第14話 あなたは誘ってくださらないの?
あたしが扇子の奥でひとり勝ち誇っていると、シキとネネ嬢がコソコソと話していた。
「一日でそこまで教えたのか?」
「いえ……わたくしではありませんわ」
さいっこーにきもちいいなーっ!
こんなことなら、怖気づいてないでとっとと見せてやればよかった。
そうホクホクしていると、管弦の優雅な音楽が流れ始めた。
「ユリエさんは、ダンスは踊れますかな?」
主催のオジサマが、仰々しい所作であたしに手を差し出してくる。
これは……紛れもなく、あたしがお誘いを受けているんだよな。
そこで、あたしはふと閃いてしまう。
さっきの挨拶だけでもシキを十分にぎゃふんと言わせてやれたと思うが、どうせならもっと驚く顔を見てやりたい。今までの仕返しだ。これでもあたしはやられたら倍返し主義者なのだ。
あたしはレースの扇でシキの頬を横になぞる。
「あなたは誘ってくださらないの?」
すると、シキが撫でた頬を赤く染めるから、この所作の意味も知っているのだろう。
どうやら貴婦人らの間では、特定の所作に意味を込めるのが流行っているらしい。
今やった動作の意味は『あなたを愛している』。
これでも(偽)恋人なのだから、他の人にバレたって問題ないだろう?
「踊れるのか?」
「あなたがきちんとエスコートしてくださるのなら」
あたしがしな垂れかかるように上目遣いで見やれば、小さく噴き出した声が聞こえた。
「ハッ、調子に乗りやがって」
そして、シキが包み隠さず彼らしく笑えば。
「男爵、申し訳ございませんが……彼女は俺のモノですので」
さっとあたしの手を取り、ホールの真ん中へと踊り出る。
だけどふと思い出すのは、シキのアレルギー問題だ。
「誘ったあとであれだけど、おまえこそダンスは大丈夫なのか?」
「馬鹿にするな。グローブはあと三セット用意している」
「流石ですこと」
あたしは小さく笑って、また優雅に
そして、構えるパートナーの手をとれば……いざ、ダンスの始まりだ。
正直、まともに男性と踊ったのは初めてだった。
だけど、シキのエスコートが思いのほか丁寧だから、結構なんとかなりそうだな。
あたしが内心ほっとしていると、シキが小声で言ってくる。
「俺様に感謝しろよ?」
「なんでだよ」
「男爵へのお前の挨拶、あれじゃあ吉原の女と勘違いされても仕方ないぞ」
「へ?」
吉原の女って、あれだろ?
花魁とか、男を楽しませることに特化した女たちのことのはず。
別にその職業を軽蔑するつもりもないが、あたしは女をウリに石川ゴエモンを目指しているわけではない。
……つまり、シキたちがあたしに驚いていたのは、関心したわけではなかったってこと⁉
あたしが踊りながらガックシ肩を落としていると、鼻で笑ったシキが尋ねてくる。
「礼代わりに、ただのコソ泥がどうしてこんなことできるか、尋ねても構わんな?」
「こんなことって?」
「踊りもお辞儀も……多少言葉選びを間違えたとて、一朝一夕じゃできない代物だろう」
……なんだ、多少は見直してくれていたのか。
そのことに安堵しつつも、あたしはそっと視線を逸らす。
「そりゃあ、石川ゴエモンの子孫だから……じゃ、納得しないよね」
踊りの最中も、シキはあたしを思いっきり大きく逸らしたり、当然接触の増える派手なことをしようとはしない。
だからゆっくりステップを合わせながら、あたしも世間話のように話してやる。
「あたし、これでも華族の出身でもあるんだよね。没落したけど」
そのことを、シキは笑うわけでもなく、驚くわけでもなく。
関心のないような顔をしながら「それで?」と先を促してくる。
だから、あたしも話しやすかった。
「父方が地方の狭い範囲をまとめるお家だったんだけど。十年くらい前の重税に耐え切れず、取り潰しにあっちゃって。資産も全部奪われて、仕方なしに母方の実家に親子で頼ることにしたんだ。母方の実家っていっても、ただの寂れた農村なんだけどさ。あたしの母親、その美貌と成り上がり根性だけで、父親を口説いたんだと」
すると、シキが淡々と口を開く。
「その図々しさは母親譲りだったわけか」
「否定はできないな」
あたしが苦笑すれば、シキも小さく笑ってくれる。
適度にひと目もあるから下手なことも言われないし、こいつと話すときはずっとダンスをしているといいかも。
そんな妄想で気分をさらにあげてから、あたしはなるべく軽い口調で話した。
「小さなあばら家で、じっちゃんも入れて四人暮らし。雰囲気は最悪だったな。父親は飲んだくれて暴れるだけ。母親は過去の栄華ってやつ? が、忘れられなかったみたいでさ。こういう夜会に、また戻ってきてやるんだって……あたしにも色々仕込んでくれたわけよ」
正直……こんな話を聞いて、楽しいやつなんていないだろうからさ。
それでもあたしが話すのは……なんだろう。
なんだかんだ、シキがあたしを褒めてくれたのが嬉しかったから。
あたしも鹿明館の雰囲気に当てられて、浮かれているのかもしれない。
「ま、けっきょく? 過去に浸っているだけの女なんて地方じゃ誰も相手してくれるわけもないし、おかしな声が聞こえる娘の居場所もあるわけないし」
ははっ、と笑い飛ばすあたしに、シキは特別なにも反応しない。
「母方が石川の血を引いているんだっけか」
「そうそう。じっちゃんが両親の目を盗んで、たくさんゴエモンの武勇伝を教えてくれたんだ。本当に……その話を聞いているときだけが楽しかったな」
ま、これでも寝食の世話になっているのは事実だ。
ここらで経歴的なもんを話しておくのも礼儀だろう。
あたしの話にこれ以上もこれ以外もない。
「そんなじっちゃんのなけなしのお金で、華族の貴婦人でもない、あたしはあたしのなりたいものになろうと上京したら……まさか、こんなおべべを着て鹿明館で踊っているなんてね。なんて皮肉なんだろうな」
あたしが自嘲しながら話は終わりだと黙れば、シキがあたしを引き寄せる。
そして、大袈裟なくらいにあたしを大きく回しながら、彼は言った。
「先にも言ったが、今のお前は悪くはない。少なくとも、この会場で一番美しいのはお前だ」
「引き立て役がいいからな!」
「それは俺のことか?」
無論である。だって、ただでさえシキは色男なのだ。
踊っている最中なのに、令嬢や貴婦人たちからの視線が痛いこと痛いこと。
だけど……今度は「ばか」と言われる前に、言っておくことにした。
「……でも、褒めてくれてありがとう。あたしの恋人どの」
「どういたしまして。俺の婚約者殿」
……婚約者? 恋人ではなく?
音楽がひと段落する。
あたしはシキから手を離し、終わりの一礼をした。
さて、今度はあの主催のオジサマと踊らねばならんのかね……と周囲を見渡していると。
あたしに近づいてきたのは、別の若い男だった。
「今度は僕と踊ってはいただけないだろうか?」
二度会うことは、三度会う。
ちょっと言葉は違うかもしれないけど、あたしはこの生真面目そうな青年の顔をとても良く覚えていた。だって……あたしをとっ捕まえるかもしれない相手だからだ。
だけど、どうしてこんなところで⁉
あたしが目を見開いていると、彼は気まずそうに頬を掻いていた。
「僕のことをお忘れだろうか――
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