第19話 大好き!

 ネネ嬢自体は、シキに何の色恋も抱いていなかったと言っていたけれど。

 傍からみれば、それだけの問題で済まされないのだろう。シキの横暴っぷりは……本人の性格の悪さでいいとして。ネネ嬢に何か落ち度があったのではないかと、疑う輩も少なくないはずだ。


 しかも、そんなシキの寵愛を受けた女が、同じ学校に無理やり編入してきたら?

 ネネ嬢の立場がないどころか、惨めに後ろ指をさされるに違いない。


「わたし、今からでも転校したほうが――」

「あなたにそんな権限がないことは百も承知ですわ。シキ様の性格が悪いのは今更でございますし……せめてお互いのためにできることとすれば、遺恨はないと周囲に示すことではなくて?」

「でも、さっきは話しかけるつもりがなかったって――」

「んんんんん⁉ 喉の、調子が⁉」


 いや、調子が悪いにも程があるから。

 だけど、こうも誤魔化そうとするということは。その遺恨が云々も、彼女からしたら言い訳なのではなかろうか。


 現に、ネネ嬢は小さく耳打ちしてくる。


「あなたが悪いんですのよ? そんな背筋を丸めているから、まるで弱みがあるように思われてしまうのです」

「見ていられなかったんだ?」

「当然ですわ。わたくしはあなたの教育係を任されているのですから」


 またまた~。そうと言いながら、ポツンでしょんぼりしていたあたしが可哀想でけっきょく見過ごせなかったってやつなんでしょ?

 

 あたしは話を戻しながら、人差し指を立てる。 


「つまり、わたしとネネ嬢がお友達になればいいんだね?」

「んんんんん⁉ そういうことは、もっと婉曲におっしゃってくださいます⁉」


 そんなに照れることなのかな?

 ネネ嬢、もしかして今まで友達がいなかったり? ま、あたしもなんだけど。

 そうなると、ますます嬉しくなっちゃうなー。


 あたしがニヤニヤしていると、ネネ嬢がパッと扇子を開いて口元を隠す。


「なので、あなたの不慣れな学校生活はわたくしがサポートさせていただきますわ。お困りのことがありましたら、いつでもお声がけくださいませ」

「ありがとう! 大好き!」

「んんんんんんんんん⁉」


 ネネ嬢のかわいすぎる悶絶顔に、心なしか周囲のヒソヒソが柔らかくなった気がする。


 さすがネネ嬢だ、と、あたしはもう一度彼女に抱き付いておくことにした。




 そして、あっという間に一日が終わる。


「でも本当にわたしと友達になって大丈夫? 今までのネネ嬢の友達が嫌がったりしない?」

「ご安心なさい。わたくしに常に行動を共にするような相手はおりませんから」


 つまり、やっぱり今までネネ嬢に友達はいなかったようである。


 そんなあたしの心の声が伝わってしまったのだろう。

 途端、ネネ嬢が怒りだした。


「失敬な! わたくしは低俗な人とお付き合いをしないだけですわ!」

「わたしは何も言ってないのですけどね」


 きちんとネネ嬢のご指導スマイルを浮かべて「うふふ」笑ってみせれば、ネネ嬢は気まずそうに口を尖らせていた。


 下駄箱で靴を履き替えてから、あたしはネネ嬢の手を握ってみる。


「これから時間があるなら、紅茶でも飲みに行きませんか?」

「わたくしが、あなたの教育係ということをお忘れなきよう」


 そうは言いつつも、ネネ嬢は顔を赤くしながらも「それではうちの馬車を使って」「シキ様にも連絡を入れて」と一人、段取りを組み始めている。


 あたしの手を、離すことなく。

 だけど、あたしはゆっくり喜ぶことができなかった。


 どうやら、門のあたりが騒がしい。

 黄色い声が響く生徒らの中心にいる人物は誰なのだろうか。


 ま、それよりネネ嬢との喫茶店だなと、すぐに視線を逸らそうとしたのだけど。


「ユリエ!」


 聞き覚えのある凛とした声が、あたしを呼ぶ。


 おずおずと視線を向ければ、中折れ帽子の下に、一つに結わいた長い銀髪の色男が、女生徒を掻き分けてあたしに近づいてくる。長身痩躯。黒い洋装がこれより似合う日本人は他にいないだろう。


「あぁ、きみに会えない時間がこれほどまでに長いとは!」


 仰々しくあたしを抱きしめてくるのは、言わずもがな鶴御門シキだった。

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