第2話 俺様の肩を揉め
は? あたしが、こいつの恋人だって……?
さすがのあたしも、その暴言は聞き捨てならなかった。
「な、何を言ってるんだ! あたしは――」
「こーら。いくら俺が心配だからって、こんな場所まで来たら危ないだろう。現に、三ツ橋の旦那様にまで心配をかけている」
叱りたいのはこっちだ。あたしの額を指でツーンと突っつくな! しかも三ツ橋の旦那は気づいてなさそうだが……けっこう痛い、痛いぞ!
「ほら、『ごめんなさい』は?」
「はあ?」
さらに、シキという銀髪野郎はニコニコ笑顔のまま、あたしの足まで踏んできやがった。
この暴力男め! 絶対に言うことなんか聞いてやるかと顔を背けると、今度は耳打ちしてきやがった。……とても低い声音で。
「このまま警察に突き出してやってもいいんだぞ?」
……天下の大泥棒、石川ユリエの時代も、もう終わり?
三百年前、捕まった石川ゴエモンは京の河原で釜茹での刑に処されたという。しかも三十人ほどの一族郎党大人も生まれて間もない赤子まで見せしめに極刑にされたのだとか。
ま、かろうじて逃げ延びた生き残りがいたから、今ここにあたしがいるのだろうが。
一時の恥で、釜茹でから逃れられるなら得である。あたしは合理主義者なのだ。
「ご、ごめんなさい……」
すると、三ツ橋の旦那が盛大に笑い出した。
「はっはっは。かの
「ひっそり愛を深めていたのです。ですが、これも家に紹介するいい機会かもしれませんね。このまま連れ帰ることにします」
はああああああああ?
ただでさえ恋人ってなんぞやと思っていたのに、このまま連れ帰るだって?
てやんでえ。このあたしを慰み者にしようなんざ、タダじゃおかねぇぞ!
だけど、ここで暴れるのは悪手だ。実際、シキに腰に手を回され宝物庫から連れ出されると、屋敷の庭中に警官が数えきれないほど配備されていた。
……逃げるにしても、ここを出てからだな。
お巡りからの険しい視線の中でも、シキの野郎は平然とあたしの腰を抱いたまま進む。しかも三ツ橋の旦那との会話も続けたままだ。
「今回あやかしには逃げられてしまいましたが、『悪魔のルビー』に傷一つございませんので。また何かありましたらご連絡ください」
「いやあ、しかし予告状を出してきた泥棒が本当にあやかし使いだったとは……面倒な時代になりましたなあ」
「そのために我ら陰陽師がいるのです。これからも鶴御門家をどうぞご贔屓に」
そのときだった。生真面目そうな若い警官が敬礼してくる。
「そちらの娘は我らが保護します」
「いや、俺のいい人なんだ。紛らわしくてすまないね」
なあ、シキさん。
お巡りから「仕事に女を同伴させるなんて」なんて舌打ちされてるけど?
そんなことしている間に、馬車が待機している門に到着してしまう。
「それでは、謝礼はこちらにて」
「お心遣い感謝いたします」
何やらたんまりと金が包まれてそうな小包を受け取っているが……あれを盗んで、ここから逃げ出してやりてえ。
逃げ出そうとも、こうもたくさんの警官に敬礼されている状態じゃ……。
ちくしょー!
泣く泣く馬車の奥に乗せられると、当然シキもあとから乗ってくる。
馬車の扉が閉められた途端、「ふう」と嘆息したシキが詰襟を外した。
「おいお前、俺様の肩を揉め」
「はあああああああ?」
俺様だあ? 肩を揉めだあ?
さっきまでのにこやか好青年はどこに行ったよ、オイ!
しかし、大口開けたあたしの口を、シキが手袋をはめたままの手で塞いでくる。
「変な声を出すな。御者に聞かれたらどうする」
そんな顔を近づけて「シッ」とされても、黙って言うこと聞いてたまるかよ!
あたしが思いっきり手を噛んでやれば、シキは眉をしかめて手を離す。痛みよりもよだれで汚れた手袋が気になるようだが……知ったことか。
「変なことを言い出したのはおまえだ! どうしてこのあたしがおまえの肩を揉んでやらなきゃならないんだっ! しかも、あたしがおまえの婚約者なんてどういうことだよ⁉」
「俺様が命の恩人だからだ」
一言であたしを論破したシキが鼻で笑ってくる。
「しかし、まさか本当にコソ泥がいるとは思わなかった。面倒を増やしやがって。結婚の縁談避けくらいの役に立ってもらっても罰は当たらんだろう?」
「縁談避けって……」
金持ちあるあるな話がでてきたが、だからといってお家騒動的なのに巻き込まれるのは勘弁である。しかも、こいつの話にはさらに謎なこともあるのだ。
「そもそも、あたしゃ予告状なんて送ってないぞ?」
「そりゃそうだろう。送ったのは俺だからな」
「…………はあ?」
わたしが疑問符をあげていると、シキは手袋を付け替え始めた。
予備の手袋を持ち歩いているなんて、こいつ潔癖症か?
たしかにそうと言われても納得してしまいそうな繊細な顔立ちをしているが……話すことは実に神経の図太い内容だ。
「陰陽師も最近財政難だ。最近ウンとあやかしの数も減っているからな。金持ち相手に『オタクにあやかしがいますよ~』といきなり言っても信じてもらえないから、適当にあやかしを使役する泥棒のふりして予告状を捏造するんだ。あやかし云々はともかく、泥棒の被害は最近この帝都でも増えているからな。護衛役として陰陽師も呼ばれて、金になるって戦法だ」
その泥棒被害、もしかしてあたしも絡んでいたりする?
この帝都に来て、まだ半年足らずだが……今日みたく盗みに入った件数は片手で数えきれない程度ある。今日はおかしなことが重なり不運に終わったが、本来ならあたしもけっこう優秀なのだ。
手袋をはめ終えたシキがあたしを見て鼻で笑う。
「あやかしなんて、普通の人は見ることもできん。なんにも出なかったら適当に祓ったってことにしておけばいいし、本当に出たら今日みたく働けばいい……まさか本当にコソ泥とかち合うとは思わなかったが――」
まさか、あたしの名声がこんなやつに悪用されるなんて!
「腹黒! おまえめちゃくちゃ腹黒いぞ⁉」
「はっはー。商才に長けていると言えよ、コソ泥ォ」
詰め寄るあたしをよそに、シキはとてもとても楽しそうに自身の肩に触れる。
「ほら、俺様の天才的な商売能力のおかげで、お前は命も牢屋行きからも逃れられたんだぞ。俺の恋人のフリして、肩の一つや二つ揉んでも罰は当たらんと思うがなァ」
「く、くそぉ~」
あたしはこれでも平等主義者だ。受けた恩義は必ず返す主義である。
なので、嫌々ながらにシキの隣に座り、その肩を揉み始める。
「ほら、もっと感謝の心を指先に込めろ。別にこのまま警察に突き出してやってもいいんだぜ? 巷で噂も聞いたことがない女泥棒さん?」
「ちくしょー!」
そんなこんなしている間に、馬車の揺れが止まる。
「若当主様、着きました」
「ん、ご苦労」
外から声がかかる途端、急にシキは表情を引き締めて。
あっさりと襟を戻したシキは先に馬車を降りていく。そしてまたあの好青年スマイルで、あたしに手を差し出してくるのだ。
「どうかあなたの御手に触れる名誉を」
う、うぜえ~~‼
あたしはその手を思いっきり叩いてやろうとするも……なんでここにも、またこんなに人がいるんだ⁉
今度は警官の制服ではなく、昔ながらの和装の人々だ。もう夜更けの遅い時間だというのに、総勢二十名程度が一斉に頭を下げてくる。
『お帰りなさいませ、ご当主様』
「皆の者、ご苦労」
そんな人たちに、シキは偉そうに労うだけ。
しかも……なんだ、ここ。すんげえ豪邸だな。さっきの三ツ橋の邸宅は最近流行りの外国様式を取り入れた洋館だったが、ここは昔ながらの平屋である。だけど、帝都の中心からあまり離れていないにも関わらず庭が無駄にでかい。敷地内には屋根がいくつ連なっているのだろうか数えきれない。
「おまえ一体何者なんだよ?」
「ハッ、知らずしてついてきたのか?」
小さく嘲笑したシキが、ようやくあたしの手を離した。
そして恭しく、外国人のように仰々しい挨拶をしてくる。
「陰陽師の総本山、鶴御門家当主、鶴御門シキだ――これからどうぞよろしく、俺の恋人殿」
「その
その直後だった。奥からズカズカといい着物を着た小さいお婆さんが歩いてくる。
あたしはそのお婆さんに無理やりシキから引き剥がされて。
――パシンッ!
いきなり、頬に痛みが走る。どうやらビンタされたらしい。
「シキ様の身体に触れるとは何様のつもりか⁉」
……こいつの目は節穴か?
ずっとあたしに触れていたのはシキのほうだ。
気が付けばあたしも反射的に、お婆さんをぶち返していた。
あたしはなんたって道徳主義者。やられたらやり返す主義なのだ。
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