汝隣人を愛せ。……情緒壊して遊ぶ行為に“愛する”って名前をつけるな。

 前話の台詞、お姉ちゃんしか存在しないこと誰にも気付かれていない説(╹◡╹)


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 かわいい娘から手作りの晩御飯と、お父さんいつもありがとうの笑顔を受け取ったパパ上が、ここは地上の楽園だったんだと錯乱してから数日後の土曜日。私の姿は、お隣のお家にあった。


 当然、今日は土曜日であり、休日である。授業参観のために休日登校なんてことも、高校生になったらないので、学校ではない。……“学校じゃないなら、智洋くんを起こしに来たんじゃないのならお隣に行く必要なんてなくない?”だって?そういう酷いこと言うのやめようよ、泣いちゃうよ。智洋くんが。


 だがしかし、その考えもある意味で当たりではあるのだ。そう、今日私がお隣のおうちに来た理由は、智洋くんのためなんかじゃあない。日に日に未亡人っぽくなっていくお隣ママとおしゃべりするためなんだからね。朝起きたら初恋の相手が母親を口説いているところに遭遇する智洋くんはやっぱり泣いていいと思う。


「光ちゃんが来てくれるから、スコーンを焼いてみたの。お口に合えばいいのだけど……」


 少し恥ずかしそうに頬を朱に染めながらそんなことを言うお隣ママは、どこからどう見ても恋する乙女の表情だ。たとえその相手が文字通り親子ほど年の離れた同性だったとしても、恋する乙女の表情である。ふむ……このスコーン、前回のとは違ってしっとりしているね。小麦粉変えた?やっぱり?そうだと思ったんだー。


 美味しい美味しいと褒めて、ついでにこだわったであろう部分を指摘する。指摘、って言うといい方が少し悪いけど、要は変化に気付いてあげるということだ。誰かのためにやった事を、その本人に気付いて、喜んでもらえる。ただそれだけで、人はもっと頑張ろうと思えるのだから。……それが出来ていなかったから、お隣のお家は夫婦関係が悲しいことになりつつあるんだよね。全部残業と出張ばかりで、気がつけるほどの心の余裕時間を取れないお隣パパが悪い。つまりその原因となった、私立中学に通ってしまった智洋くんの責任であり、そうなるように行動した私の責任である。ごめんねお隣ママ、光ちゃんしかわかってくれないって依存しかけているところ悪いけど、この状況になった根本の理由って私なんだ。


 ちょっと責任を感じて申し訳なく思いつつ、けれどその理屈は殺人犯の凶器が包丁ならその製造者に責任があるのかという話になるので、すっぱり考えないことにする。……今回はどちらかと言うと、凶器の包丁を作ったのではなく犯行が行われるようにそそのかしたと言った方が正確なので、余裕でアウトなんだけどね。


 そうやって都合の悪い事実から目を逸らしつつ、お隣ママに優しい言葉をかける。お隣ママ毎日頑張っててえらい、お料理にもとっても気持ちが込められていて素敵。うんうんそれは旦那さんが悪いね。光ならそんな思いさせないのになー。


 他の誰にも話せなかった、お隣ママの悩みと愚痴。そんなものをまるっと聞いてあげる必要なんて、本当ならない。最低限のメンタルさえ保ってくれていれば、智洋くんを育てるために受け入れてもらえれば十分だからだ。そういう大人の嫌な感情とかは、華のJKではなく互いに愚痴りあえるママ友なんかに晒せばいいのである。


 そうにもかかわらず私がこうしているのは、お隣ママからの好感度を稼ぐためだね。将来的に私が智洋くんの心をぐちゃぐちゃにするのはもう決まっているから、その時になるべく手間取らないようにするため。そして可能であれば、智洋くんを使い潰した後でも友好的でいてほしいのだ。お隣さんから恨まれているとかこわこわだからね。


 なお、お隣ママに私くらいしか愚痴れる相手がいないのは、1番仲良くしていたママ友こと我がママ様だと、愚痴っているだけで違いを見せつけられているようで辛いからとの事。沢山悩んでいるお隣ママとは違って、うちのママ様はめちゃくちゃ家庭関係良好で幸せそうだからね。仲良くしていただけに、違いがわかってつらいのだろう。かわいそうに。かわいいね。


 そんなふうに憐れみながらお隣ママを愛でていると、お寝坊さんな智洋くんが起きてきて、寝起きに突きつけられた光景にギョッとする。最愛の幼なじみに自分の母親が甘えているのだから、びっくりして当然である。……お寝坊さんと言っても、今の時間は9時。何も無い休日の朝にしては、早起きに入る部類ではなかろうか。転生前の私には時間感覚というものが存在しなかっただけに、用事もなく早起きできる智洋くんには関心の一言である。……今世?早寝早起き朝ごはんは基本だよ。美少女には美少女らしく振る舞う義務がある。まあ美少女はどんな振る舞いでも絵になるから実質なんの義務もないのだけど。


 寝起きでまだ頭が働いていない智洋くんににっこり笑顔で朝の挨拶。ちょっと乙女っぽさを追加することで、先程までお隣ママに向けていた優しいものよりもかわいくなる。そうするとどうなる?知らんのか?お隣ママが自分の息子に嫉妬する。……うん、自分にはこの子しかいないっ!って思った相手が他の男に無自覚メスアピールしていたら、そりゃあ誰でも脳が壊れるよね。まあ私は無自覚ではないし、智洋くんなんぞを相手にメス堕ちするつもりもないのだが。かーっ!卑しか女ばいっ!そんなんだから全方位脳破壊系女子とか言われるんだよ。たのしいね。


 そうして脳が壊れてきたお隣ママと、そんなお隣ママと二人で仲良ししていた私のせいで軋む智洋くん。ダメージ比としては10:3:1くらいだね。お隣ママの10、智洋くんの3、私の1。なぜ私がダメージを受けているのかって?早起きが大変だったからだよ。


 自身の受けたダメージをおくびにも出さず、智洋くんが顔を洗ってくるように仕向けて、本人がいなくなったところでお隣ママに、続きはまた今度ねと微笑む。これでお隣ママはまた私とおしゃべるする日を楽しみに、日常生活を頑張れることだろう。帰ってこない夫と、恋敵に対するような嫉妬を向けている息子。うんうん、ストレスフルな毎日だね。お隣一家の家庭崩壊は私の手にかかっている。やだあ、ちょっと気まぐれで壊しちゃいそう。幼なじみの家をなんだと思っているんですか?


 とはいえ、このままだとサークラならぬドメクラ女子になりかねないので、しっかり円満になるようお手伝いもする。お隣ママが私のことを心底求めるようになって、“ずっと一緒にいたい……娘にしたい……そうよひろちゃんっ!嫁にしなさいっ!”となれば完璧。私が多少智洋くんに酷いことをしたとしても、お隣ママが智洋くんとくっつくことを望む。智洋くんからすれば地獄みたいな状態だね。たぶんとってもお手軽だから等活地獄くらい。みんなも地獄に落ちたければアリを踏みつぶして反省せずに過ごそうね。


 戻ってきた智洋くんの顔に残った水気を、持参のハンカチでトントンと吸い取って、お隣ママのスコーン美味しいよとご飯に誘う。朝から甘いお菓子、好きな人は好きだよね。少なくとも私は好き。美味しいおやつなんていくら食べても幸せだからね。ね、智洋くん。


 ちなみにお隣ママは私と同じであり、智洋くんはパン派、お隣パパはご飯派である。家族3人見事に好みが別れているので、みんなから不満の出ない朝食は存在しないのだ。大変だね、お隣ママ。嫌なら自分で用意しろ!特に朝の和食!ってキレたくなるよね。わかる。自分が食べたいわけじゃないものを作る時のストレスってすごいからね。まあ私は大好きな家族の喜ぶ顔が見たいからストレスなく作るんだけど。


 ちょっぴり不満そうにスコーンを頬張る智洋くんにこにこしながら眺めて、せっかく早起きしたんだから、どうせならなにかしようと誘ってお外に出る。残されたのは癒しの時間を奪われたお隣ママのみ。かわいそう。


「……ひろちゃん、これってなんだか、デートみたいだね」


 問1、寝起き早々かわいい幼なじみに脳破壊され、そのままなぜかエスコートしてほしいと言われた少年が、まともなデートを演出できる確率を求めよ。

 A.仮定より、智洋くんがまともなデートを演出できる確率は30%である...①

 寝起きの智洋くんは全ての行動にマイナス50%の補正が入る...②

 智洋くんの脳は現在破壊されている...③

 よしんば上手くいったとしても私が台無しにする...④

 ①、②、③、④より、智洋くんにはまともなエスコートなのできない。以上Q.E.D。……控えめに言って最低な証明問題だな。特に最後。1〜3関係ないじゃん。


 まあそれでいいのだ。悲しんでいる時の、苦しんでいる時の智洋くんが、私は好きなのだから。竜胆の花を贈ろう。

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