第4話 お巡りさん、こいつだよ~!

 義賊として泥棒行為はしようとも、この身体は未だ清きものである。


 い、いくら弱みを握られていようとも、魂までは売ってたまるか!


 ドキドキしながらも、あたしはチラリとシキを見る。

 部屋の隅で胡坐を掻いたやつは、すでにシャツのぼたんを半分ほど開けていた。細身ながらも胸板はそれなりに厚そうで。隙間に入った銀の髪もまた何とも言えない色香を放っている。よ、よく見れば目の色もかなり薄いようだ。近くで見たら、琥珀のように光ったりするのかな……。


「もしや、布団の敷き方がわからないとは言わないな?」

「そ、そのくらいできらぁ」


 くそぉ、あたしは何を考えているんだ⁉

 テキパキと、あたしはあっという間に布団を二組敷き終えた。


 もちろん、部屋の隅と隅に。

 距離を思いっきり放して、無駄にきれいに敷いてやった。


「お、終わりましたけど……」

「ん、ご苦労」


 すると、シキは欠伸交じりに一組の布団に入る。

 ものの数秒で、すぅすぅとした寝息が聴こえてきた。


 あたしはドッとため息を吐く。


 乙女の緊張を返しやがれ~~!


 ここで逃げてやろうかなと思うけど、なんだか今のでどっと疲れてしまった。

 あたしは自分が敷いたもう一組の布団の上に座る。


 本当にフカフカの布団だ。毛布もなんだかいい匂いがする。


「ま、とりあえず休んでからにするか……」


 あたしはこの屋敷に着いたときのことを思いだした。使用人ですらあんな人数起きていたのだ。チラホラと護衛らしき男たちもいたし、夜間の警備も潤沢だろう。だったら、しっかり体力気力ともに英気を養ってから逃げたほうが得策ってなもんだ。


 あたしも身体を横たえると、睡魔はすぐに訪れる。

 こんな気持ちのいい布団は、何年振りだろう……。



 久々に、じっちゃんの夢を見た。

 田舎でひっそりと暮らしていたじっちゃん。いきなり大都会の名家に嫁いだはずの娘が、子供と旦那を連れて帰ってきたときは、さぞ驚いただろう。


 しかも、娘は毎日華やかな生活を忘れられずに嘆いてばかり。

 さらに、旦那は酒と女に溺れて、借金だけを残して消える始末。


 ――あの子のおかあさん、全然働かないんだって。

 ――お父さんも、いつも酔っぱらって暴れているんだろう?

 ――お嬢様っていうわりに、いつも古い服ばかり着ているよな。

 ――せっかく遊ぼうって誘ったのに、今日もお稽古なんだって。

 ――また高い食器を買ったと自慢されたけど、どこにそんなお金があるんだかねぇ……。


 そりゃあ、母親が華族かぶれて一切働かず、お高く留まっているんだ。娘のあたしだって稀有な目で見られるに決まっている。


 実質、齢五歳の孫娘であるあたしを育ててくれたのはじっちゃんだった。

 飲んだくれの父親はさておいて、母親があたしの面倒をみるのは『お稽古』のときのみ。華道。茶道。お習字。お琴。お裁縫。もちろん、専門の師匠なんてこんな田舎にいるはずがないから、全部母親が師範代わりだ。


『まだこんなこともできないの⁉ そんなんじゃ、帝都の坊ちゃんに見初められるなんて夢のまた夢よ!』


 あたしは、帝都に戻りたいなんて思ったこともないのに。

 戻りたいのは、母親だ。昔の栄光を忘れられなくて、あたしを利用して再び帝都に戻ろうと画策しているらしい。


 だから、あたしは学校でも気取った母親のみすぼらしい娘として疎まれて。

 当然、友達なんてまともにできなくて。


 その日も泣いて帰っていたある日、いつも農作業ばかりしているじっちゃんに手招きされた。じっちゃんもわがままで横暴な母親を制御できず、片身狭く、離れの納屋で生活を強いられている。


 そんなじっちゃんが、こっそり教えてくれた。


『実は、ユリエは天下の大泥棒の遠い子孫なんだよ』


 それから、じっちゃんは事あるごとにたくさん話してくれたんだ。


 石川ゴエモンという天下の大泥棒が、いかに多くの人を救ってきたのか。

 弱きを助け強きをくじく。

 彼なりの美学で、どれだけ多くの人に希望を与えてきたのか。


 いつも母親に怒られてばかりで大人しいじっちゃんが、このときばかりは目をキラキラさせて、数多くの英雄譚を毎日聞かせてくれた。


 だから、あたしが『石川ゴエモン』に憧れを抱くようになったのも、必然だったと思う。


『あたしもゴエモンみたいなヒーローになれるかな?』


 そのときのじっちゃんの嬉しそうな顔を、あたしはずっと覚えている。


『あぁ、きっとなれるさ』

 


 気が付くと、目の前には見知らぬ天井があった。


 ……そういや、変な男の屋敷で寝たんだっけな。

 遠く離れた布団を見やれば、もうそこに人の姿はない。


「あいつ、もう起きたのか?」


 陽はすっかり昇り切っていた。どうやらあたしはひとり寝過ごしたらしい。


「我ながら驚きの胆力だな。さすが石川ゴエモンの血を引くだけある」


 布団の上で自画自賛していると、あたしの腹の虫がぐ~っと鳴く。

 そういや、まる一日まともな食事をとっていなかったな……。


 恋人やら婚約者云々はともかく、主に招かれた客なのは間違いない。すなわち一食くらいご相伴に預かれてもおかしくない身分のはずである。


 部屋を出てみると、使用人さんたちが忙しそうに家事をこなしていた。あたしを見て一瞬目を見開いたのち、そそくさと忙しそうにその場を去っていくけれど。


「むしろ、このまま堂々と屋敷から出れたりする?」


 逃げられ、目を逸らされたりはするけれど、かえって好都合なのではないか。

 そう考えながら歩いていると、ふと美味しそうな匂いが漂ってくる。


 ちょうど昼食時なのだろう。ふすまが開かれた部屋を覗いてみたら、これみよがしに一食の食事が置かれていた。ご親切に『お客様用』とのメモが添えられた御膳である。


 白米に汁物に漬物、茶わん蒸し。メインは天麩羅で、刺身までついている。

 昼間っからこんな贅沢なものが食べられるなんて……名家さまさまだなぁ。


 思わず垂れそうになった涎を拭い、あたしはキョロキョロとまわりを見渡す。相変わらず使用人らが目を逸らしてくるけど、決して「入るな」「食べるな」とは言ってこない。


 ……つまり、これはあたし用でいいんだよね?


 そう、ありがたく部屋に入り、「いただきます」と両手を合わせてから天麩羅をいただいた。


 揚げたてのサックサクだ。それなのに白身魚のホクホク感はしっかりと保ちつつ、備え付けられた塩もほのかな甘みを感じる。塩まで高いもの使ってるんだなー金持ちめ。


 そのときだった。途端、背後のふすまが開かれる。

 そこには、とても黒い顔をした『おばば』がにたりと笑っている。


「かかったね……この泥棒猫が」


 あたしが何か言うよりも早く、おばばがけたたましい声で叫び出す。


「お巡りさん、こいつ、こいつだよおおおおお!」


 叫び声に引き寄せられるようにドタドタと集まってくる警官たち。


 ……もしかして、あたし、終わった?


 最後にお刺身だけ、思いっきり口の中に詰め込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る