おやつを食べ終わった後に味変を見つけたらついつい食べすぎちゃうよね。

 聡くんから宇宙人でも見たかのような目で見られたところで、私のやりたかったことはひとまず終わり。もちろんキラキラ集めは続けるし、終わったのは今回の智洋くん遊び(ついでに聡くん)だけである。最高の瞬間を迎えるまで、私は止まらねえからよぉ。……ちょっとは止まれよ。あの子たちが可哀想だとは思わないのか?……かわいそう!でも私の信仰の方がよっぽど大事だから仕方がないね。私は信仰のためなら自分を無邪気に信じる人でも裏切れる。むしろ裏切りたい。みんな!もっと光のことを信じてっ!


 そんな内心を華麗に隠しつつ、期待通りの結果を得られたことにルンルンしながらきらめきホップさわやかステップしていたら、ちょっとバランスを崩してすってんころりん。嫌な角度に机の角が突き刺さり、私のあんよはイタタタになった。


 慌てて駆け寄ってきた聡くんの手を借りて体を起こし、スカートの中に手を入れて確認してみれば、傷はなし。ただ指圧すると痛いから、もしかしたら打撲になっているかもしれない。いたいよー、えーんと心の中で泣きながら、ちょっとしか痛くないから大丈夫と聡くんに伝えて、大丈夫なやつは足をかばいながら立たないんだよと論破される。まぁ、ここで私が聡くんをボコボコにする必要はないから、大人しく論破されておいてやろう。寛大な私に感謝するといい。


 仕方がないので、保健室まで連れていくと言う聡くんのお言葉に甘えてエスコートしてもらうこと数十メートル。片思いの相手の柔らかい体を合法的に触れることが出来た聡くんはうれしそう……ではなく、心の底から私を心配しているように見つめる。やめろよ、私のことをそんな目で見るな。


 視線を合わせにくいまま、ありがとうと伝えると聡くんは小さな声でどういたしましてと言った。保健医のおばちゃんがあらあらと微笑ましそうにしているのが気に食わないな。


 軽い触診と、おばちゃんにスカートをたくし上げて内側を見せるので確認を終えて、軽い打撲ですねと診察される。あまり長引いたり、これから変に痛むようなら病院に行くようにと念を押されて、私は少し休憩してから帰ることになった。ちなみに、心配そうな顔のままずっと私から目を離さなかった聡くんは、スカートをあげる前にジト目でえっち……と呟けば面白いくらいの勢いで目を逸らした。純朴でかわいいね。


 少しして痛みが落ち着けば、おばちゃんにはもう帰れるよ!と伝える。けれどそれに対して難色を示すのは聡くん。そんな状態で帰るなんてとんでもないっ!ということらしい。あのさぁ、君一体私のなんなの?なんで私が君のわがままを聞いてやらないといけな……“大事な友達を心配するのに理由がいるか?”けっ!小っ恥ずかしいこといいやがって。そこまで言われちゃあしかたがない。ちょっと恥ずかしいのは我慢して、私も心配されてやろう。


 家まで送っていくという聡くんの厚意に甘えて、手を借りながらお家に帰る。幸い、と言っていいのか、小学校が同じで、休日の図書館でも遭遇する私たちの家はさほど離れていない。もちろん智洋くんの家お隣さんほど近いわけではないが、学校の帰り道に少し遠回りするくらいの位置関係だ。


「そういえば、家は近いのに一緒に帰るのは初めてだな」


 あんよが上手、あんよが上手をしていると、不意にポツリと聡くんがつぶやく。私たちくらいに仲が良ければ、一緒に下校くらいしていてもおかしくないから、そうしたことがなかったことに驚いたんだね。私も驚いた。まさかコミュ障ぼっちな聡くんに、お友達とお家に帰るという概念が存在していたなんて。


「私はいつも、ひろちゃんと一緒に帰っているからね。……前に誘っても断ったのは聡くんじゃない」


 そうだったか?ととぼけてみせる聡くんだが、この子が断ったのは私が智洋くんのお世話をしているところを見たくない、ただそれだけの理由である。まあそりゃ、好きな子が他の男といちゃついているところを毎日見なければならないなんて、とんだ嫌がらせだ。智洋くんが病弱で学校を休みがちだったりしたら私と帰るチャンスもあったのだろうが、彼は健康優良児だからね。智洋くんが唯一自慢できることは風邪をひいたことすらない丈夫な体と、私という素晴らしい幼なじみを持っていることくらい。それ以外の自慢ポイントは全て私がつけた後付けだからね。……わぁっ、つまりおバカさんなことと都合がいいのが自慢!ということだね。智洋くんは泣いていいと思う。私は涙が地面に染み込んでいく様が好きなのだ。智洋くんの涙は地面が似合う。妹ちゃんとママ様の涙は集めてぺろぺろしたい。


 何も悪いことをしていない美少女が不意に抑えられなくなってこぼした涙からしか摂取できないナトリウムがあるんだよ!との思考が頭の半分を占めながら、残りの半分で聡くんとおしゃべり。これが話半分ってやつだね。光知ってるっ!


 たぶんこの会話の方が聡くん的にはメガネ置きよりも嬉しいものなのだろうなと考えながら、ほとんど中身の詰まっていない会話を続ける。頭の中軽っぽの会話って楽しいよね。今ならきっと頭を振ればカランコロンと楽しい音が聞こえるはず。鈴みたいだね。……中身が入っているなら空っぽじゃないって?失礼な、頭の中でコロコロ転がっているのは凝り固まった性癖だよ。そう、私は頭を空っぽにしていてもきろきらのことを考え続けているのだ。一流はいついかなる時も気を抜かないのだよ。


 そんなふうに楽しくおしゃべりしていたら、いつの間にやらお家の前。ついでに、一瞬開きかけたお隣の玄関がすぐに閉められたことから、きっと智洋くんがそこで見て、聞いているのだろう。私は運がいいな。なんたって、こんな逢い引きの事後みたいな空気を予期せずおやつくんに見せつけられるのだから。


「聡くん、今日はありがとう。……ハジメテだったんだから、ちゃんと大事にしてくれなきゃいやだよ?」


 大切にしてもらうのは、脅されて初めてを奪われたかわいそうな快楽堕ち美少女……ではなく、1/5スケール聡くんメガネ(メガネ置き付き)。しかしこの様子は、私が渡したものを知らなければどう見てもそういうことに見えるだろう。


 あれだけのものをもらったんだから当然大事にするさと、かっこいいことを言う聡くん。それに対してはにかみながらよかった、と呟けば、少年は私が家の中までひとりで入れるかを心配してきた。


「もう一人で大丈夫だよ。……それとも、一緒に来てお母さんに挨拶する?今日はお赤飯炊くって言ってたから、きっと歓迎して食べさせてくれるよ」


 お友達の聡くん!と紹介するだけで、お赤飯はただの偶然である。……嘘だ。私が久しぶりに甘納豆のお赤飯を食べたいとわがままを言って作ってもらうことになった。まさかここまで完璧なタイミングとは思わなかったけれどね。けれど客観的にはこれで、ママ様が私の“卒業”を知っていて、祝っていたかのように思えるだろう。双方のの両親から将来はとかつて期待されていた智洋くんから見たら、酷い裏切りだろうね。


 お隣のお家の玄関から、不意になにか液体が床を打つ音が聞こえた。びちゃびちゃと鳴る音は、一体何が吐き出された音なのだろう。私もここまでする気は当初なかったから、びっくりしちゃった。続けるね。


 ところで今日の給食はシチューだったなと関係ないことを思い出していると、夕食のお誘いは聡くんに断られる。まだそういうのは早いと思うって言っているけど、いつかは私の家でご相伴にあずかるつもりなのかな?図太いやつめ。


「そっか……ちょっと残念だな。今日はありがとう、聡くん。また明日ね」


 私がそう言いながら、小さいお手手をフリフリすると、つられたかのように聡くんもフリフリする。あ、今ちらっと腕時計見たな。時間の把握をしたということは、明日はいつものきっしょい挨拶をしてくるに違いない。うんうん、いつも通り、変わらない生活が一番だねっ!


 ほのかにかおり出した吐瀉物臭から逃げるのも兼ねて、あんよがお下手になりながらお家にはいる。痛いふりをしているだけなら、これでもう普通に歩いていいのだが、あいにく今回のは本物のアクシデントなので庇う歩き方はそのままだ。本当に必要ならやるけれど、必要ないのであれば私がママ様から貰った大切な体を傷つけるはずがない。この体は私の体であるが、何よりも貰い物なのだからね。自傷行為なんてもってのほかだ。……でもママ様、光が怪我したら心配してくれるよね。無理しないでって沢山甘やかしてくれて、きっと学校の送り迎えもしてくれるよね。


 少しだけ、悪くないかもなと思ってしまった思考を文字通り振り払い、おうちで待ってくれていたママ様に見られて心配される。はしゃいでクルクルしてたら転んじゃったの。ごめんなさい。

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