大正の泥棒娘は悪役陰陽師の(偽)婚約者になりました。
ゆいレギナ
1章 捕まったのは、美形陰陽師でした。
第1話 彼女は俺の恋人です
あたしは今日もヒーローになる。
窓からの月明り以外、光源は何もない。あたし自身も黒装束を身に纏っているし、自慢の長髪もしっかり編み込んである。
だけど目的の獲物は、たしかに目の前にあった。
豪邸の宝物庫の中でも、特別透明度の高い硝子のケースに入れられた真っ赤な宝石の首飾りは、月光を浴びてより妖艶な光を讃えている。
すんげえ豪商って聞いていたからビビってたけど、あんがい大したことなかったな。
聞いたところによると、これは大財閥当主・三ツ橋ダイキチが、騙し討ちのようなあくどい方法で手に入れた逸品なのだという。
そんなの、盗まれたやつも、この宝石自身も、可哀想だろう?
そこで、あたしの出番だ!
あたしは用意していた布を広げてから、小刀の柄で硝子を割る。この布は音を少しでも消す目的だ。じっちゃんが教えてくれた技を活用して、あたしは今日も静かに『悪魔のルビー』を手に入れようとしたときだった。
突如、ルビーから炎が膨れ上がり、人の形を形成する。
これは……俗にいうあやかしっていうやつだね?
あやかしは、一般的に『妖怪』なんて呼ばれることが多いのだろうか。具体的には少し違う存在なのだとじっちゃんが言っていた。まあ、通常の人間はあまりお目にかからない、薄皮一枚向こう側の存在には違いない。
あたしは、そんな日頃お会いしない相手に「まあまあ」と両掌を向けた。
「悪いようにしないからさ。ちょいと話し合いを――」
だけど炎の化身は、会話する気ゼロで、燃え盛るかぎ爪をあたしに振り下ろしてきて。
とっさに避けるも、炎の化身の雄叫びをあげる。
「ゴオォォォォォッ」
「話せばわかりあえるってばあ!」
あたしの必死の説得もよそに、炎のあやかしはすぐに第二派を放ってきた。
口から吐きだされた火球に、今度こそあたしに逃げ場はなく――
「コソ泥が、命拾いしたな」
鈴の音がした途端、私の前で長い銀髪が尾のようになびいていた。
長身痩躯の袖なしコートを着た洋装の美青年が、掲げた手で火球を握り潰す。そしてすぐに片指で格子を切りながら九つの単語を紡いだ。
「破ッ‼」
掛け声とともに伸ばした指先から、光の陣が放たれる。しかし、炎の化身は醜い金切り声をあげながら天井を突き破り、空へと昇って行ってしまった。
お月様が、きれいだなあ……。
ということで、あたしはそっと踵を返す。
だって、いかに高い志があろうとも、やっていること自体は泥棒行為だ。あたしの憧れの大先輩も、よくよく誤解されたという。なので、あたしも余計な揉め事を起こさないために、この場からの逃亡を試みる。これでも平和主義者なのだ。
それなのに、澄ました顔の銀髪野郎が、あたしの後ろ襟首を掴んできた。
「待て、コソ泥」
「だ……誰がコソ泥だ。聞いて驚けっ!」
だけど、コソ泥呼ばわりは聞き捨てられるかっ!
あたしはやつの手をバッと払い、腰を低く構えてみせる。
そして、声高々に名乗りを上げてやるのだ。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。一見ただの十六歳美少女なれど、その正体は天下の大泥棒、石川ゴエモンの末裔――石川ユリエ様とはあたしのことだあっ!」
「聞いたことないな」
しかしこの男、あたしの決め台詞を一蹴するどころか、「いつの時代の口上だよ」と耳をほじる始末。さすがに、あたしも呆気にとられてたじろいでしまう。
「て、天下の大泥棒だぞ? まさか、石川ゴエモンを知らないとは言わないよな……?」
「それは知っている。かつて豊臣秀吉が処刑を命じたという大悪党の名前だな」
「違う! 石川ゴエモンは民衆のヒーローだっ!」
「義賊として人気があったとの話もあるが……もう三百年以上前のことだろう。この大正になっても、模倣する馬鹿がいるとは驚きだな。まぁ、女なら都合もいい」
「えっ?」
いきなり、あたしの髪がほどかれる。
しかも、その男はあたしをぎゅっと抱きしめてきて。
品の良い香の匂いに驚いていたときだった。
外からバタバタと複数人が近づいてくる足音に、あたしの背筋が凍る。
案の定、この屋敷の大旦那こと、三ツ橋ダイキチが駆け込んできたのだから。
でっぷりとした如何にも酒と女が好きそうな金持ちオッサンだ。ふぅふぅと呼吸を苦しそうにしながらも、やたらテカテカしたハンカチーフで額の脂汗を拭いている。
そんなオッサンが入り口で足を止める。
「シキ殿、お怪我はございませんか⁉」
「おかげさまでこの通り」
途端、シキと呼ばれた銀髪野郎は今までと打って変わり、清々しいまでの好青年スマイルを浮かべている。誰だ、こいつ。二面相がすぎるだろうがよぉ。
だけど、こんな変人に付き合っている暇はない。急いで彼から離れようとするも、柔和な表情に打って変わって、あたしを抱きしめる力が強い。
せめてもの抵抗でずっと俯き、存在感を薄くしても……とうとう三ツ橋の大旦那の視線が、あたしに向けられてしまった。
「してシキ殿、その娘は……」
「失礼しました。彼女は俺の恋人です」
その銀髪野郎は、やっぱり爽やかすぎる笑顔で言いのける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます