第39話 燃やしてやるんだから

 そもそも、あたしが『悪魔のルビー』を盗もうと思ったきっかけは、猫に頼まれたからだった。


(そなた、ぼくの声が聞こえるのだろう?)


 喫茶店が閉店したあと、ゴミ捨ての最中に出会った猫だった。

 裏路地には珍しい、真っ白なやつ。金持ちの家から逃げてきたのかと思っても、首輪もしてない猫だった。そんなきれいな子が、泣きそうな声で「にゃあにゃあ」頼んできたのだ。


(ぼくのルビーを助けてあげてほしい)


 なぜ猫の言葉がわかるのかなど、気にしてはいけない。

 あやかしが人間を乗っ取ることだってあるのだ。動物を乗っ取ったところで今更である。


 そして、何気なく喫茶店の上のカフェーに来た客に聞いてみれば。

 どうやら最近、三ツ橋家という大財閥の旦那が、特大のルビーを手に入れたということ。


 莫大な借金の肩代わりに、少々あくどい交渉で、手に入れた代物だということを聞いた。


 元から三ツ橋家は色々強引に成り上がったという話だったし……多少お灸を据える意味でも、元の持ち主に返してやってもいいかなって。その元の持ち主が誰だか、まだ調べられていなかったんだけどな。


 そう思って、石川ユリエ、一世一代の大勝負に出た結果――あやかしに襲われ、腹黒陰陽師に助けてもらい、なぜかそのうちの婚約者になるべく生活を送った次第になるわけで。


「ちょうどいい機会だったよね」


 それから、あのきれいな猫には会えていないけれど。

 ずっと頼まれたまんまで、罪悪感があったのだ。


 たぶん、あのルビーを取り返すことができたら、きっとまた会えると思うから。

 そのとき、元の持ち主のことを聞けばいいだろう。


『悪魔のルビー』なんて呼ばれていても、実際に見た赤い宝石は、情熱的なまでに綺麗だった。その美しさは、今晩も変わらない。


「相変わらず、おまえはきれいだなー」


 あのときと何も変わらない宝物庫で、あたしは再び同じ手法でルビーを手に入れる。


「ちょっと遅くなるけど……全部の用が済んだら、ちゃんと持ち主のところに返してやるからな」


 警察にシキの冤罪を撤回させて、その詫びとして三ツ橋からこのルビーを正式に貰い受けてやろう。きっとそうした交渉はシキが上手くやってくれそうな気がする。


 だけど、そうは問屋が卸さないのはどうしてだろう。


「ほんと、おまえは何が不満なんだ?」

「グガガガガガガァッ」


 やっぱり、あたしがルビーに触れようとすると、炎の化身が膨れ上がる。

 髪の毛が炎だとか熱くて大変そうだな、なんて的外れなことを考えながらも、息を吸うだけで喉が熱い。


「さぁて、今度は助けてくれる人が誰もいないぞ?」


 石川ゴエモンの末裔、石川ユリエ。たとえあやかしの声が聞けても、あやかしの祓うすべなんかてんで持たない。


 そんなあたしができることといえば……やっぱり、対話するしかないのだ。


「本当に話を聞いてくれよ。あたしはおまえを元の持ち主に返そうとしてあげてるんだぞ? おまえは帰りたくないのか?」

(嫌よ。あのひとのところに戻ったところで、どうせ他の女を抱くだけなんだもの)


 さすが、悪魔のルビーというだけあるな――なんて感想を抱く暇もなく。


 炎の化身がひと薙ぎしただけで、とっさに避けてもあたしの髪が一束燃えた。

 慌てて炎を叩き消しながらも、あたしは懸命に口を動かし続ける。


「じゃあ、おまえはどこに行きたいんだよ?」

(……行きたい場所?)


 お、これは脈ありか?

 あたしは両手を広げて、多少仰々しくも味方アピールをする。


「あぁ! あたしがどこにでも連れていってやる! こないだ月に帰った女もいたし、海に行きたいとか、山に行きたいとか……あたしの知り合いがな、自動車を持っているんだ。どこにだって行けるぞ! 自動車が嫌ならハーレーでもいい!」


 シキに頼むか、おばばに頼むか、その違いだけだ。

 二人とも、事情を話せば快く引き受けてくれるだろう。


(……わたし、謝りたいひとがいるの)

「ほう、どこにいるやつなんだ?)

(きっと、彼は今もあの屋敷に囚われているわ)

「じゃあ、そいつも纏めてあたしが連れ出してやるよ」


 その『彼』が人か物か、定かではないけれど。

 それでも、その願いを叶えてやるのが正義のヒーローってやつだろう?


 あたしが「来いよ」と手を差し出すと、彼女もまた手を伸ばしてくる。


 たとえ、その手が熱くても。

 あたしは表情を極力変えず、絶対に掴んだ手を離さなかった。


 すると、彼女が少しむくれたような気がする。


(ウソ吐いたら、あなたのこと燃やし尽してやるんだから)

「おー、こわっ」


 それでも、炎の女性はそっと己のルビーの飾りをあたしの首にかけてくれるから。

 たとえ周囲の炎が消えても、その首飾りはほんのりとあたたかかった。


「しかし……どいつもこいつも、肝心の相手や場所を教えてくれないってどういうことだ?」


 そう軽口を叩きながらも、ひとまず目的は完遂した。

 あとはこの屋敷を脱出して、警察に殴りこむだけだが……その前に、ちょっとこの手を冷やしたい。あやかしも加減してくれたのか、焼け焦げてたりはしないけど、全体的にヒリヒリするのは否めない。


 そんなときだった。しっかり閉めたはずの宝物庫の扉が勢いよく開かれる。

 そこにいたのは、警察の制服をかっちり着込んだ、ひとりの青年で。


 切れ長の瞳に、ぴっちり分けられた短い前髪。

 そんな生真面目そうな青年は「君の予想が、こんな形で当たってしまうとはな」と悲しそうに目を伏せてから――キッと鋭い視線で、あたしを捉えた。


「神妙にお縄につけ! この虎丸タイチが逮捕してくれる!」

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