第38話 カッコいいなー!

 カッコいいなー、おい。

 たぶん、こういう乗り物。男の人のために作られた乗り物である。


 それをこうも女性が……しかも年季の入った女性が颯爽と乗りこなしているのだ。

 そこに憧れない女などいないだろう。少なくとも、あたしは痺れるほどに憧れる。


 だけど、どうみても古風な鶴御門家にはそぐわない代物である。


「これはシキの私物?」

「いや。アタシの何十年貯め込んだへそくりで買ったんだ。輸入の伝手はシキ様に手伝っていただいたけどね」


 一体いくらくらいかかるのか知らないけど……すごいな、へそくり!


 もう恨み嫉みはあるけれど、素直にこの点は賞賛しましょう。あたしは感傷主義者なのだ。


「おばば、かっこいいね!」

「ふん、十代の小娘に負けちゃいられないね」


 すれ違う酔っ払いたちが、指を向けてくる。

 こんな夜にハーレーが音を隠さず走っているんだものね。そりゃあ、びっくりさ。なんなら、店の中から出てくる人たちまでいる。おばばはハーレーの速さに遠慮がないから、あたしたちの顔までは識別できないと思うけど。


 そんな大注目の中で、おばばは声を張り始める。


「シキ様が生まれたときからの付き合いでね」


 あたしがギリギリ聞き取れるくらいだ。特に遠慮はいらないだろう。


 おばばの背中にさらにひっつきながら「うん!」と相槌を打てば、おばばが続きを話し始める。


「小さい頃に親に売られてから、ずっと鶴御門家の召使として働いてきたアタシにとって……シキ様の乳母役を賜れたのは、まさに僥倖ぎょうこうだった」

「乳母ってことは、おばばも同時期に赤ちゃんを産んだってことだよね?」

「アタシの子は、身体が弱くてすぐに死んじゃってね。ついでに言っておくと、そのときの男とは無理やりだったから。どこの誰かも知らんやつさ!」

「おぉ……ごめん」


 どうやらツッコんじゃいけない場所を聞いてしまったらしい。

 思わず声を小さく謝れば、おばばが小さく笑った気がした。


「まぁ、そんなアタシでも、先代は見捨てることなく置いてくれてね。先代夫人も嫌がるどころか、とてもアタシに優しくしてくれたよ。アタシの息子が亡くなったときは、一緒に泣いてくれて……恩人以上の存在だったよ。たとえ悲惨な末路を迎えたとしても、アタシにとっては、かけがえのない主人だったさ」


 シキからだけの話を聞くと、シキの親にあまりいい印象は抱かなかったのだけど……そうだよね。シキがこどもだったとて、元から酷い人たちだったら、あやかしに乗っ取られたなんて信じないよね。行き倒れていたマリアさんの引き取りを許可したのもご両親なのだろうし、シキがおばばが慕うだけはある人たちだったのだろう。あたしも会ってみたかったな。


 でも、だからこそ憎まれ口も叩きたくなるんだよね。


「その忘れ形見が、あのシキって腹黒陰陽師でいいわけ?」

「失敬な。シキ様はあえて悪ぶってみせているのさ! アンタみたいな馬の骨とは違って、もっと繊細で優しい御人なんだよ! 小さいときなんかまるで天女のような愛らしさで――」

「あーはいはい。その話はまた今度ねー」


 なんか昔懐かしいい話が始まりそうだったので、あたしは軽く流すことにする。


 だって、シキとおばばに歴史があることは、それこそいきなりやってきたあたしを追い払おうとするしたことで、十分察せられることだし。その歴史は、また今度暇なときに聞いてあげましょう。シキと一緒に、美味しい紅茶でも飲みながら、さ。


 するとエンジンの音ではっきりと聞こえないけれど。

 運転しているおばば、が小さく笑ったような気がした。


「でも、そんなシキ様が心からアンタを選んだんだ。だから、アタシも誠心誠意アンタに尽すよ。あのときは……悪かったね」

「……ホントだよ」


 本当、いきなりびっくりしたんだからね、あたしは。

 それをタダで許すほど、あたしは人間ができちゃいない。


 だから、あたしは首を前に伸ばして、おばばの顔を覗き込む。


「お詫びに今度、ハーレーの乗り方を教えてもらえる?」

「……アタシの許可なく乗ることは許さないからね」

「はいはい」


 そろそろ見覚えのある風景が増えてきた。三ツ橋家の館がもう近くだ。

 おばばの声が引き締まる。


「どこに着ければいい?」

「裏手の適当なところで停めてもらえれば」


 正門からわざわざ侵入する泥棒もいない。かといって、これほど豪勢なお屋敷となれば、当然裏門にも人を置いていることだろう。


 だから、あたしは特に門もない細道沿いの塀の真ん中でハーレーを停めてもらう。


「ふぅ、気持ちよかったー」


 あたしがハーレーを飛び下りると、おばばもぶっきらぼうに訊いてくる。


「どうやって侵入するつもりだい?」

「泥棒でおまわり呼んだのは誰だったかな?」


 シキが言っていなければ、あたしが正真正銘の天下の大泥棒・石川ゴエモンの末裔だってことは知らないはずだけど。


 逆手にとって、泥棒のカッコいいところを見せてやろうじゃないの!

 おばばだけにカッコいいところ見せられても、癪だからね。


 あたしはレンガの隙間につま先をひっかけ、ひょいっと塀の上にあがってみせる。

 上からニヤリと見下ろしてみれば、おばばが肩をすくめた。


「ふん、本当に猫みたいな娘だね」

「にゃあ♡」

「早くお行き!」


 あれま、怒られちゃった。

 おばばはすぐブーンッと正門のほうへ走っていく。


 しかし角を曲がった直後、急ブレーキの音が聴こえてきた。ズギャンッとした大きな音の直後、老婆のどこか演技がかった叫び声が響く。


「あたた……だれかぁ、助けておくれぇ~~‼」


 慌てておばばの元へ向かおうとするも……あたしはハッと気が付いた。


 これ、周囲の気を引くために、敢えて転んでくれたのでは?

 声の出し方が、あたしを騙してくれたときの声にひどく似ている。


 だって、おばばが曲がった角は正門がある方だ。警備の人もいるだろうし、老人が怪我して騒いでいるとなったら、中から他の人だって出てくるかもしれない。あんな大きな二輪車が横転……おばば、大した怪我してないといいけど。


「ありがとう、おばば」


 絶対に、おばばの想いに報いてみせるから!

 あたしは静かに、塀の内側に下りる。


 前のときと、特に変わった様子もない。見張りの兵士の場所も同様だ。

 あたしは茂みの中で、静かに目を閉じる。


 前回侵入したときは、どうやって宝の場所を探り当てたって?

 そんなの――薄皮一枚向こう側の声を聞いたに決まっているじゃないか!


 すると、やはり今晩も耳をすませば。


(やめて……わたしだけを愛して……)


 あのときと同じあやかしの声が聞こえてくる。

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