第42話 あたしが興味あるのは
そして、屋敷を出るまでの間。
あたしはいくつもの転がる護衛たちを見た。
このタイチ、生真面目な身なりのわりに、荒っぽい性格をしているらしい。
そんなあたしの視線に気が付いてか、タイチがボソッと告げてくる。
「……全員みねうちだ」
「あたしは何も言っていないよ?」
誇ればいいのに、なぜ恥ずかしそうにしているのか。
やっぱりからかいがいがあって面白いやつだな、と思いつつ、遊ぶのは後回し。
急がなくてはならない状況ってのもあるけれど、その前に確認したいことがあるからだ。
「ハーレーに乗ったおばあさんのこと、何か知ってる?」
「あぁ……あの老婆もやはり鶴御門の者だったのか……問題ない。軽傷だったが、年のこともあるから病院も手配しておいた」
「やるじゃん。ありがとう」
あたしが素直にお礼を言えば、タイチが堂々と胸を張る。
「そのくらい、いち警官なら当然だ」
だけど、それは一瞬。照れたように頬を掻いていた。
「そのために、宝物庫に後れを取ったんだがな……」
つまり、おばばはとてもいい仕事をしてくれたということだ。
あとで、めちゃくちゃ肩でも揉んでやらないとね。これでも按摩には自信がある。マリアさんほどかと言われると、プロには敵わないかもしれないけれど。
そんなこんなで、三ツ橋の館からは案外すんなり脱出できた。
正門のところには他の若そうな警官が二名ほどいたからびっくりしたところに。
「虎丸殿、こちらの淑女は?」
「ぼ、僕が好いている女だ! これにて失礼する!」
なんて言うものだから、さらに驚かされたけれど。
警察署まではタイチが赤バイクに乗せてくれた。この短期間で、色々な乗り物に乗せてもらったものだ。それこそ、今度トウヤに会ったら話してやろう。別にシキを取り戻したところで、トウヤを借金の方に呼び寄せたって悪くないだろう?
「しっかりと捕まっていてくれ」
「あぁ、わかった」
あたしがタイチの腰を掴むと「んんっ」と喉を鳴らされる。
「も……もっとがっしりと手を回してくれないか」
「了解。いくらでも飛ばしてくれ」
そうは言っても、タイチのバイクは、おばばのハーレーほど早くはなかったけど。
だからこそ、ちょっと物思いに更けてしまう。
春になったら、あたしは無事に学校も卒業して、今度は運転免許の教習所に通わせてもらう。
シキが黒い車をくれるって言っていたな。トウヤに整備してもらって、みんなで今度は海に行ってみよう。あたし、海って見たことないんだ。トウヤもないはずだな。ネネ嬢やマリアさんはどうなのだろう。それにおばばも……ってなったら、車に全員乗り切らないな? おばばにはハーレーで行ってもらうか? それこそもう一台どこからか借りて、シキやタイチに運転してもらうのもいいかもしれない。
シキとタイチは険悪は雰囲気かもしれないけど……あたしがいい感じに間に入れば、いい感じに楽しく遊べそうな気がする。とっても楽しそうだ。
そんな、明るい未来のために。
すんなりとシキを返してもらいたかったけれど、そうは問屋も卸してくれないらしい。
タイチの警察手帳で、署内にはあっさりと入ることができた。
「牢はこの先の中庭から――」
だけど、あたしたちが階段を降りようとしたとき、
「虎丸警部補、その女は何だ?」
その低い声音に、あたしも聞き覚えがあった。
だって、その声は今朝に聞いたばかりで。
同時にとても嫌な思いをさせられたのだから。
虎丸ソラノスケ。
警察庁長官という、この建物で一番偉い男が、あたしたちが入ってきた扉を塞いでいた。本当、体格も大きいし、なんて威圧的なやつだ……。
だけど、タイチは迷わずあたしを背中に隠して。
まっすぐに、尊敬しているであろう父親を見据える。
「此度の鶴御門シキの逮捕は誤認しております。直ちに解放するべきかと」
「その証拠は?」
その問いに、あたしはタイチの後ろから首を伸ばす。首にかけっぱなしのルビーを見せてやったのだ。
すると、タイチがいつになく緊張した声音で付け足してくれる。
「これは三ツ橋ダイキチが所有していたものです。この虎丸タイチが証言します」
「そうか。ならば明日まで謹慎しておけ」
その答えは、あっさりと。
警察で一番偉い男が粛々と告げてくる。
「鶴御門シキは明日、裁判にかけられることが決まった。それが終わるまで、虎丸警部補は自宅待機だ。謹慎理由は……勤務時間内での吉原通いでいいだろう」
なっ! それって、あたしが遊女とでも言いたいのか⁉
しかしあたしが怒るまえに、タイチが声を一番荒げてくれた。
「訂正してください! 彼女に失礼だ‼」
「どこぞの馬の骨かもしれない女に、何を固執している」
……それは、たしかにそう。
あたしなんかの、どこがそんなにいいのだろう。
それでも、タイチはやっぱり揺らぐことがないのだ。
「愛する男のためにここまで奮闘する女性に魅力を感じない人に、何を語っても理解してもらえるとは思えない」
あ、あたしは別にシキを愛してなんかいないけど……⁉
それでも、タイチの真っすぐな言葉が、ようやく父親にも届いたらしい。
決して、受け入れてくれるわけではないとしても。
「……まぁ、いい。真面目に育てすぎた親の責任もあるだろう。言う事が聞けぬのなら――明日の沙汰が下るまで、父親である私が寝かしつけてやるまでだ」
……その寝かしつけって、物理的にってやつ?
長官が腰のサーベルを抜いた瞬間を、あたしが見ることはできなかった。
「くそっ!」
だけど、タイチもいつのまにか抜いたサーベルで、その刃をしっかり受け止めている。やるじゃねーか! これからもしかして、タイチが勝てたりするのでは?
そんな淡い期待を抱くも、タイチがかけてくる言葉は切実だった。
「僕が時間稼ぎをするから、その間に鶴御門のやつを――」
「牢の鍵は、私が持っているぞ」
ギンッと重たい金属音が、夜の警察署内に響く。
室内なのに剣戟戦とは、よくやるぜ……。
しかもすぐに息を荒げだしたタイチと違い、長官の言葉はしっかりと聞き取れるものだった。
「タイチ、正義をかざしたいのなら父を超えてみせろ。お前の父が歩んだ道は、決して綺麗なものではない」
そこから、さらに激しい親子の剣戟が始まったが――あたしが黙っているのはそこまでだ。だって、正直、親子げんかには興味が無いからね。
あたしが興味あるのは、タイチの父ちゃんが持つ牢の鍵だけ。
「はああああっ!」
タイチが威勢よく斬りかかる背後で、あたしはこっそりと唇を舐める。
天下の大泥棒の末裔を、舐めてもらっちゃ困るっての。
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