第12話 何に対する謝罪ですの?
元従業員のよしみで、アイスクリームを持ち帰らせてもらった。
『アテネ』のアイスはもちろん食べたことあるけれど、馬車の中で食べるのはなかなか新鮮だ。
シキはアイスコーヒーを飲みながら訊いてくる。
「それでも、ユリエがあんな場所で働いていたとは……よく働けていましたね」
「……どういう意味だあ、おい」
「あの店は俺もたまに利用しているのですが、どちらかと言えば気品のある店でしょう?」
はーん。つまりあれか。
あたしの口調や素行が釣り合ってないと言いたいわけだな?
だけど、これでもあたしは現場第一主義者なのだ。やるときゃやる女なのである。
「あたしだってなあ、ちゃんと相手見て喋ってんだよ。現に、マリアさんに対してはけっこう丁寧だろう?」
「つまり、俺には甘えていると」
「どうしてそうなる?」
思わずアイスを運ぶスプーンの軌道がズレて、口のまわりが汚れてしまう。
それを、シキが「仕方ないな」とどこか楽しそうにグローブを嵌めた手で拭ってくれた。
……でも、あたしは知ってる。
どうせそのグローブ、屋敷に戻ったら捨てるんだろう?
無駄すぎる一連の行動をジト目で睨んでいると、対面のネネ嬢がもっと険しく眉間にしわを寄せていた。
「わたくしの前でイチャつかないでもらえます?」
「これのどこがイチャついているのさ⁉」
むしろ、この険悪な会話から、この関係がウソだと見破ってほしいものだ。
そして、ぜひ『なに馬鹿な芝居をしているんですの⁉』と罵ってもらいたい。
そうじゃないと……さすがに罪悪感で胸が苦しい。
「……本当に、ごめんね」
「何に対する謝罪ですの?」
「それは……」
シキに目配せすれば、その絶対零度の微笑が「絶対に言うんじゃねーぞ」と告げていた。
ほんと、おまえはどうして平然としていられるんだと思いながらも、あたしが口を噤んでいれば。ネネ嬢が「ふん」と鼻を鳴らしてくる。
「まったく、辛気臭い顔をしないでくださいまし。せっかくのアイスクリームが美味しくなくなってしまいますわ」
そのとき、馬車が止まる。
いつもの屋敷じゃないけど、ここもけっこう大きなお屋敷だ。
表札を探してみると、そこには『兎橋』と書かれている。
「それでは、送ってくださりありがとうございました」
「こちらこそ、今日は本当に助かりました」
「また御用の際は何なりとお申し付けくださいませ」
うわぁ、なんて他人行儀な会話……。
呆れるあたしをよそに、馬車を降りてきれいな一礼をしたネネ嬢を残して。
馬車が、再び走り始める。
馬車の中には、ネネ嬢のほとんど手つかずのアイスクリームが残っている。
それはさておき、急遽今晩のパーティーである。
鶴御門家の屋敷に戻り、用事を終えていたマリアさんに事情を話せば「ぜひお任せを!」とルンルンとドレスを用意してくれた。
そう――正真正銘のバッスルドレスってやつである。おしりの部分が膨らむような特別な下穿きまではかされて、常に腹筋に力を入れてないとへっぴり腰になってしまう。
もちろん、白粉や紅はよりくっきりと。洋風の束髪に大きな花飾りまで付けられてしまった。
「どうですか、ご主人サマ!」
「あぁ、悪くないな」
マリアさんからの問いかけに、シキはどうでもよさそうに答えて。
……どうせなら、もっと褒めてくれてもいいじゃんかよ。マリアさん頑張ったんだし。
だけど、当のマリアさんはすごく嬉しそうな顔をしていたから。
あたしはそそくさと馬車に乗ることしかできなくて。
肝心のシキも、いつもは和洋合わせたような服装をしているが、今日は黒い燕尾服を着ている。……より銀髪と似合って美青年ぶりが増している気がするが、あたしから褒めるなんて癪である。
思わずジッと観察していたあたしに、シキが「どうした?」と口角をあげてくる。
あたしは適当に他の話題を提供した。
「そーいや、お金持ちのくせにどうして未だ馬車なんだ?」
「金持ちだから馬車を維持できるんだろう」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ」
もちろん、馬車なんて乗れるのは金持ちだけ。庶民にとっては人力車も、また最近出始めた速度も遅いわ、雨にも濡れる乗合車もとても高額な代物だ。
「車も一台所有しているが、『鶴御門家』として出かける場合は馬車一択だな。伝統と風格をとても大事にしていらっしゃる元老どもからのお達しってやつだ」
「めっちゃ不服そうだな」
所々嫌みな言い回しに突っ込んでみれば、シキが子供のようにむくれた顔をする。
「俺様の唯一の趣味が運転なんだよ」
「へえ、じゃあ今度乗せてくれよ」
正直、あたしは自動車というものに乗ったことがない。
頑張れば馬より早く走るというじゃないか。そんな興味本位で言った何気ない言葉に……どうしてシキのやつは、こんなに驚いた顔をするのだろう。
「なんだ、あたし変なこと言ったか?」
「いや、俺様の気が向いたらな」
小さく笑ったシキが、鼻歌まで歌い出したから。
なんだか馬鹿にされているようで、今度はあたしは口を尖らせるほかなかった。
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