第13話 言葉の裏をとるな
「ようこそお越しくださいました」
この
出来た当初は海外からの国賓の接待や国内行事に使われていたらしい。だけど現在はお金さえ払えばだれでも使える会館の一つとして、下げ渡されることになった。……実際、その借用費用がバカ高いらしいので、華族のみが使用しているそうだが。
だけど、華やかな舞踏会会場として、淑女の憧れには違いない場所だ。
天井にぶら下がるキラキラした灯りはまるで宝石の結晶のようだし、集まる女性陣もみんな華やかなドレスを着て、まるで花畑のようだ。
外国かぶれ。日本の心を忘れた売国奴。
そう宣う輩もいるにはいるそうだが、あたしは特別興味はない。
集まった人々がみんな楽しめれば、それでいいのではなかろうか。
……そう、みんなが楽しめれば。
「やっぱりあたし、場違いじゃないか?」
「同じような台詞を数日前にも聞いたな」
「あたしは掘りごたつで食べられる牛鍋屋が好きだな」
「寿司屋は座敷だぞ」
「屋台で食べてみたいなー」
一応声を潜めながら、シキと無表情でそんなことを話していたときだった。
「あなた方、何を品のない話をしてますの」
そう声をかけてくるのは、目が眩むほどまばゆい令嬢だった。
昼間とうって代わり、紅色が引き立つバッスルドレスを華麗に着こなし、頭に大きなリボンを着けていようとも、決して幼くは見えない。
そんな可愛さと気品をしっかり両立させている魅惑の令嬢の名は、さすがのあたしも二度と忘れることができないだろう。兎橋ネネ嬢である。
この場の誰よりも美しい、まさに芸術品のような彼女にあたしは見惚れてしまった。
「やっぱりネネ嬢はきれいだなー!」
「……まっすぐ褒めていただけるのは大変ありがたいのですが、『嬢呼び』はやめなさいと言いましたでしょう」
あらら、顔を赤くして……ネネ嬢は照れてしまったらしい。
ちょっとかわいいな。あたしがもっと褒めてやろうとしたときだった。
隣のシキがあたしに耳打ちしてくる。
「お前もネネも大差ないだろう」
「ほんと、おまえはひどい男だな」
さすがは、こんな素敵な婚約者を捨てようとしている男である。
だけど、あたしの返答にシキのやつが珍しく困った顔をしているのはどうしてだ?
そして周りを見渡してみれば……答えは明白だった。
どうやら、周囲の人たちもあたしたちに注目しているようである。
貴婦人らはレースの扇子の向こうで、コソコソ何を言っているのやら。
そりゃあ、シキとネネ嬢という美男美女が目を引くことは言うまでもない。
でも、その中に挟まれているのが、あたしじゃあ、な……。
「やっぱり、あたし場違いだよな……」
「たまに思うが、ユリエはときにばかですよね」
「なっ⁉」
ひでえ。とうとうこいつ、ひと目を憚らず罵ってきやがった。
それにネネ嬢までも「同意ですわね」とクスクス笑っていて。
思わず大声で反論してやろうと口を大きく開けば。
とっさにあたしの口をグローブを嵌めた手で塞いできたシキが顔を近づけてくる。
「せっかく俺様が褒めてやっているのに、言葉の裏をとるのはやめろ」
「は?」
……おまえが、あたしを褒めているだと?
手を離したシキが、いつも通り予備のグローブに嵌め変えているのをパチパチと眺めていると。また別の人物が揚々と近づいてくる。
「よくぞいらっしゃいました。鶴御門殿、そしてユリエさん!」
両手を広げて声をかけてくるのは、昼にあたしが助けたオジサマだ。
相変わらず金ぴかの腕時計をしているが、昼間よりスカーフを巻いたりとより洒落た格好をしているようである。
「こちらこそ、こんな素敵な場所にお招きありがとうございます」
シキが慣れた様子で余所行き笑顔を繰り広げる。
すげえ、その笑みで、男性もうっとりしているだと?
だけど、あたしの腰を押す手は「てめえも挨拶しやがれ」と容赦なく命令してきて。
まじかよ、こんな場所での挨拶なんて、まともにしたことないけれど。
なぜか、耳の奥にシキの声が残っている。
『悪くないな』
『お前もネネも大差ないだろう』
これが、シキなりの誉め言葉というならば。
その言葉を、裏切るのも癪に障る。
――ええい、ままよ!
「この度は素敵な招待、誠に感謝しておりますわ」
あたしは意を決して、前に出る。
「改めまして、
そして微笑を作り、
主催のオジサマも、まわりの客人たちも。
あげくにネネ嬢やシキまで、みんな目を見開いていて。
あたしもマリアさんに用意してもらっていた扇子を取り出し、その陰でほくそ笑んでみせる。
どうだ。
遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。
石川ゴエモンの末裔、石川ユリエ様を舐めるんじゃねえ。
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