第37話 ばかな男ね
あたしが目を見開けば、ネネ嬢が木盤を片付けながら言ってくる。
「そもそもが、元老の指示通りにわたくしと結婚をしていれば、元老をここまで怒らせることはなかったでしょう。だけど、婚約者をあなたに
たしかに、シキが言っていた。より強い素質の持つ子孫を作るために、当主はあらゆる女と子を作る義務があると。それなのに、女側が陰陽師でもなければ、掛け合わさったところで強くなるはずがないという計算なのだろう。
元からシキは元老から嫌われていたらしいけどね。けど、あたしがきっかけで、元老の堪忍の尾が切れたのだとしたら。
「ならば、その婚姻を邪魔するために一番簡単な方法は――あなたを始末することでしょう。暗殺者など、用意するのは意外と簡単ですからね」
「あたしの、身の安全のため……?」
「シキ様から、最近あなたの親戚筋について調べてもらいたいと頼まれましたの。仲のいい従兄がいるのでしょう? 俺になにかあった場合、あなた方だけでなく、彼も兎橋で面倒みてもらいたいと頼まれましたわ。……あなたが少しでも寂しくないように、ですかね?」
……なんだよ、それ。
知ってはいたけど……そんな勝手な話があるかよ。
一方的に、あたしを鶴御門家に引き込んでおいて。
都合が悪くなったら、トウヤまで巻き込んで……あたしのためだって?
「勝手な話だよな……」
シキがあたしを欲したのは、あくまであやかし探知能力が欲しくてって話だ。
……それでも、あたしはふと思ってしまう。
それは、こんな敵を作ってまで、欲しがることだったのか?
シキは一家の在り方を変えようとしているようだったけど……ネネ嬢だって、話せばわかる女性だ。むしろ、シキの考えをとても尊重しているからこそ、婚約破棄もあっさり受け入れたのだろう。
そんなネネ嬢が、いつになく人間らしい顔で笑った。
「そうね、ばかな男。結局、自分が一番恋に溺れているんじゃない」
恋とか、そんなこと言われたって、あたしにはよくわからない。
だけど、あたしのためだと言われてしまえば。
――ここで逃げたら、女がすたる。
「じゃあ、あたしがその宝石を盗んでくる。いくらお偉いさんからのウソのタレコミがあったからって、実際に今も三ツ橋家にあったことを警察に報告すれば……このまま裁判や処刑ってことにはならないよな?」
そうと決まれば話は早い。
石川ゴエモンの末裔の出番である。しかも一度、三ツ橋家への侵入は成功しているのだ。
場所も、建物の構造の把握も済んでいる。
ただ、時間的に今は真っ昼間。忍び込むには、やはり夜と相場も決まっている。
だから、それまでどうしようかと考え始めたときだった。
ネネ嬢がぼそりと呟く。
「わたくしの陰陽術を……信じてくれるの?」
「なぜ信じないと思ったの?」
「だって、今どき占星術とか
そういや、シキや学校のザマス先生が言ってたっけか。
かつては朝廷も頼りにしていたけれど、今はもう信憑性がなく、廃れているみたいなことを。
でも、あたしにとってはそもそもがそういう問題じゃないのだ。
「友達の言うことを、信じないほうがおかしいよね」
「ほんっと、あなたは軽々しくそういうことを!」
やっぱりネネ嬢がかわいいのはさておくと。
なぜか、マリアさんが袖を捲りだす。
「勝負服なら、マリアの出番ですね!」
「でも、今回あたしは館に忍びこむだけで――」
「戦装束は、士気に大きく関わるっていいマスよ!」
こういうとき、あたしは黒装束で全身固めていたのだけど。
あたしが着ていたボロは、そういやどこに行ったのかわからないし、ネネ嬢がそんな服を持っているわけがないだろう。かといって、今朝マリアさんに着せてもらった袴も多少足元がもたついてしまう。
「動きやすいので頼むね」
あたしが頼めば、マリアさんが「ガッテンしょーちのすけ!」と嬉しそうに叫んだ。
膝より短い袴なんて初めて見た。肌に張り付くズボンのようなものも履いているし、長いブーツも履いているから肌の露出もない。上も浴衣のような軽いものを用意してもらい、まるで天女にでもなったような気分だ。
「ユリエ様! マリアの人生で一番の力作ですっ!」
「たしかに、これは気分も上がるかも」
動きやすいし、かわいい。
ネネ嬢も着替えたあたしを見ては「悪くないわね」と目を見開いていた。
きっと、ネネ嬢も似合うと思う。落ち着いたら、ふたりで同じような恰好をして町を歩いてみたいものだ。どんな反応が返ってくるだろう。
「それじゃあ、行ってくるね」
そして、兎橋家の裏門に出る。とても悲しいかな、兎橋家にも元老派の人が少なからずいるということ。なので、大仰に馬車を用意したりできないと、ネネ嬢に謝られてしまった始末だ。
「何もできなくてごめんなさい。わたくしは他家に無断で乗り込んだとなったら、何かと――」
「いいっていいって。実際、ネネ嬢がいても足手まといになりかねないからさ」
「まあっ⁉」
失礼とばかりに睨まれるも、あたしは笑ってかわす。
建前半分……事実もあるからね。たとえ陰陽術に長けていたとしても、塀を乗り越えたり、屋根の上を走ったりは厳しいだろう? 合理主義なあたしなりの、適材適所というやつだ。
「ネネ嬢は、神様にでもあたしの無事を祈ってて」
「兎橋家の陰陽師として、しかと拝命いたしましたわ」
そうして、笑顔の二人に見送られて、いざ出陣――だったのだが。
ブゥゥンッ、という音は、まるで馬のいななきのよう。
だけど、どこか自動車に近い音が角から近づいてきては。
馬を思わせる大きな二輪駆動車があたしの前で止まった。
「これって、ハーレーってやつ?」
昔、従弟のトウヤに聞いたことがある。
自動車と一緒に、外国から来たカッコいい二輪駆動車があると。隣町に行ったときに飾られていたを見ながら説明してもらった記憶のものが、今、目の前にあった。トウヤ曰く、ハーレーは乗れてもせいぜい二人だから、家族みんなでも乗れそうな自動車のほうに興味を持ったんだって。
そんなトウヤとの思い出話はさておいて。
ライトの逆行で影しかわからないけど……それに乗るのは、小柄の女性。
「ほら、乗りな」
「おばば⁉」
声からしておばばだった。シキが連行されてから、ずっと悲しそうにしていたおばば。そういやマリアさんにお着替えさせられている最中から、いないなぁと思っていたのだけど。
ライトの光が絞られ、その顔がはっきりと見える。
うん、男性用の乗馬服のような恰好をしたおばばである。
これにはネネ嬢すらも驚いているけれど……マリアさんは「やっぱりカッコいいデス~」とご機嫌で。やっぱり、ということはマリアさんは知っていたらしい。
「え、おばばが、なんで?」
あたしがあんぐりと口を開いていると、ハーレーに跨った小柄なおばばが、顎をくいっと前に向ける。とても勇ましい。
「三十秒で腹を括りな。飛ばすよ」
そして、あたしは人生初めてハーレーに乗った。
おばばの腰をしっかりと掴んで。
すると、ハーレーがブゥゥンッ、ブゥゥンッ、とエンジンを鳴らし、走り始める。
うん、夜風を肌で裂いていく感覚はとても気持ちいい。正直、自動車よりも好きなまである。
だとしても……馬車より目立っているのは気のせいかな?
「……これもシキの私物?」
なので、あたしが現実逃避に走り出すと、おばばは短く答えた。
「アタシの趣味さ」
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