真面目な話をする時はそれにふさわしい状態でしましょう。とりあえずその耳としっぽ外そうか。

「……忘れたの?」


 私の問いかけに対して、まず最初に帰ってきたのはその一言。忘れたことが許されないような、よっぽどなにか酷いことをしたのかな。そうだとすれば実に申し訳ない限りで、ならばなおのこと私を恨んでいない理由がわからなくなる。


 きれいさっぱりおぼえてないよ!なにか大切なことを忘れたことだけは覚えているよ!と伝えると、先程まで比較的穏やかな表情だった美保さんの顔が、かつて私が信仰を捧げようとしたのを殴って止めた時の元幼なじみ様と同じものになった。つまり、今にも殴りかかってきそうな般若の表情である。ごめんね、でも本当に何も覚えていないんだよ。今の私はとっても美少女だから、殴るなら目立たないところにして欲しい。顔はやめて。


 ピシッと正座をしながらそう命乞い、お顔乞いをすると、長い、とても長い溜息の後に般若は何とか収まってくれた。私に平穏が訪れた。


「……そんなに謝らなくても顔は殴らないわよ。男だったら拳の原型が無くなるまで殴ってたから、お母さん譲りのかわいいお顔に感謝しなさい。それにしてもあんなことをしといて忘れたなんて、信じらんない」


 私の平穏は消えた。短く、儚い平穏であった。ところで、儚いの由来って破瓜ないからきているんだ。初めてを迎えることなく死んでしまう……ではなく、原義の方の十六歳の女性の方。十六歳に、大人になることもできずに死んでしまいそうな少女のことを儚いと呼ぶことから来ているんだよ。そして私は15歳、なんと儚い命だったろう。


 そんな嘘の由来を考えて現実逃避し、いつまでも現実から逃げる訳にもいかないので向き合う。ママ様への感謝については、常日頃からしているから特に問題ないだろう。というか、拳の原型が無くなる頃には私の顔はミンチだ。生まれ変わってよかった。美少女でよかった。


「あんたが何をやったのかは……あたしの口からは言いたくないわ。自分で死ぬ気で思い出しなさい。……でも、また会えて本当に良かった。ずっと、ずっと探していたの」


 いるかもわからない人間をずっと探していたなんて、きっとひどく暇だったのだろう。ついでによりによって探すのが私のようなろくでなしだなんて、この子は一体前世でどんな罪を犯したのか。……私のことを一時期養ってくれていたな。こうなるのも納得の罪だ。


「私が言うのもなんだけど、もっとほかにやることがあったんじゃない?スポーツとか、勉強とか、資格とか」


「前回の人生と同じである程度満足しているし、わざわざ頑張らなくても二回目なら余裕だもの。何が悲しくてわざわざ張り切って目立たなきゃいけないのよ」


 帰ってきた発言で、私の心は抉られた。どうせ私はかさ増しした学力で子供を蹴散らしてる大人気ない転生者ですよ。えーん、と泣いてみせると、美保さんは驚いたようにしながら頭を撫でて慰めてくれた。えへへ、おててが優しくてうれしい。


 わふわふ、クゥーンと鳴いて見せると、あんたそれ恥ずかしくないの?とちょっと引いたような声を出された。やだね、恥ずかしいか恥ずかしくないかで言えば恥ずかしいに決まっているじゃないか。でも私は今美少女で、美少女には周囲にかわいいを撒き散らす義務があるのだ。そして今ここには、わんちゃんセットをつけた美少女がいる。となればやることなんてひとつだろうに。……うん、昔の私を知っている人から冷たい目で見られつつ犬っころ扱いされるの、ちょっと癖になりそう。


 新しくよろしくない扉を開く前に、おてての誘惑を振り切って人間に戻る。やはり美少女は犬よりも人間の方がいい。犬のままでは人間の食べ物が食べられないからね。


 こほんと咳払いをして先程までの痴態を流しつつ、ママ様が持ってきてくれたお饅頭を食べる。オイシイヨーとか、アマアマダヨーとこちらを誘うお饅頭は、私の口の中でむにゅりと餡子さんをこぼした。


 私がおやつタイムに入ったのを見て、美保さんも同じように座ってお饅頭を食べ始める。組み合わせ的には、お饅頭とお紅茶はあまり見かけないものだが、ママ様がわざわざ選んでくれたのであれば何も文句はない。


 やっぱりママ様は最高だな、と思いながらまったり過ごしていると、同じようにのんびりしている美保さんが、これでまた一緒にいられるのよねと聞いてきた。あのころみたいに、前世みたいに一緒に暮らして、過ごしていく気が美保さんにはあるらしい。美保さんにとっては、そうすることが当然のことらしい。


「……その事なんだけど、生まれ変わったんだし、私たちの関係はもう終わりでいいんじゃないかな。君は、いつまでも私に縛られていなくていいんだ」


 そのことが、チクリと胸に刺さる。元々、彼女は私と結ばれるべきではなかった人で、もっとまともな人と結ばれていたら、きっと幸せになれていたはずなのだ。彼女は先程、前回の人生に満足していたといっていたが、それだってほかの幸せを知らないだけである。


「君は君で、私は私で生きていく。もちろん、パートナーでなくとも君のことは好きだから、これからも友達として仲良くして欲しいと思う。でも、それも程々にして、君は今度こそ、自分が幸せになれる相手と結ばれるべきなんだよ」


 柄にもなく、本心からの言葉だ。私のような、頭がおかしいやつが奇行を始めたことに責任感なんて、持つべきではなかった。おかしくなったやつを養ったりせず、見捨てておくべきだった。責任感や同情、そんなもので台無しにしていいほど、彼女の人生は軽くなかった。


「君はもう、私なんかに縛られなくていい。君が感じている、私がおかしくなった責任なんてものはそもそもなかったし、仮にあったとしてももうとっくにとっただろう。責任感そんなもので人生を棒に振るのは、一回だけで十分だ」


 そう、言葉にしてみたら、なんだか気持ちが楽になった。どうやら私は、自分の認識していないところで、彼女の人生を台無しにしたことを悔やんでいたらしい。別に、突然善性に目覚めたとか、内なる善性を秘めていたとか、そういう話ではないが。私はひどいことをするのは全然できるけど、無意識でそうしているのは望ましくないのだ。自分のやった事、自分の罪を自覚しているからこそ、価値を貶めるのは美しく気持ちいいのだから。


「……はぁ?」


 胸のつっかえも取れて、すっきりー!とお饅頭を食べていたら、正面から聞こえたのはこわーい声。首筋にジエチルエーテルをかけられたみたいな冷たい感覚が背中まで流れて、思わず背筋がぴんっ!と伸びてしまう。


 ゆらりと、美保さんが、彼女が立ち上がった。そのまま顔の般若を隠そうともせず私のところまでよってきて、立ったまま見下ろす。サラリとこぼれた髪がセクシーだが、そんなことを言えるような雰囲気ではない。


「本気で、そんなこと言ってるの?……ううん、あんたが本気で言ってることなんてわかる。だから気に食わない。気に入らない、許せない」


 胸ぐらを掴まれて、そのまま押し倒される。そのままマウントポジションへ移行すればちょうどさっきの脅迫とは逆の状態だね。一つ違いをあげれば、私の背中がベッドではなく床なことと、ポジション側が冷静ではなく怒り狂っているところ。何が一つ違いをだよ。二つだろ。


「あたしのこと、そんな安いやつだと思っていたわけ?本当に、ただの同情で、ただの責任感で、人生を捧げるような安い女だと思ってたわけ?……ふざけないで」


 同情はともかく、責任感は人生を捧げるのに十分な理由だと思うのだが、それはきっと価値観の相違なのだろう。考えてみれば、かつての幼なじみ様は、取らなくてもいい責任なら何も気にせず投げ捨ててしまえるような素敵な人間性の持ち主だった。そうなるとますますわからないのが、なんでそんな彼女が私に対して、意地でも責任を取ると言っていたのかだけど。


「……あぁ、なるほど。ただの口実で、本当は私のことを好きだっただけか」


 好かれるようなことをした記憶は、特にない。幼なじみの常として、一緒に遊んだり、協力して宿題を進めたり、並んで叱られたりしたくらい。……青春のほぼ全てを一緒に過ごしていたね。なぜ私はこれで好かれている自覚がなかったのだろう。いや、友愛や家族愛に近いものは元々感じていたのだ。ただ、恋慕のようなものがあると思わなかっただけで。


「気付くのが遅すぎるのよ……おバカ」


 そう言って、彼女は涙を零した。とてもとても美しく、綺麗な涙だ。自分の人生を捧げた相手に、その動機を理解して貰えていなかったことに気付いた女性の涙。それが喜びのものか悲しみのものかなんて明言するまでもなく、間違いないことは私の口に入ってきたそれがこの上なく甘美なものだということ。涙おいしい。


 これまでにないほど、心が満たされていく気がした。本当の愛は、本当の幸せはここにいるのだと、歓喜が全身を満たす。絵画に火をつけた時なんかとは比べ物にならない、大きな喜び。人生観が変わってしまうような喜びだ。


 だからこそ、この先が見てみたい。純粋な想いを汚されただけで、こんなに人は美しくなれるのだ。ならばもっと損ねれば、もっと綺麗に輝くはず。高いところから落ちるほど輝くのだから、低い所へ落ちるほど美しくなる。


 この子が、こんなふうに生まれ変わっても私を思ってくれる子が、その思いを踏みにじられて私に憎悪を向けるさまがみたい。怒りではなく、殺意を持って組み敷かれたい。胸元に、拳ではなく刃物を置いてほしい。


 そんな、宜しくない感情だけが膨らむ。泣いている少女に押し倒されながらそんなことを考えているなんて、人として最低だな。生きてて恥ずかしくないの?……恥ずかしいっ!でも生き恥晒すのたのしいっ!


 猫耳の付いた頭を抱き寄せて、制服が濡れるのも構わず慰める。いい子いい子、君はとってもいい子だ。そんないい子な君だから、壊れる姿が見たいんだ。……でも、それと同じくらい、ただただ幸せになってほしいんだ。



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 転生前光ちゃん

 生まれつき病弱だったため友達が少ない。いつも一緒にいてくれた幼なじみちゃんに若干惹かれつつ、自分なんかには不釣り合いだと考えていた。病気のせいで生殖機能はない。


 転生前幼なじみちゃん

 転生前光ちゃんのことが大好き。でもずっと一緒にいたから直接言葉にするのは恥ずかしくってできなかった。できなかったけど、ずっと一緒にいたから伝わっているものだと思っていた。間違っても同情や責任感だけで嫁いだり養ったりはしないタイプ。

 転生後は無感動に生きていたが、暇つぶしにネットショッピングを見ていたら見覚えのある作風の木工を見つけた。即座に購入&値上げ交渉をして、現金同封にブチ切れ通報。反省も後悔もしていない。

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