第43話 あたしの手をとれ!


 あたしはしっかりと見ていた。

 虎丸長官がサーベルを抜く前に、牢の鍵をジャケットの内ポケットに入れていたことを。


 だから、あとは――タイチに一瞬でも、長官の隙を逸らしてもらうのみ。


 それが、今だ。

 タイチの上からの一撃を受け止めるために、長官の脇が大きく開く。


 あたしはその隙に長官の懐に潜り込む。

 そして一瞬で鍵をスリ取っては――すぐさま踵を返して、あたしは牢へと駆けだした。だけど、鍵をスラれたことに否応がなく、すぐ気づかれてしまう。


「コソ泥が!」


 長官の剣先があたしに向かうも、「させるかああっ」とすぐ背後で剣が重なる音が響く。だから、あたしは振り向かずに走るのみ。


 コソ泥。泥棒猫。大いに結構じゃないか。

 遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。


 あたしは天下の大泥棒、石川ゴエモンの末裔――


「石川ユリエ様が、悪役陰陽師を盗みに来てやったぞ!」

「なんだよ、悪役陰陽師って」


 その牢の中の男が、鼻で笑ってくる。

 その男を照らすのは差し込む月明りのみ。そんな薄闇の中でも、その男の長い白髪は輝いているように見えて。


 牢の中。着ている服も、ボロな囚人服。

 それなのに、こんな生気に満ちた芸術品が存在していいのかと、神様を問い詰めてやりたい。


 ま、神様に問いかけるよりも先に、あたしが牢の鍵を開けてしまうんだけど。


「ぜーんぶ、自分が悪いと背負い込むバカのことさ」

「法スレスレの商売をしていた自覚はあるんでね。それに、こうでもしないとお前が――」

「そのわりに、顔がニヤけているようだけど?」


 あたしが指摘すると、シキがとっさに口元を隠す。

 だけど、彼はすぐに観念したようだ。


「そりゃ嬉しいに決まってるだろ。飼い慣らした泥棒猫が、律儀に飼い主を探しに来たんだ」

「もうちょっとまともな感謝の言葉はないのか?」


 文句を言いながらも、あたしは座ったままのシキに手を差し出す。

 あたしも一度入れられた牢だからね。知っているさ、その床、すごく冷たいんだ。


 それなのに、シキは顔を腕に隠すように俯くだけで、立ち上がる気配がない。


「まったく期待しなかったわけじゃないが……本当にここまでしてくれるとは思わなかった。俺、お前にとって相当嫌なやつだったろ?」

「まったくだ。人を散々振り回してくれたからな」

「それなのに、どうしてこんな場所まで来た?」


 その責めるような問いかけに、あたしは一度腕を下ろす。

 やれやれと肩を竦めても、あたしは口角だけは下げなかった。


「前にあたし、言ったじゃないか――おまえが困ったときは、あたしが助けてやるって」


 あれは、初めておめかしさせてもらって、レストランに行った後のこと。

 あたしのあやかしの声を聞く能力のことがバレて、。それならと開き直って、あやかし探査機としてヒーローを目指すことにして。


 シキがそのときと同じように目を丸くしているから、こっちが照れくさくなっちま

うな。


「ま、おまえはあたしの言葉なんて覚えてないんだろうけど――」

「覚えているさ。稀有な奴がいたもんだなって」


 別に稀有でもないだろう。ここまで来るのに、どれだけの協力があったと思っているんだ。だけど、それをシキはあたしから目を逸らしながらも、どこか嬉しそうにしているから。


 ……それでいじめてやるのは、また今度。


「今、あたしはすこぶる気分がいい。だって、まさに今のあたしは憧れのヒーローだろ? 石川ゴエモンだって大歓喜のカッコよさじゃないか! ……だから、もう一度言ってやる」


 出会ったときは、シキがこうやって調子に乗っていたっけか。

 予想通りに、捜していた『あやかし探知機』がホイホイやってきて。

 自分に不足していた能力を予想通りに補ってくれて、これで当主という責を全うできるだろう。古臭い考えの縛られている人たちを抱えながらも、なんとか家の者たちを食べさせて生けるだろうと……こいつなりに、安心したんだろうな。


 だけど、やっぱりそうは上手く行かなくなって。今度はあたしの身の危険が迫ったとなれば、自ら責任をとるように、こうして大人しく牢にまで入って。


 そんな悪役気取りの生真面目なバカに、あたしは上から言ってやるのだ。 


「鶴御門シキ、あたしの手を取れ!」


 そして、あたしはもう一度シキに向かって手を差し出す。


「あたしが、おまえのヒーローになってやる!」

「……普通は逆なんだ、ばかやろう」


 苦笑したシキが、ようやくあたしの手に触れる。

 グローブを嵌めていないその手は、とてもあたたかい。


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