最終話 あたしなりの挨拶
「オラオラ、どーした? もっと泣いてみやがれ」
「後生ですからもう少し老人を敬ってくれても」
「だが、断る! 俺がさすがに神器は壊さねーと高括りやがって!」
「すみませんでしたー」
「ほーら、石鹸だぞ。国宝の鏡をあわあわの石鹸で洗っちゃうぞォ~」
「ひいー、どうかご慈悲をー」
もちろん、シキが八咫の鏡と直接会話できるわけがない。
なので、阿鼻叫喚している鏡の翻訳はあたしが務めている。……多少棒読みなのは、大目に見てほしい。古代からの鏡をやれ割ってやるだの、綺麗に石鹸で洗ってやるだの、やすりで磨いてやるだの――脅しまくって数時間。そろそろ空が白くなり始めたのだ。
「ご主人サマー。追加のお湯を持ってきましたー」
「ご苦労! さーて元老様、ご老人大好物の温泉の時間ですよー」
「おたすけあれー」
正直、もうほとんど八咫の鏡の声は聞こえない。
あくまで、あたしの能力は夜限定だからね。薄皮一枚向こう側が今度はお休みする時間である。
――が、夜通し走りまくったあたしは大きなあくびをする。
すると、大ダライの湯気に国宝を当てさせてキラキラしていたシキが半眼を向けてきた。
「おい、通訳。仕事しろ」
「もう時間切れ。聴こえねーよ」
すると、シキが空を見上げた。ようやく夜が明けたことに気が付いたらしい。どれだけご堪能していたんだ?
だけど、ようやくそんな娯楽(?)を終わらせる気になったらしいシキが身体を伸ばす。
「とりあえず、聖殿を建て直さないといけないな」
「派手にここだけ燃えちゃったからね」
気が付いたら、シキのお母さんも消えていた。
最後に見た息子の姿が、あんな悪い顔で良かったのか? って気がしないでもなかったんだけど……それでも消える瞬間、とても嬉しそうな顔をしていた彼女の顔を見ていたのは、きっとあたしだけだっただろう。
だから、思わずシキに訊いてみる。
「なぁ、お母さんとまともに話さなくてよかったのか?」
「話せるわけないだろ。俺にはあやかしの声が聞こえないんだし」
「そんなの、あたしが通訳するってば」
少なくとも、こんなジジイな鏡の泣き声を通訳より、とってもやりがいのある務めである。
だけど、シキは八咫の鏡を雑に肩に担ぎながら小さく笑った。
「死んだ人とは、話せないのが普通だろ?」
「死んだ人を楽しく脅していたやつの言葉とは思えないな」
「死んだくせに現世に蔓延ろうとしているやつが悪い」
「それなら……どうして本当に壊してやらないんだ?」
正直、物理的に壊せるならとっとと壊せばいいのに、と思うあたしである。
しかしなんやかんや育ちの宜しいご当主様、そうは問屋が卸してくれないらしい。
「俺にとってはただの害悪でも、これを頼りにして生きている人も少なくないんだ――俺個人の一存で壊すわけにもいかんだろ。仲良くなれるに越したことはない」
「仲良く……ねぇ……?」
……うん、『仲のいい』の定義は人それぞれだからね。
あたしは深くツッコまないことにする。これでもあたしは事なかれ主義者なのだ。
さすがに『仲良し』時間もお終いのようである。
シキも、マリアさんに「寝る前に簡単に食べられるものを用意してくれるか」なんて話している。そして、そも当然のように「お前は布団を敷いておけ」とあたしに命令してくるが……あたしはおまえの(偽)婚約者候補ぞ?
しかし、あたしが布団を敷かねばマリアさんの手を煩わせてしまう。おばばはまだ病院らしいしね。一休みしたらシキを連れてお見舞いに行かなければ。
だけど、その前に。
「おい、これ」
踵を返したシキの腕を引いて、あたしはずっとかけっぱなしだったルビーの首飾りを押し付ける。もう、ルビーにもヒビが入っているし、シキのお母さんは宿っていないのかもしれないけど。それでも、持っているべきはあたしではない。
シキはそれを受け取りつつも、ろくに一瞥せずに告げてくる。
「今日中に三ツ橋家に返しに行くぞ」
「どうして⁉」
「お前に犯罪歴がついたら困る」
……どのみち、あたしは泥棒ですが? どうせ小さな代物ばかりですが。
あたしが眉間に力を入れていると、そこをツンと指先で突かれた。
シキの目じりが下がっている。
「お前は俺の正式な婚約者になってもらうんだからな」
「……あたしに布団を敷かせるくせに」
「旦那様の布団を敷けるなんて、むしろ光栄だろう?」
「どういう趣味だ」
彼の減らず口にやれやれと視線を落とせば、顎を片手で掴まれ、無理やり上を向かされる。
案の定、シキはとても楽しそうな顔をしていた。
「しかし、まさかお前なんかに奪われるとはなァ」
「なにが?」
途端、シキが見えなくなる。もちろん、シキの姿が消えたわけじゃない。近づきすぎて、あたしが認識できなくなっただけ。
だって、まさか接吻されるだなんて思わないじゃないか!
唇を離したシキが、意地悪く微笑む。
「俺の心」
そのとき、猫の泣き声が聴こえた。
シキと一緒に視線を下げれば、白い猫が「にゃあ」と嬉しそうに鳴いている。
「この屋敷に猫とは珍しいな」
シキもどこか楽しそうにその猫を見ているけれど……うん、知らない。
その猫の正体なんて、あたしは絶対に知らないのだ。
そして、数か月後。
まだ学校を卒業したわけではないけれど、大安吉日ということで鶴御門家では大きな祝辞事が開催された。
その名は、婚約式。名だたる名家は大変だね。結婚式のみならず、婚約にも一族全員を呼んで、盛大な宴会をしなければならないとは。
そんなめでたくも場違いな祝宴で、あたしはとっても派手な色打掛を着させられていた。
袴姿のシキは、あいかわらず隣でニヤニヤしているけれど。
「緊張しているのか?」
「着物が重いだけだ」
「そうかよ」
そんな軽口を小さく叩いている間に、ふすまが開かれる。
とても豪華で広い会場には、大勢の人々が集まっていた。あたしの知らない顔ばかりだけど……あ、ネネ嬢が唯一、小さく微笑んでくれている。
そんな縁戚の一番の上座に鎮座するのは、当然、この鶴御門家が大事に祀っている三種の神器がひとつ、八咫の鏡だ。
「さぁて、いきますか。俺の婚約者殿」
そんな明らかに場違いの中を進もうと、絶世の美男子があたしに手を差し出してくるから。
「まぁ、その前に」
……ここで粛々と祝辞を受けるだけなんて、それこそ女が廃るだろ?
だから、その手を受け取る前に大きく息を吸って、
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!」
あたしは重たい裾を持ち上げ、大きく一歩踏み鳴らす。
「一見ただの成り上がり婚約者なれど、その正体は天下の大泥棒、石川ゴエモンの末裔――石川ユリエ様とはあたしのことだあっ!」
一同がざわつく中、ネネ嬢が呆れた視線を向けてくるし、すぐそばのシキがぷるぷると小刻みに震えている。さぁ、八咫の鏡のじっちゃんはなんて喚いているのかね。まだお空が明るいから、何を言われたってあたしも聴こえやしないけどさ。
それでも、ちゃんと元老様含め、あたしは挨拶をしてなかったからね。
これが、あたしなりの礼儀である。
「これからどうぞよろしく、クソ爺ちゃんども」
《大正の泥棒娘は、悪役陰陽師の(偽)婚約者になりました 完》
※あとがき※
最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
著者のゆいレギナです。
本作は、普段は西洋風異世界恋愛を書いている私が
初めて書いた和風ファンタジーとなりました。
いかがでしたでしょうか?
よくある女性向け和風ファンタジーだと、女主人公は過去に苦労して引っ込み思案な大人しい女性が、イケメンに溺愛されて幸せになっていく話……になるかと思いますが、それを上手に書ける作者さんは、世の中にごまんとおりますので。
私はあえて、ヒーローよりもヒーローな女主人公を書いてみました。
それこそ、和風ファンタジーは文庫サイズの出版が多いかと思いますが、そろそろ大判レーベルで出してみても面白いんじゃないかなーとかとも思ったりして。そちらの需要と私の得意を合わせてみた形となります(2024年2月現在、カクヨムコンに参戦しているため、この文章は出版社のかたに向けてです。一般読者の方は気にしないでくださいませ笑)
名乗り口上、書いていて楽しかったなぁ。
読んでの通り、婚約者になった後も、ユリエとシキたちは「花嫁」に向けて色々トラブルが起きると思うので、まだ時間に余裕ができたら続きも書けたらいいなと思っています。余談ですが、私はタイチやトウヤが好きです。当て馬役っていいですよね。
今後も本作に限らず、小説を投稿していくので、もし宜しければフォローなどよろしくお願いします。
それでは最後に、本作が少しでも、誰かの有意義な暇つぶしになれたことを願って。
ゆいレギナ
大正の泥棒娘は悪役陰陽師の(偽)婚約者になりました。 ゆいレギナ @regina
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