第21話 この参観、おかしくないか?
正直なところ、誰がどう見ても嫌がらせを受けたとしか思えないボロボロさ。
もしかしたら、うまくいかず自分で逆上して切り刻んだ可能性もあるかもしれないけどさ。さっき日直の手伝いをしたときも、ザマス先生に『寝不足もほどほどにしなさい』とあくびとくまを指摘されたし。そのときに寝不足の事情も話していたし。
だから、このまま提出しても、わかってくれると思うんだけど。
思うんだけど。
……悔しいなぁ。
だから、あたしは課題用ではなく、普段マリアさんに持たされているハンカチに、小さなうさぎを刺繍して提出することにした。もとより、手芸の類は得意なほうなのだ。ちょっとしたものなら、すぐできる。ひと目見たザマス先生も何か思ったようだけど、特に何も聞かずに受け取ってくれた。
「逃げかえればいいのに」
「教室から出ていきなさいよ」
代わりに、ネネ嬢がいないせいか、やたらそんな陰口が大きく聞こえる。
まぁ、気にしないさ。
いじめられるのだって、初めてじゃあない。
そして、昼食時。
いつもは食堂でネネ嬢と食べているのだが、当然今日は一人だ。
配給を受け取って、繋げられた長机の思い思いの場所で食べる。
そんな、たまたま目の前に座っていたクラスメイトが、これみよがしに身を乗り出してきた。
そして、あたしのスープの中に水を入れる。
「庶民の方には、味が濃いかと思いまして」
彼女らもまた知らないのだろう。
たしかに貧しいことを理由に、塩や醤油を節約するために味を薄くする場合もあるが、最近では敢えて味付けを濃くすることで貧しさを誤魔化すこともある。
塩分を増やしたほうが、保存が効くようになるんだよね。あと具材が少なくても口寂しくならないし。この地域の気候や個人の考えにもよるから、一概には言えないけれど。
ともあれ、あたしはしょっぱすぎる保存食をチマチマ食べていた人種である。
だから、スープの味が薄くなるのは寂しいけれど……虫など入れられて、飲めなくしてくるやつらより、何倍も優しいじゃないか。
「あら、お気遣いありがとうございます」
優雅に笑ってみせて、あたしはスープを飲み干してみせる。
こんなことが続いたら、貧乏舌は治りそうだなと思いながら。
そして、午後の授業が始まろうとしているのだけど。
やたらとお化粧直しやら、色めきだしている生徒が多い。
放課後が近づくと、どっかの色男な陰陽師に会うべく、鏡を見始める令嬢らが多いんだけどね。その時間にはまだ早いような。
だけど、あたしのそんな疑問は一発で解決した。
「それでは皆様ご承知の通り、今日は参観日ザマス!」
なるほど、参観日。
さすが全国屈指のお嬢様学校ということで、地方からわざわざ親戚を頼って、この学校に通っている人もいるというからね。そんな子たちからすれば、親が会いにきてくれる貴重な機会だったというわけか。そうじゃなくても、やはり親にいいところを見せたい子もいるのだろう。
……なんだ、みんなけっこうかわいいところがあるじゃないか。
ま、あたしに来てくれる人なんていないけどさ。
その分、授業に集中させてもらおうと思っていると、ちょうど今日の授業は陰陽師についてだった。
「皆様知っての通り、陰陽師の起源は飛鳥時代。元は、 中国からその思想や基本形態が伝わってきたのを期に、それを活用して律令規定を維持・運営するために『陰陽師』という専門的な官職が設置されました。 日本の長い歴史の間において、陰陽師は政治の領域にとどまらず、占術や呪術、祭祀をつかさどるようになっていました」
そんな話を聞いていると、ガラッと教室の後ろ扉が開く。
誰のお父さんとお母さんだろう。それと……お兄ちゃんか?
遠方から両親が来るのはまあわかるが、兄弟まで来てくれるとは、なんて愛されているのだろう。きっとその子は嬉し恥ずかしい顔をしているだろうと探してみるも……どの子もいつになく緊張した面持ちで、板書をしていた。
三人が、しばらくすると教室から出ていった。
そして入れ違いに、また別の親子三人が入ってくる。
あれ? またお兄ちゃん付き?
「だけど、それは昔の話」
参観の様子が気になりつつも、今日に限って授業内容が重い。
「現代の科学の発展により、占術の信憑性は疑わしいものとされています。また、一番重要な役目であったあやかし退治もまた、あやかしの減少により必要性は軽微。時代とともに薄れゆくある存在です」
そういや、シキも言っていたな。
あやかしは年々減っていて、陰陽師の需要もあわせて減っていると。
たしかに、女学生くらいならともかく、偉い人たちが星の動きや占いによって物事を決めているなんて、てんで聞いたことがない。
そのため財政難だから、シキが合法ギリギリ(?)な商売をしていると言っていたっけ。
そんなことを思い出している間に、また別の親子と入れ替わっていた。
いい加減、この参観おかしくないか?
しかも、今度の親子は教室中を歩き回って、ジロジロ顔を見てくるんだが⁉
あたしは動物園の動物じゃないんだぞ!
「官職から外されて久しい陰陽師ですが、最近では今まであやかし退治で国から出ていた報奨金も失くす方向で財政界も動いており、より厳しい立場になるでしょう」
それなのに、どのクラスメイトも憤るどころか、スンと澄ましたまま。
あたしはゾワゾワして思いっきり避けたら、舌打ちされたけどね。
なんだよ、こいつら⁉
「歴史が廃れていくのは悲しいことですが、これも時代の流れ。陰陽師の方々も、新しい生き方を探していけたらいいですね」
最後の言葉は、あたしに向けてだろう。
別に、あたしが陰陽師というわけでもないけれど……シキが苦労している片鱗は見ているから。ま、だからといって、あたしを利用していい理由にもならないんだけどな!
それはそうとしても、気持ち悪い参観はまだまだ続くらしい。
今度は若い男がひとりだった。親すら来なくなった⁉
だけど、中にはシャツを着ているものの、年の割には珍しい着物姿の男……どこかで見たことあるような……。
その男とヒタッと目が遭えば。
彼がズンズンとあたしの傍までやってきては、手を掴んでくる。
「この女性は、僕が娶ります!」
その声に、あたしはようやくこの男の名前を思い出した。
「虎丸タイチ⁉」
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