美味しくなってリニューアル!脳破壊幼なじみくんチップス、自分の目の前で初恋の人から貰った手編みの手袋を本人に解かれる(のり塩)味

 私の部屋に素敵な絵が飾られるようになって、いくつかの月が流れた。暦の上ではもう冬で、実際の気温ももう冬だ。つまりただの冬である。なんなんだよ、このくだり。ところで冬と言えば乾燥するから、大切なものは萌えないようにしないといけないね。光、気をつけるっ!


 さて、そんないらないくだりはゴミ箱の中に置いておくとして、お外は寒い。おうちは暖かい。大切なことはこれだけだね。雪が降っていたりすればまた少し風情も出てくるのだろうが、まだそこまで寒くなっていないので、風情らしいものなんて木枯らしに負けず頑張っていた木々の葉が寒波に勝てず、遂に落ち、落ち葉焼きに使われているところくらいである。わーい、光焚き火好きー!案外風情あるじゃん、やるな落ち葉。


 あの落ち葉の中に私の作った木工細工を入れたらあのおじさんどんな顔をするのかな、なんて他愛もないことを考えつつ、智洋くんをお迎えに行く。朝学校に行こうとしたらリビングで美少女幼なじみがくつろいでいるって、男の夢だよね。私はその夢を実現するためだけにここ1ヶ月毎日20分ほど無駄にしている。健気系だね。


 インターホンを鳴らして名前を名乗れば、玄関は開いてるから入ってと言われる。鍵をかけないなんて防犯意識皆無かな?と思うかもしれないが、実際にはお隣パパが朝早くからお仕事に行っているだけなので、夜中にはちゃんと鍵がかかっている。まあ、私は合鍵を持っているからいつでも入れるんだけどね。やっぱり防犯意識よわよわかな?美少女幼なじみが信頼されているだけだと思っておこう。


「光ちゃんいらっしゃい。わざわざインターホンなんて鳴らさなくても、勝手に入ってくれていいのに」


 歓迎されながらこう言われるのもまた、最近はいつもの事だ。ごめんねお隣ママ、毎日手間取らせちゃって。でも、インターホンと私の来訪を結び付けさせることで、一ついいこともあるんだ。


 それが、ちょうどドタドタと騒がしい足音を鳴らしながら降りてきた智洋くん。大好きな私を待たせまいと飛び起きて、急いで支度を始める。智洋くんは寝起きが良くないから、こうやってお迎えに来てあげるまでは起こすのが大変だってお隣ママが愚痴ってたんだよね。そんなに大変なら私が起こしてあげようと思って始めたこの試みだが、どうやら朝の寝起きな智洋くんの智洋くんが元気なところを見られたのがトラウマになってしまったらしく、インターホンだけで起きてくれるようになった。智洋くんは目覚めが良くなってハッピー、お隣ママは朝の仕事が減ってハッピー、私もわざわざ起こさずに済んでハッピー。みんなハッピー、幸せハピネスだねっ!……思春期の柔らかい心を傷つけられた智洋くんのプライバシー?ははっ、家畜ペットにそんなものあるはずないじゃない。面白いなぁ。


 私がお隣ママと優雅にお茶をしているうちに、急いで歯磨きとご飯を済ませた智洋くんのためにレンジで蒸しタオルを用意しつつ、アツアツなそれを寝癖ができた部分に押し当てる。智洋くんは熱い熱いと言っているが、私はそれを素手で持っているのだから我慢してほしい。優れた肉体強度によってさりげなくいじわるする私の姿がそこにはあった。控えめに言って最悪ではなかろうか。


 ついでに、私の性根と同じくらい曲がっているネクタイを真っ直ぐに直し、あらあら、まるで新婚さん見たいねとお隣ママからのコメントを貰う。……しん、こん?どこからどう見てもペットと飼い主、良くて母親と息子だと思うのだが、私が美少女なせいで甲斐甲斐しい恋人のように見えてしまったらしい。目が腐ってるのかな?私が濁らせたのだった。


 智洋くんの準備が出来たところで、ママ様に貰った手編みのマフラーと、同じく手編みの手袋を着けて光ちゃんモコモコフォームに変身する。家を出る前に鏡を見ればそこにはふわふわモコモコの美少女。何を着ててもかわいいって、やっぱり美人は正義だ。


 圧倒的お顔パワーに心をときめかせながら、寒い寒いと手を擦る智洋くんを振り返る。校則に沿ったコートと、首元のマフラー。二三年ほど前に私がプレゼントしたものだね。日頃の感謝?を込めて編んだ、アランハニカム。骨の折れる仕事受験へのご褒美と説明しつつ、実際にはいつまでも君は私の美味しいハチミツおやつだっ!と考えながら作った。人の心とかないのかな?そこになければ切らしてますね。ちなみに、一緒に私のためのマフラーを編んでくれていたママ様は、ダイヤ模様を作ろうとして失敗していた。ママ様かわいいよママ様。上手にできなかったマフラー、いつまでも大切にするからね。


「そんなに寒いなら、手袋をつければいいのに。つけてるととっても暖かいんだよ」


 つけてるだけでママ様の愛を感じられる手作り手袋をつけた手を、智洋くんの目の前でグーパーしてあったかいアピール。自分でやっててなんだけど、くっそあざといなこいつ。でもかわいいからゆるされる。世界はそうできているのだよ。


「手袋は……あまりつけない主義なんだ」


 嘘つき。私が3年前くらいに渡した手袋は毎日着けてただろ。光ちゃんの優秀な記憶力を甘く見る……あぁ、そういうことか。理解したよ。つまり、数年前に作った私の手袋は、智洋くんの成長によって着けられなくなってしまったんだ。


 ついでに、ちょうどその辺の時期に、ちょっと重たい女の子ごっこして遊んだことを思い出した。私がプレゼントしたものと違うものを着けている智洋くんに、光があげたのに……とうらめしげな視線を送る遊び。何きみ、そんな前の遊びをまだ本気にしてたの?素直でおばかでかわいいね。まさか私が遊ぶのを辞めたあとでも、一人勝手に私の手のひらの上でコロコロし続けるとは……このドグサレ転生者の目をしても見抜けんかった……。


 うん、これはちょっとあれだね。申し訳ないね。私とて人の子、申しわけないと思うことくらいあるのだ。どうでもいいけど人の子って、人の子供って意味だよね。化け物に育てられた人間の子供が化け物の子なんだから、人に育てられた生き物はすべからく人の子になるはず。つまりママ様に育てられた私は紛うことなき人の子だ。この理屈だとその辺の犬っころも人の子になっちゃうね。上位存在狐ロリババア神様は人の子だらけで大変だろうな。


 秒で罪悪感を忘れて、とりあえず帰ってきたら何とかしてあげようと頭の片隅に入れておく。ハイスペ脳みそちゃんは優秀だから、隅っこに置いておくだけで必要になったら思い出してくれるのだ。リマインダー機能かな?便利だね。


 そんな便利な頭のおかげで授業を完璧に理解しつつ、時間は飛んで下校中。学校生活で特筆すべきことなんて、やたらときしょい挨拶をする聡くんとの会話くらいしかないからしかたがないね。智洋くんと一緒の帰り道、これもまた代わり映えのしない日常風景だが、今日はこの後楽しみなとこがあるからルンルンだ。転生者ってろくでもないな。


 自分の家に入るよりも先に、お隣ママにただいまを言って勝手知ったる人の家に入る。普段なら家の前で別れる私が中まで着いてきたことに、智洋くんは驚いていたが、私が一緒にいるのは嫌?と聞くと、そんなことはない!と食い気味に否定してくれた。これから起こることも知らず、健気なものだね。まじうける。


「ひろちゃんが手袋つけないの、私が前に使ってって言ったやつがあるからだよね?まだ残っているなら見たいなぁって思って」


 当たり前のような顔をしながら智洋くんの部屋までついて行って、コートを預かり掛けてあげる。そこまでしてようやく、私が部屋にいる違和感に気が付いたらしい智洋くんに、なんで部屋に入っているのと聞かれた私の答えがこれだ。うん、なにも理由の説明にはなっていないね。


 なんでその事を知っているんだ!?みたいな顔をしている智洋くんに、もう一度見たいなぁと繰り返してやれば、恥ずかしそうにしながらも少年は鍵のかかった引き出しから一組のそれを取り出す。鍵のかかる場所で保管している思い入れの強さと、そんなに大切なものが入っている鍵の隠し場所を私の目の前で披露した迂闊さ、私はどちらに重きを置けばいいのだろうね。信頼されているということにしておこう、そうしよう。


「ずっとこれだけ使ってたかったんだけど、さすがにもうサイズが合わなくなっちゃって。でも僕にとっては、大切な宝物なんだ。だから、お守りみたいなものなんだよ」


 何かに対する言い訳か、やたらと饒舌になる智洋くん。照れ隠しなのかもしれないけど、今考えるべきことはそれではなかったね。私を信頼しきっている智洋くんには無理な事だっただろうが、大切なものを私の前に見せるなんて、お腹を好かせたライオンの前に裸で飛び出でるようなものだ。


「……そっか。大切にしてくれていたんだね」


 そっと貴重なものを触るように受けとり、軽く表面を撫でる。おっ、ちょうどいい境目見っけ。ここからでいいや。


 シュルシュルシュルッ!と勢いよく、手袋の毛糸を引き抜いていく。うんうん、やっぱり編み物は完成品を解く瞬間が一番気持ちいいよね。私はこのために編み物を習得した。引いて引いてくるくるくる。あーあ、智洋くんの大切なたからもの、ただの毛糸になっちゃったね


「……えっ、あの……なん、で?」


 突如目の前でいともたやすく行われるえげつない行為。信頼しきっていた人から突然ぶん殴られたみたいに、脳みそが理解を拒んだのだろう。智洋くんは少しの間、私がひとりで毛糸を解いて気持ちよくなっているのを見ているだけだった。

 少ししてから、智洋くんは現実を否定するかのようにイヤイヤと首を左右に振る。よっぽどショックだったのだろう。かわいいことこの上ないな。ごめん嘘、一番かわいいのは私であり、同率一位がママ様と妹ちゃんである。この上ないは言い過ぎだったね。すごくかわいいな。


「なんでって、ひろちゃんに使ってほしくって作ったのに、使えなくなったら意味ないじゃない。それなら一回解いて再利用した方がいいでしょ?」


 リユース、再使用だよ。学校の授業で習ったでしょ?と幼子に諭すように言って、毛糸の状態を確認する。少しへたっているけど、また使うには問題ないくらいだね。同じ色の毛糸にはまだ予備があったから、それと混ぜて使えば気にならないだろう。


 智洋くんの絶望顔は美味しいなぁと、バレないようにその表情を楽しむ。信じていた幼なじみに宝物を壊されて、頭がばらばらになっちゃったんだね。やめてよもう、そんな顔をされたらまるで私が悪者みたいじゃない。悪者なんだけどね。


 とはいえ、もちろん私はルールを守る。法律って大事だから、たとえ自分がプレゼントしたものでも勝手に壊せば器物破損なのだ。でも大丈夫!賢い光ちゃんはまた回収することを考えていたから、毛糸は使い回すものだと教育を施しつつ、プレゼントという言葉を使わずに、“これ使ってほしいな”と渡しただけだからね。智洋くんは貰ったと思っているだろうが、私のスタンスとしてはあくまで貸出し。ここに情状酌量の余地が生まれる。私はそうなるのが嫌だからちゃんとママ様から貰ったと言質を取っている。やっぱり言質って大事だね。契約は全ての基本だよ。


 そんな、もし自分がやられたら恥も外聞もなく泣き出してしまうような非道を智洋くんに働きつつ、目標のものは回収したので退散する。こんなことをしておいて、当たり前みたいな顔でまた明日ねっ!と別れを告げる私の姿は、智洋くんにはどう映っているのかな。


 まあ、どのように映っていようが、たいした問題ではない。この子はこれくらいのことでは私から離れられないように育てたし、私だってちゃんとアフターフォローをするのだ。転生者だからね。……アフターフォローと転生ってなにか関係あるんですか?


 お手手に毛糸玉を持った状態で、すぐ隣のお家に帰る。優しいママ様が待ってくれている、幸せ溢れるお家。今頃お通夜状態になっている智洋くんの部屋とは大違いだね。その原因である私がこうして幸せを感じられるのだから、全く世界は最高だ。


 ママ様が作ってくれたカップケーキをおやつに楽しみつつ、私が取り掛かるのは編み物。わざわざ智洋くんから毛糸を回収したのだから、せっかくだから早いうちに取り掛からないと。


 お家に帰ってから、寝なきゃいけない9時まで5時間も時間がある学生の身分を喜びながら、その時間を有効活用して編み進める。本当なら実際に使う人の手のサイズを確認しながら編むべきだが、私のハイスペ脳みそちゃんは大切なおやつくんのサイズくらい完璧に把握しているのだ。


 ある程度急ぎつつ、編み目が緩すぎずきつ過ぎずちょうどいい感じになるように作って、忘れることがないようにカバンの中に入れておく。アフターフォローは早い方がいいからね。私は智洋くんの感情をちゅるちゅるしている魔物だが、吸い尽くしたいわけではない。むしろ生かさず殺さずで最大量搾り取りたいので、ケアは大切なのだ。



 そして翌日。いつも通りの顔でお隣ママとお茶を楽しみつつ、昨日は何故か凹んでいて大変だったのよとの言葉を聞く。何か知らない?と聞かれたけれど、間違いなく私のせいだね。むしろ私以外に智洋くんを傷つけるものはほとんどいないし、いたとしたらそんなもの私が許さない。私は独占欲が強い質だから、おもちゃは独り占めしたいのだ。……ママ様は独り占めしなくていいのかって?あのさぁ、人を一人独り占めするってすごく傲慢なことだってわからないの?ママ様には守られるべき人権があるんだから弁えなよ。


 少しすれば智洋くんが降りてくる。お隣ママの言葉通り、すごく凹んでいたのだろう。目の下のクマがひどいことになっているね、かわいそうに。

 フラフラしている少年を、お隣ママと一緒に心配する。体調が良くないなら今日は休んだ方がいいんじゃないかな?学校には私が伝えておいてあげるし、授業の内容は私が教えてあげるよ?……自分で種を撒いておきながら良くもこんなに白々しく心配して見せるものだ。我がことながらおぞましい。


 私と同じ感想を抱いたのか、理解できないものを見る目を一瞬私に向けた智洋くんが、お隣ママを心配させないために大丈夫と気丈に振る舞う。その目ダメ、癖になっちゃいそう。


 気持ちよくなりかけながら智洋くんを待って、一緒に家を出る。そうしたらようやく誤解回収の時間だね。別にお隣ママの前でやっても良かったのだが、こういうのは二人だけでやった方が甘酸っぱい青春っぽさがあって良くない?良くない……?うるさい、私は良いと思うんだよ。


「……そうだひろちゃん、忘れるところだった。お手手寒いでしょ?これ使って?」


 理解できない目も美味しいけれど、ずっと同じでは飽きてくるのでぼちぼち味変。若干の愛情を注いで甘さを加えることで、直前までのしょっぱさがやわらいだね。


「これ……もしかしてこのために?」


 こ(の手袋、僕にく)れ(るの?)……もしかして(昨日僕の手袋を解いたのは、小さくて使えなくなった手袋から)この(新しい手袋をつくる)ために?

 はい、言葉足らずな智洋くんの文章を補足するとこんな感じだね。行間どころの話ではなく文字と文字の間を読まなければ正確なコミュニケーションは取れません。幼なじみだからわかるけど、みんなもおしゃべりする時は気をつけようね。


 直前までの、私のことが理解できないと言う感情が、智洋くんの中で作りかえられていく。“理解できない”から、“理解することが出来なかった”へと。誤解だったとなれば、智洋くんに残るのは私の厚意に対して変な解釈をして、私が酷いことをしたと思い込んだという罪悪感だけだからね。くぅっ!この苦さが癖になるぜっ!


「そうだよ。そうじゃなきゃ、私が意味もなく手袋を解く酷い子みたいじゃない。……それとも、そんな子に見える?」


 実際には、そんな子だと思わせることで楽しもうとしたのだから、そんな子だった方がよっぽどマシなのだが、智洋くんはそんなことない!とブンブン首を横に振る。ごめんね、悪いのは誤解をさせようとしていた私なのに。


 いきなり解いたから誤解させちゃったかな?ごめんね。と言えば、智洋くんは誤解なんてしていないから大丈夫!といいお返事をしてくれる。よし、智洋くんから無罪の言質いただきました。そりゃあ好きな子から、“ドブカス人間って誤解させてごめんね”なんて言われたらそんな誤解していないといい顔したくなるだろう。巧妙に許しを誘う。これが外道の技だ。


 そうして、残ったのは無罪を勝ち取った私と、私のことを許さざるを得なかったことで、自然と自分が酷い誤解をして疑ってしまったのだと自責の念にかられる智洋くん。手袋を受け取った瞬間は甘かったのに、噛めば噛むほど苦味が出てくるねっ!ふっしぎー!


「よかったー。それじゃあひろちゃん、早く学校行こ?」


 智洋くんが手袋をつけるのを待って、ふわふわの手袋に包まれた手を掴む。やっぱりおやつくんは美味しくて最高だね。

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