第24話 やっぱり寂しいね


 キリンの首は長かった。そんな長い首も含めて、なかなか筋肉質な動物である。

 走るとけっこう早そうだな。全速力のキリンに乗ったらも楽しそうだ。


 あたしがキリンを眺めていると、タイチがボソボソと話し出す。


「……つまらない男で申し訳ない」

「けっこう楽しんでるよ?」

「先にも言ったが、本当に女性に不慣れなんだ。一応、年の離れた姉はいるが、僕が小さい頃に嫁いでしまったし。小さい頃から柔道や剣道、勉強ばかりしてきたからな」


 シキが呼ぶように、本当に真面目な『坊ちゃん』な子供時代だったようである。

 だけど、そうなった要因はすぐ頭に思い浮かぶ。


「お父さんが警察の偉い人なんだっけ?」

「そうだ。長官の任を賜ってる。僕も、そのあとを継ぐ予定だ。だから将来の心配は何もしなくて構わないぞ!」


 タイチは胸を叩いてから、苦笑する。


「父は何の伝手もなく、自力でその地位まで上り詰めた。僕はそんな父を尊敬している。僕を親の七光りなどと言ってくる者どももいるが……僕は僕の実力でそんなやつらをねじ伏せて、いつか父と同じ立場になりたいと思っている!」

「へえ、素敵だね」


 あたしがあっさりと返答すれば、タイチが驚いたように目を見開いた。


「馬鹿にしないのか?」

「するわけないでしょ。……ただ、ちょっと寂しいかな」


 長官を継ぐといっても、当然周りからの野次のみならず、試験や査定などもあるのだろう。


 今までだって、たくさん勉強をしてきたはずだ。

 その上での夢を、馬鹿にする趣味なんてない。これでもあたしは努力史上主義者なのだ。


 ただ、ちょっと思うだけ。


「うん、だからこそ……やっぱり寂しいね」


 短い付き合いだけど、こいつもいいやつだと思うからね。

 だからこそ、寂しくて、悔しくて、悲しい。


 だって、こいつは警官で、あたしは泥棒。

 絶対に相容れることはできない関係なのだから。


「もしや、家庭を蔑ろにされてしまうのかと、今から心配を……?」


 まぁ、当の本人はまたすっぽ抜けた勘違いをしてくれてるんだけどさ。

 そんなときだった。リンッとした鈴の音が聴こえる。


(……助けて!)


 あたしは反射的に、周囲を見渡した。

 気が付けば、もう夕方。薄皮一枚向こう側が、聴こえてくる時間。


 ふと目に入るのは、身丈のあっていない大きなフロックコートを着た男である。

 ポケットに両手を突っ込み、足取り軽く、だけどやや前かがみに歩いている。


「同業者の目を、誤魔化せると思うなよ?」

「ユ……ユリエ殿?」


 あたしの小さな独り言に、タイチがまたもや顔を夕陽のように赤くしていた。

 こいつ、今度はあたしの名前を呼んで照れてたりしているのか?


 それは置いておいたとしても……あたしは悩む。

 助けを求めている『鈴』は、間違いなくあいつのポケットの中にいるだろう。

 すり返すことは、おそらくさほど問題ない。


 だけど、今はタイチがいる。

 もしも、あたしが泥棒だとバレたら?


 でも、正義のヒーローになりたいあたしが、ここで助けを求めている声を無視するのか⁉


 こうしている間に、フロックコートの男はどんどん遠くへ行ってしまう。このまままっすぐ退園するつもりなのだろう。追いかけるなら、今しかない。


 あたしは奥歯を噛み締めて、自身の胸を強く叩いた。

 ええい、ままよ!


「……ちょっと、お花を摘みに行ってきます」


 あたしはタイチの返答を待たずに駆け出す。

 追いついたのは、男が出口にたどり着く寸前だった。


「あら、ごめんあそばせ」


 男がたばこを取り出す隙を狙って、あたしは男にあえてぶつかる。

 当然、その瞬間にコートのポケットから盗んだのは――かわいらしい鈴の付いたがま口だ。


 ずっしりと重い財布に付けられた鈴は、古いながら大切に使われてきたのが見て取れる。


(助けてくれてありがとう。ご主人様はあっち――)


 かわいらしい鈴が、リンリンと揺れる。

 その向こうでは、事務所の入り口で何かを必死に訴えている老夫婦がいた。子供を三人連れている。孫と遊びに来ていたのだろうか。


 迷わず、あたしがそこに向かおうとしたときだった。

 バッとがま口を持っていた手を掴まれる。


 泥棒に気付かれたかと思ったが……その相手は険しい顔をしたタイチだった。


「何をしている⁉ 今すぐ返せ。僕も一緒に謝るから――」

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