング。妹も同じだから、将来は美人姉妹になること間違いなしだろう。数年経っても変わった様子がないママ様の容姿のこともあるし、将来は安泰だな。パパ上の要素?無いよ。きっと劣性遺伝なんだ。托卵し放題だね。


 むしろ私たちはママ様のクローンなのかもしれない、なんてことまで考えつつ、元気よく教室に入る。脳みその詰まっている私には少し抵抗がある振る舞いだが、周囲の子どもたちと同レベルに振舞っていないと、大人から不審な目で見られるからね。


 周りに馴染むためにかわいくか弱い幼女の皮をかぶりつつ、おはよー!と挨拶をすれば帰ってくるたくさんの挨拶。うんうん、こんなかわいい幼女が、人懐っこそうににこにこしているんだから、そりゃあ周りだって好意的に捉えるよね。もう少し成長して嫉妬を知り始めたら、また少しは変わってくるかもしれないけれど、今の時点ではこんなものさ。


 ママ様譲りの天使スマイルのうちにドブ臭い転生者の本性を隠しながら、近くに群がってきた有象無象の目を見てニコッとしてあげると、幼気な児童たちはイチコロだ。こいつらいつも死んでるな。修練不足よ。


「……ふんっ、何がみんなおはよー!だ。ばっかみてえ」


 さてさて、そんなふうにクラスのアイドル、あるいはマスコットとしての地位を確立している私だが、もちろんそれに対して好意的ではないものも存在する。そう、クラスで二番目にお勉強ができる、聡くんだ。まだ小学校低学年の身でありながら、1人だけ中学校のお勉強ができるませボーイである。賢しげに振舞って、いつもシニカルな調子なのがとってもチャーミングだね。


 朝起きて早々私に対して絡んできた彼は、とてもお勉強ができるから、基本的に周囲のことを自分に劣る猿共の集まりだと考えている節がある。情緒の発達が早いのだろうね。そんな聡くんは、ほかの子と話す時はもっと、大人な態度を取るのだが、何故か私に対しては突っかかってくる。一体何故だろう、不思議だね。


 十中八九、転生者パワーで彼よりも知識の多い私に対して対抗心を抱いていて、それと同時に私の事だけは認めているとかそんなものだろう。ついでに、そんなみんなとは違うはずの私が、普段はみんなのレベルに合わせているのが気に食わない、と言ったところかな。


 あんな奴らじゃなくて自分と話した方が有意義なのに、なんてことを考えながら、けれども直接それを言う勇気もなくて、まだ未成熟な少年心が歪んで強く当たってしまう。そんな、将来黒歴史になりそうな傲慢な思考回路で私に嫌味を言っているのだろう。かわいいね。


「聡くん、おはよう!15時間と2分ぶりだねっ!」


 挨拶はみんなが幸せになれる魔法なんだよっ!と、プリティできゅあきゅあな少女たちがいいそうなことを笑顔で言ってやると、聡くんはぷいっと顔を逸らしてしまった。私の勝ちである。ガキが、大人を舐めるからそんなことになるんだ。まあ、私はまだ幼女なのだが。跪いて足をお嘗め。


 そんなふうに一通りの挨拶を済ませて、一緒に登校してきた智洋くんの隣に戻る。この少年はどんな幸運か、私というスーパー美少女幼なじみの隣の席まで引き当てたのだ。家だけなら偶然で済むけど、こんなことになったら運命を感じちゃうね。私のかわいいオヤツくん。


 いつでも食べれるようにおやつを育成しつつ、適宜私に依存するように仕向ける。何かあった時に、自分の意思で弾除けになってくれる存在は一人や二人くらいいる方が便利だからね。今のところ、私に何かあった時に身を呈して守ってくれそうなのは、あなたのためなら命も惜しくないと言って愛してくれる両親と、目の前の智洋くんくらいだ。ほかはまだまだ、困っている時は助けてくれるくらいだな。日常生活ならこれで十分である。


 適当に真面目そうな顔をしながら授業を受けて、休み時間はみんなに合わせて遊ぶ。まだ男女の垣根がない年頃だから、遊ぶ時はみんな一緒だ。男女間の友情、麗しいね。もう数年もすれば跡形もなく消えてしまうというのに。



 諸行無常を感じているうちに、学校は終わる。学校が終われば、始まるのは楽しい放課後だ。元気な小学生はみんな元気にお家へ帰り、どこかで集まって遊ぶ時間である。


「それじゃあひろちゃん、私たちも帰ろっか」


 そして、それは中身が転生者であっても変わらない。むしろ、中身が中身であるからこそ、この素晴らしい時間の儚さを知っているのだ。やらないといけないことがこんな早い時間で終わるなんて、小学生のこの時期以降なくなってしまうからね。まあ、私はまともに働いたことなどないのそんなことはなかったのだが。


 子犬みたいに着いてくる智洋くんを連れて、おうちに帰り、家まで連行して妹ちゃんの相手をさせる。もちろん私も一緒だ。美少女と美幼女に挟まれて幸せハピネス!だねっ。まあこの幸福がわかるのはもう少し大きくなってからだろう。うにゃー!とじゃれついてくる妹ちゃんの下顎をこちょこちょして遊びながら智洋くんの宿題の面倒を見てやる。ところで顎ではなく下顎と強調すると、まるで上顎をこちょこちょする機会があるみたいに聞こえるね。口の中に指を突っ込んでそっと撫でるのかな?えっちだ。


 妹ちゃんの相手をしつつ、宿題をこなしつつ、二人から目を離さない範囲で家事を進める。ママ様は妹ちゃんの相手で疲れてしまっているからね。こういうところで出来る子アピールをしておけば、ママ様からの感謝もゲットだ。妹とお隣の子と家事の面倒を同時にする小学生(低学年)。やだー、こう言うと働きすぎみたいじゃない!狙ってやっているんですけどね。


 みんなから感謝されつつ、ママ様やお隣ママからは多少の罪悪感も持たれている。辛くない?とか、大変じゃない?とか定期的に聞かれるが、むしろそう気にしてもらうことまで含めて私の狙いだからね。にっこり笑顔で大丈夫!好きでやっていることだから!って言えば、二人は少し悲しそうな顔をするのだ。愛おしいね。


「おねーちゃん!ひろちゃんだけじゃなくてあかりともあそんで!」


「ごめんねー。あかりは何やりたい?」


 私が智洋くんの勉強を見ながらにこにこしていると、大好きなお姉ちゃんを取られたと思ったのか、智洋くんに対して対抗心を燃やしているのか、やってきた妹ちゃんが、あかりもおべんきょうする!と言い出したので、絵本を読んでやる。文字を読む練習は国語のお勉強だからね。頑張れてえらいね。


 宿題をする智洋くんと、絵本を読まれる妹ちゃん。二人のことをたくさん褒めて、成功体験を植え付ける。頑張ったら、いいことをしたら“私”に褒められるのだと、しっかり教え込む。甘く幸せな肯定を、溺れるほど注ぎ込んでやる。どんな人間に育つのか、楽しみだね。

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