脳みそピンク系TS転生者vs真っ当な感性(天然)

「……今更だけど、あの脅し方はどうかと思う」


 下敷きにした私の胸の中で泣くだけ泣いて、泣き止んでも離さずに、床が痛いから上に乗るのやめてとお願いしたら、それならベッド行くぞと男らしいお誘いをかましてくれた美保さんが、まるでお気に入りの抱き枕でも抱きしめるみたいに私をホールドしながら言ったのがそんな言葉。うん、確かに脅しかたはよろしくなかったかもしれないが、それより今の状態の方がよろしくないと思う。普通の同性のお友達の距離感じゃないでしょ。……中身は異性で結婚済み?ならしかたがない。とでも言うと思ったか。今は紛うことなき同性で、ついでに今日初めて親に紹介したお友達である。距離感を考えろ、距離感を。


「そうかな?だって転生者なんて、可愛い顔してどんな恐ろしいことを考えているかわからないんだよ。私みたいに恨まれて仕方がない人間ならなおのこと、一番最初に格付けを済ませるべきでしょ?」


 優しく頭を撫でつつ背中をとんとんして、ねんねんころりさせながらそう説明すると、あたしみたいなまともな転生者だっているのに……と文句を言われたので、無言で返す。まともな子は前世のパートナーを探すためにストーカーじみたことはしないんだよ。


「あんた、会う人会う人にそんなことしてるの?それとも機会がある人みんなにしてるの?」


 疑わしげに、しかしリラックスしきった様子で聞かれたので、転生しているかをしっかり確かめたのは家族くらいだと伝える。パパ上とママ様は転生直後の私を見て違和感を持たなかったようだからセーフだ。


「それじゃあ、灯ちゃんは?あの子はそうはいかないんじゃない?」


 妹ちゃんはまだ赤ちゃんの頃に、お前転生者だろ、殺してやる!殺してやるー!って発狂しながら包丁突き付けてもニコニコキャッキャしてたから大丈夫。もし転生者なら怯えを見せるはずだし、それがなかったということはあの子はシロだ。


「……血の繋がった家族でしょ?怖がったら本当に刺すつもりだったの?」


「血の繋がりより心の繋がりだよ。……さすがに刺したりはしないけど、中身がどんなバケモノか分からないから、濡れタオルを口元に置くくらいはしたかもね。当時はまだ、やったとしてもギリギリ故意だとは思われないくらいの年だったし」


 あたし、あんたの妹じゃなくて良かった……と、私の体に回された腕が少し緩む。私としても同感だ。知らないうちに大切な人を手にかけていたなんて、そんな悲劇を笑えるのは物語だからである。


 お互い無事でよかったねとにっこり微笑みながら、するりと拘束を抜ける。嫌か嫌じゃないかで言えば、間違いなく嫌ではないのだが、ずっと続けているのはそれはそれで問題だ。私の方だって、いつ何を我慢できなくなるかわかったものではないのだから。


 そしてついでに、そろそろこの部屋には野生の妹ちゃんがやってくるはずなのである。受験の大切な時期に、家族が百合なんじゃないかと心配事を増やすのはやめておきたい。叶うことなら健やかに成長して、優しい子に育ってほしいからね。今のところは順調だな。


「お姉ちゃん!美保さん来てるって本当!?」


 私が抜け出した理由について問いただされ、本当にそんなことがわかるのかと怪しまれていたタイミングで、ちょうどよく部屋に入ってきたのは妹ちゃん。ちゃんと手を洗ってきなさいと言ってお部屋の外に戻せば、私に注がれるのは尊敬と恐怖が混ざったような視線。


「……なんでそんなに精度よくわかるのよ。偶然?それともこっそり連絡とってた?」


 連絡手段なんてものがあるのなら、こうして二人でいる時間だけでも入ってこないように言い聞かせる、と伝えれば、美保さんの表情は照れくさそうなものになった。私が言うのもなんだけど、この子だいぶちょろいな。以前まではもう少しクールな感じだったのだが、会うことのなかった空白の15年のせいで甘えた欲求が限界突破しているのだろうか。かわいくてとてもいいね。


 そうしているうちに文字通りの方のお手洗いを済ませてきた妹ちゃんが戻ってきて、私の前に置いてあったお饅頭をさらう。オソラヲトンデルミタイ!……ワァー!イタイッ!とアフレコをつけてなんとも言えない表情にさせれば、私の分がこれ以上減ることはない。お饅頭がそんなに大切か。大人気ない。


 お姉ちゃんたち何してたの?と興味津々な様子で聞いてくる妹ちゃんに対して、お姉ちゃんたちは元々夫婦だったから、久しぶりの再会を祝してベッドでイチャイチャしてたんだよ!なんていうわけにもいかないので、私の作った作品の話をしていたのだと嘘をつく。美保さんの口からも同様の説明が出て、光ちゃんの作る作品はとってもすごいのよとフォローが入れば、事実がどうであれ表面的には本当っぽい。


 お姉ちゃんの作るものがスゴイのはわかるけど何がどう凄いのかわかんない!と言う妹ちゃんに、ダメ押しとばかりに美保さんが説明すれば、どこからみても熱心な芸術ファンだね。芸術そっちのけでイチャイチャ殺伐会話をしていたようには見えない。……さてはそうなることを見越して芸術に詳しくなったのか?もちろんそんなわけはなく、ただ芸術家であった私を支えるため、理解するために蓄えた知識である。そのおかげで学術的な観点では私よりも彼女の方がよっぽど詳しいんだよね。ネットオークションの出品だけ見て、過去と今の私をリンクさせたあたり、その審美眼は本物である。男を見る目はなかったみたいだけどね。


 あんなろくでなしに捕まってかわいそう……と同情して、ろくでなしだなんて自分に酷いことを言われて悲しくなるかと思いきやそんなことはなかった。普段ならしくしく泣き出してしまう暴言なのに、私には自分の感情がわからない。


 私の作品って、そんな分類なんだ……○○派の系譜で、‪✕‬‪✕‬思想を表現してるの?知らなかったッ!と驚きつつ説明にふむふむと納得する。美保さん、とっても詳しいんだね。でも作者の人そこまで考えてないと思う。


 美保さんを見る妹ちゃんの視線がなんかすごい人を見るものに変わったところで、扉の向こうからママ様の声がする。そろそろお夕飯の用意をするけど、美保さんも一緒にいかが?とのお誘い。うちは京都人じゃないから、遠回しな帰れ宣告ではなく言葉通りの意味だね。ついでに、積極的に言いに来るということは食べていってほしいと見た。


 食べていくと言え。ママ様はそれをお望みだ。そうアイコンタクトで美保さんに伝えれば、ツーカーで通じて晩御飯が賑やかになるのが決まった。お隣さん以外と一緒に晩御飯なんて、光始めてっ!緊張しちゃうなぁ。


 そうしてママ様がご飯の準備をしているあいだ、妹ちゃんにお勉強を教えながら待つ。……ママ様にだけ働かせて自分たちは遊んでるなんていいご身分だな?私が家事をしようとするともっと遊びなさいって悲しい顔されるんだよ。それに、お友達が来ているのにほっとくわけにもいかないだろう。


 学校帰りにそのまま来たおかげで、教科書などがある美保さんの宿題を確認しつつ、いつものスタイルで妹ちゃんの勉強をサポートする。予習復習をしっかりするタイプの美保さんにはあまり必要のないことだったかもしれないが、案外予習の方で止まるところが多かったので役には立てただろう。しっかり勉強していると、転生者に対しても勉学でマウント取れるんだね。ちなみに教えられている美保さんは、妹ちゃんへのサポートにドン引きしていた。曰く、いくら姉妹でもそこまで完璧に把握しているのは異常だしちょっと気持ち悪いと。もちろん妹ちゃんの手前直接そんな言い方はしなかったが、言わんとすることはそういうことだね。


 中等部の受験勉強ならちょっとは役に立てるかも、なんて言っていた美保さんに格の違いを見せつけつつ、妹ちゃんからの尊敬を回収する。……さっき美保さんが妹ちゃんから敬意を向けられていたのが羨ましかったとか、妹ちゃんが取られちゃうような気がして嫌だったとか、そういうものじゃない。違う、違うからそんな目で私を見るなっ!


 いいじゃないか、大切な家族の思考回路を把握しても。それができる体なんだから。ストーカーみたいって言うけど、生まれ変わっても探し当てた君ほどじゃないよと伝えれば、美保さんは何も言えなくなったように黙り込んだ。このレスバは私の勝ちだな。つよつよ過ぎて辛い。


 ただ一人相撲しているだけで、相手はレスバしてるつもりなんてないと思うよ。そんな何気ない自分の正論に殴られて、つよつよな私は思わず泣いてしまった。突然どうしたのと心配してくれる美保さんと、よくある事だから気にしないでと説明する妹ちゃん。さすが11年も私と暮らしているだけあって、お姉ちゃんの情緒不安定ぶりには慣れっこである。……前世でもっと一緒にいたはずの美保さん?あのさぁ、前世でまで精神不安定だったわけないじゃん。私の精神がおかしくなったのは転生してからだよ。


 そんなふうにして心配をかけながら、呼びに来たママ様について行ってご飯を食べる。美保さんは私の隣……は灯ちゃんが座っちゃったからママ様の隣ね。普段パパ上が座っている位置である。パパ上の席ねーからっ!


 始まった楽しいお夕飯の献立は、ご飯とお味噌汁、いくつかのおかずとミミガー。うちにある豚さんの耳ってこれのことか。てっきり、ママ様がプレイのために豚さんセットを持っているのかと思った。うぅ、光、穢れちゃった……豚さん扱いされてるママ様を想像して興奮しちゃった……。考えてみたら転生者な私に純粋な時なんてなかったな。ついでに、ママ様が付けなくても私が豚さんセットをつければ事実上ママ様が着けたようなものだ。見た目一緒だからね。これからはママ様に着せたい格好を自分でするとしよう。なるほどこれがコスプレを始める気持ちか。夢が膨らむ。


「あ(の、お醤油取ってもらってもいい?)……うん」


 えへへ、としていたら、美保さんがこちらを見ながらなにか言おうとしていたので、言い始めるより先に言葉を推測して、はい、お醤油でいいんだよね?と渡す。ちゃんと当たっていたようで、ありがとうと感謝された。これがあうんと言うやつだね。

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