第28話 あたしの従兄
あたしがトウヤに駆け寄ろうとするも、それは憚れてしまう。
シキがあたしの腹に腕を回したせいだ。さらに無駄に耳元に顔を寄せてくる。
「知り合いか?」
「……あたしの従兄だ」
「ほう」
ほう、じゃないから。
だけど、腕の力が弱まったので、あたしはようやくトウヤの元へ。
トウヤはあたしより二歳年上である。昔から『トウヤ君は年の割に偉いねー』と褒められるほど常識人であり、礼儀のしっかりした従兄だった。
そんなはずの自慢の従兄が、あたしを上から下まで舐めるように見てくる。
「それにしても……こんなかわいいおべべまで着てさあ。あの色男はなんだよ? 結局、花街で暮らしていたり――」
「どうしてそうなるんだよ。ちゃんと健全にやってるから」
そう、とても健全だ。あたしはとても健全に帝都で暮らしている。
ただちょーっと、なぜだかちょーっと。
どっかのお金持ちのニセモノ恋人になったりして、衣食住の世話になっているだけで。
……どうしてこうなった?
あたしは話を変えることにした。
「てか、なんでトウヤがこんなところにいるんだ?」
「なぜって、ここ地元だぜ? おれは隣町からの帰りだけど」
「へ?」
半年前、故郷から帝都へ、列車で移動したあたしである。
もちろん客席なんて取れず、貨物庫にぎゅうぎゅうにされながら。
だから優雅に移動の風景なんて楽しめなかったので、気付くのが遅れた。
ここ、あたしの地元かよ!
「そういや、シキ。あたしらどこに行こうとしていたんだ?」
旅に出る――そう言うやいなや、即座にあたしを車に乗せたのはシキだ。
だけど、シキはニコニコしっぱなしで何も答えない。
むしろ、その笑みをトウヤに向ける始末だ。
「自動車がお好きなので?」
「観察しても、いいですか?」
「もちろんどうぞ」
その申し出に、トウヤは少し緊張した面持ちで自動車に近づく。黒塗りされたその車体に、トウヤのキラキラした目が反射していた。「おぉ」と感嘆を漏らすトウヤに、シキはとても軽い調子で付け加える。
「ついでに、故障も直せたりしませんかね」
その問いかけに、トウヤが固唾を呑んでいた。
あたしの従兄、石川トウヤ。
母方の親戚で、母親の出戻りに付き添って以来、家も近くて兄のように面倒をみてくれていた人である。
趣味は自動車。
もちろん自動車を買うお金なんてないのだが、子供のときに買ってもらった自動車の模型を、いつも自慢げに見せてくれていたのをよく覚えている。
子供の時は、子供らしく『将来は自動車をつくる人になりたい!』などと言っていたけれど……しょせん、田舎の農家の息子は、それを継ぐもの。
たまに隣町の知り合いに自動車を見せにもらって、独学で勉強する程度だ。子供の頃の夢が叶う人なんて、残念ながらごく少数。世知辛いが、その現実を受け入れてこそ大人になるということなのだろう。
「これで……どうですかね?」
シキがエンジンをやらをかけると、自動車がブルンッといななく。
あたしは嬉しそうに汗を拭うトウヤの背中を叩く。
「やるじゃないか!」
「まさか、本当に自動車の整備をできる日が来るなんて!」
だから、今日もトウヤはまるでこどものようにはしゃいでいた。
こんな嬉しそうなトウヤを見たのは、彼が車の模型をもらった時以来かもしれない。
シキはエンジンをかけたまま運転席を降りて、帽子をとる。
「いやあ、すごく助かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございました。夢のような時間でした」
男たちが頭を下げ合う光景は、なんて爽やかなんだろう。
それなのに、あたしはずっと背筋にゾワゾワとした何かを感じていた。
だって、あのシキがずっとキラキラとした笑みを浮かべているんだぞ?
「家までお送りしますよ。乗っていきますか?」
「いいんですか⁉」
……まあ、車を直してもらって、おまえは歩いて帰れという薄情ではなかっただけ良しなのだろうが……やっぱり、嫌な予感は拭えない。
せっかくなので、助手席は変わってあげることにした。
あたしはひとり後ろの席。広々として、こっちのほうが座り心地はいいかもしれない。
前の二人の会話が弾んでいるから、あたしものんびりできるしな。
「トウヤさんは、帝都に出てこないので?」
「おれがいなくなったら、働き手が足りなくなりますから。長男ですし」
「なるほど。うちも似たような状況ですね」
「鶴御門さんも、望んでお仕事されているわけではないと?」
「一見羨ましがられる家柄かもしれませんが……俺は普通に親の職業を引き継いだだけですので」
「お金持ちも大変なんですね……」
意気投合するなら、もっと明るい話題にすりゃいいのに。
半年ぶりの風景を眺めながら、あたしも口を挟んでみることにした。
「最近、変わりはないのか?」
「ここは相変わらずだよ。だけど、そうだな……最近ちょっと困ったことはある」
「困ったこと?」
あたしが首を傾げると、トウヤがおずおずとシキに視線を向ける。
「あの……陰陽師の方、でいいんですよね?」
「えぇ。
「夜な夜な自動車の音が聴こえる、というのも、あやかしのしわざなのでしょうか?」
そんな話、半年前は聞かなかったな……。
だけど地元にいた頃も、夜になったら色んな『やつら』の声を聞いたものだ。
ここらで夜間自動車がブイブイ幅を利かせているはずがないし、おそらくそういうことなのだろう。
「失礼ですが、近くで自動車を所有している方は?」
「村では一人もいません。隣町までいかないと」
「なるほど……それなのに、夜になると車のエンジン音が聴こえると……被害はトウヤさんだけですか?」
その問いに、トウヤはこくんと頷く。
「いえ、おれ以外にも同じことを言っているやつらがたくさんいます。あまりにうるさいから、うちの母ちゃんも最近寝不足だって、だるそうにしていて」
「それは大変困りましたね」
前についている鏡に写るシキの顔は、とりあえず困った風を装っている。
「おそらく、あやかしのしわざで間違いないかと」
「なら、退治を依頼することもできますか⁉」
前のめりのトウヤに、あぁ、シキはこれを狙っていたんだなとあたしは苦笑した。
やっぱりこいつ、がめつく仕事を探しにきていたんだ。
くそー、あたしの親戚にも手を出すなんて。
なんて、思っていたときだった。
「車を直していただいたお礼に……と言いたいところですが――」
シキが運転しながら、とある数字をボソッと呟く。
それには、あたしも思わず喉の奥で変な音を発してしまった。
「うちにご依頼の際は、最低でもこのくらい必要ですが?」
「……もちろん、円ですよね?」
「今のご時世に銭はないでしょう」
あやかし退治って、そんなに高額だったのか……?
たしかに、今までシキが仕事を探すにしても、金持ちまわりをちょろちょろしていた印象が強い。あれか、貧乏人にははなから払えないからってことだったのか。
だったら……正義のヒーロー、ここで登場しないでどうするって話だ!
「そういうことなら、この天下の大泥棒・石川ユリエ様が解決してあげようじゃないの!」
「でた~、ユリエのゴエモン好き」
当然のことながら、トウヤも石川ゴエモンの美談を聞いて育っているわけで。
男ながらに他人事ってどういうことだと思いながらも、慣れたことなので気にせず胸を張っていると。シキが小さく肩をすくめていた。
「……ま、俺の愛するユリエがそういうなら、仕方ないですね。ひとまず、被害の確認だけでも」
そのとき、あたしは鏡越しに見てしまった。
運転しながら前を向いているシキが、ニヤリと口角をあげている姿を。
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