しばらくぶりのおやつは格別である。これだからつまみ食いはやめられな……お腹すいた……。
「ヒカリ!お昼ご飯食べよっ!」
美保さんの中身が判明して、ついでに晩御飯まで食べた日からしばらく。私は人との距離感というものに悩んでいた。……ご飯を食べたあと?パパ上が帰ってきたのにお前の席ねーからされておあずけくらったことと、ずっとつけていたせいで馴染んでしまった猫さんセットをつけたまま帰って行ったことを除けば何もなかったよ。ちなみに猫さんセットは翌日学校で、顔を真っ赤にしながら返してくれた。聞けば家族に随分からかわれたのだとか。今世でも家族仲が良好なようで何よりだね。我が家の家族仲ほどじゃないだろうけど!
「ヒカリ!一緒に帰ろ!」
そんな過ぎ去った過去のことはともかくとして、問題は今だ。より正確には、あれ以降色んなところでスキンシップが過剰になり、且つ距離を詰めてくるようになった美保さんだ。それの何が問題なのかと言うと……
「……ヒカリ、今日、家に泊まってかない?一緒にお風呂入ろ?」
このような言動を所構わず見境なしにとる、とても面倒くさい子になってしまったのだ。距離感を知れ。いや、元々の行動を考えれば知っているな。考えろ。……考えた上でこうしている?こうすれば
私だって別に、美保さんと一緒に過ごすことは嫌ではない。嫌では無いのだけれど、こんなにもこう、ここまですればあたしの思いも伝わるでしょ!?みたいな自棄になったような押し付けがましい重さは好みじゃないのだ。同じ重いのでも、もっとこう、必死に押さえ込もうと我慢しているのにこぼれてしまうような重さなら歓迎である。
あと、私の好みとは別の問題として、私に
というわけで、美保さんにちょめっ!と注意をして、あんまりしつこいようなら嫌いになるよ!と伝えると、嫌いになろうとして嫌えるならもう嫌いになってるでしょと論破された。悔しい。悔しかったので、毎週定期的に二人の時間を確保することで手を打った。不肖真白光、生まれ変わって初めての敗北である。もうなにかに勝つ度に、敗北を知りたい……と調子に乗ることは出来ないわけだ。人生のささやかな喜びを奪われたことで私は泣いた。
えーんと言いながら涙をポロポロ流して心配させ、そのまま放置して帰る。今日は久しぶりに智洋くんとおうちに帰れる。やったー!美保さんに付きまとわれている間も一緒に帰ろうとすれば一緒に帰れたのだが、私の智洋くんはとってもシャイだからね。私以外がいるとなかなか喋ってくれなくなるのだ。そんなところもかわいいね。
というわけで二人で帰ろう!とにっこりしながら誘って、これまで通りに了承を得る。あたしと帰るのを断ってそんな男と……?と、美保さんは脳みその軋みをこらえるような表情になっていたが、しばらく邪魔してくれた罰にはちょうどいいだろう。たっぷり、ゆっくり、ネッチョリ見せつけて、君の愛した人はもう他の男のメスになっているんだとアピールする。実際問題、前世の伴侶と今世の幼なじみって、どちらの方が思い入れがあるものなのだろうね?私としては甲乙つけがたい。ずっと一緒に過ごしてきた元伴侶と、ずっと一緒に育ててきた幼なじみ。二つ兼ねていれば迷わずに済んだかもしれないが、多分智洋くんに転生者疑惑があれば私は何かしらの対処をしていただろうし、無駄な仮定だね。
「真白さん、美保さんと随分仲良くなったんだね。他にあんなふうに呼ぶ人いないのに、当たり前みたいに許してるんだもん」
久しぶりのふたりの下校道、やっぱり智洋くんとしては、一緒に帰れなかった原因である美保さんのことが気になるようで、結構ストレートに聞いてきた。まあ、迂遠に聞いたところで誤魔化すか、その意味がなくなるくらいストレートに返すかのどちらかだからね。私は自分の頭と同じくらい単調な話し方をされるのが好きだ。
「名字でも名前でも、どっちでも名前みたいに聞こえるからね。それに真白って響きがかわいくて私も好きだし、それを話してからみんなそう呼ぶようになったからね」
外部生たちも、内部生のみんながそう呼んでいることと、その話が回っていることのおかげで自然と真白さんが定着する。たまに真白ちゃんとか、光ちゃんと呼ばれることもあるね。まあ、私としては別にましろんと呼ばれようがピカリンと呼ばれようが構わないのだけど。
そう話すと、ピカリン……?と宇宙猫になった智洋くん。なお、普段は私のことを真白さんと呼ぶこの子だが、私の家族といる時は昔同様光ちゃんと呼んでいる。まあ、同じ顔が三人いて、みんな真白さんだからね。そうなるのも自然な話だ。……いいじゃんピカリン、かわいいじゃんピカリン。ピカピカぴかりんじゃんけんポン♪しようよ。
「……それじゃあ、僕があだ名をつけても嫌がらないの?ほかの人たちとは違う呼び方してもいい?」
突然そんなことを言い出す智洋くん。ふむふむ、これは光ちゃん分析によるとあれだね。ずっと一緒で、誰よりも近くにいると根っこのところで思っていた幼なじみがしばらく構ってくれなかったから、何か一つでもほかの人たちとは違う特別なものが欲しくなってしまったのだろう。普段は“僕みたいなやつが真白さんのそばにいるなんて……”と卑屈になりがちな智洋くんが、そんなふうに思ってくれるのは嬉しいな。ただまぁ、しっかり許可を取ってから呼び方を変えようとするのは、やはりコミュ障だからなのだろうね。コミュ力が高い人なら先に呼び方を変えて、嫌がられたら元に戻すだろう。偏見だが。まあ、私はそんなコミュ障なところも智洋くんの可愛いところだと思うが。
「……ほかの人たちと違うのは、呼び方だけでいいの?」
一度足を止めて、くるりと智洋くんに振り向く。頭一つ半くらい低い視点からじっと見上げて、いたずらっぽく笑う。練習通りかわいく笑えているだろうか。普段しないタイプの笑い方だから、鏡とカメラを使ってたくさん練習したんだよね。
予想していなかっただろう返しに、智洋くんが詰まる。詰まったのは脳の血管じゃなくて言葉ね。言葉に詰まって、何も言えないままの智洋くんに、なーんてねといつも通りの笑顔を向ければ、安心したように胸をなで下ろした。うんうん、いまのって、まるで呼び方だけじゃなくて関係も“特別”にしたいって言っているように聞こえるもんね。智洋くんとの関係性を進めないためにめちゃくちゃ予防線を張っていた私の言動として、これまでと齟齬がある。そりゃあ智洋くんだってすぐに返事出来ないだろう。
さて、ひとまず智洋くんが今晩、“やっぱり真白さんは僕と両想いなんじゃないか……”と布団の中で頭をぐるぐるさせる仕込みは十分として、この後の動きは二パターン。その仕込みをもっと丁寧にすることと、いつも通り脳破壊させること。どちらを選ぶべきか、悩みどころだね。初恋をさらに拗らせるのは今後のためにやらなければならないことだし、私は空腹状態だから小腹を満たすためにつまみ食いもしたい。
……0.3秒の思考の結果、導き出された結論はとってもわかりやすく単純なもの。飢えに負けた理性が、まともに動くはずなどないのだ。つまり私が智洋くんを食べて、智洋くんが私に食べられる。これまで何度も繰り返してきた光景だね。仕方がないじゃない、お腹すいたんだもの。
というわけで、智洋くんの脳を破壊するための手札を確認。最近あまり関われていなかったから、ろくな手札がないね。しかし手札を理由に諦めてはカードゲーマーの名折れ。ひとまず会話を続けることで山札からいいのを引けるのを待ち、戦略を練る。唸れピンクの脳細胞。
「それじゃ、いつまでも止まってないで早く帰ろ?昨日お母さんと焼いたクッキーがいい感じだったから食べてほしいな」
そして、きゅぴーん!と脳に電流が走り、自然な流れで智洋くんの手を握る。先程まで何も思いつかなかったとは思えない自然な流れ、我ながら惚れ惚れしちゃうね。戸惑うままの智洋くんと手を繋いで、一緒に歩く。これだけならただのデレのように見えるよね。つまみ食いじゃない方に走ったと思われる行動だろう。
でも、智洋くんは深く考えてしまうタイプである。私か普段しないことをしたら、それがなぜなのかを考えずにはいられないタイプだ。となれば自然と、当たり前のように手を繋いだ理由を考えてくれるわけで、その理由として思い浮かぶのは美保さん。
そう、ずっと一緒にいた、付かず離れずの幼なじみが、新しくできた友達にあっさり染められてしまうのだ。おしとやかで清楚だった子が、ベタベタ触ってくるような子に変えられてしまった。その事実はきっと智洋くんの性癖を破壊してあまりある威力を秘めているだろう。
「……ひろちゃん?おーい、ひろちゃーん?」
そう思ったのだが、私の予想に反して、智洋くんの複雑な表情を楽しむことは出来なかった。むしろ固まってしまって、複雑どころか一切の表情を楽しめなかった。
なぜか。なぜ性癖を破壊するための行動で、智洋くんは固まってしまったのか。3秒かけてゆっくり考える。普通なら短いシンキングタイムも、この素晴らしいハイスペボディなら十分な時間だ。……うん、しばらく光ちゃん成分が足りていなかったところに、急に大量の光ちゃん成分を摂取したことでショック症状を起こしているようだ。簡単に言うと、性癖が破壊されるより先に幸福で精神が破壊された。好きな子とお外で不意打ち気味に手を繋ぐのは、智洋くんには早すぎたのだ。不肖真白光、悲しい計算違いである。最近上手くいかないことばかりだな。
仕方なく放心状態の智洋くんを連れて、おうちに帰り、お隣ママに引き渡す。ちょっと、お宅のお子さん壊れちゃったんだけど、もしかして不良品押付けた?早く返金交換してよ!……こうして、私はまた智洋くんを食べ逃した。
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作者の好きなプリキュアはキュアピースです(╹◡╹)
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