第17話 相思相愛なんでね


 さて、取り残されたあたしたちが何をするかと言えば。


「それじゃあ、ごもっともらしい言い分をつけて、金をふんだくりにいくぞ。なに、昼と夜で二回も命を救ってやったんだ。たんまり報酬をいただかないとなぁ」


 その笑顔が、とても黒い。

 足取り軽く会場へ戻ろうとするシキに、あたしは「待った」をかけた。


「おまえってさ、もしかしてあやかし見えないの?」

「……お前こそ見えやしないだろ」

「でも、あたしは声からどこにいるのかわかる」


 ネネ嬢の発言を信じるなら、本来ならシキはあやかしが人間を乗っ取って暴れる前に対処できるようだった。しかし、昼間も、今も。そういや、高級レストランのときも、あやかしに乗っ取られた女性が暴れ出してから、シキは動き始めていた。あたしと出会った三ツ橋家でも、あたしが襲われ出してからシキが来たしな。


 言われてみれば、かなり後手後手に回っているシキをジッと睨んでいると。

 シキは観念したように、深いため息を吐く。


「お前の想像通り、俺にはあやかしを視ることも、その声を聞くこともできん」


 それに、なぜかシキは悪びれるところか堂々としていた。


「正直なところ、感知能力が弱まっているのは俺だけというわけでない。一族代々……その力は弱くなっている。なんとか破邪の術の威力を死守してることが救いだな」


 破邪の術っていうのが、話の流れからして、あやかしを祓う術のことなのだろう。

 だけど、単純に相手の居所がわからないって、不便だよな。


「でも、ネネ嬢が言うには、おまえならあやかしの場所がわかるって――」

「小さい頃はけっこう視えたり、声も聞こえたりしたんだがな。ある期を境に、パッタリとあやかしを見聞きできなくなった」

「は? それじゃあ……」


 シキがニヤリと笑う。


「そう、俺は鶴御門一族全員を騙して、当主の座についた」

「おまえ、ほんと肝が据わってんなー⁉」

「お褒めいただきどーも」


 断じて、あたしが褒めていないのはさておいて。

 あやかしの存在を認知できないのに、あやかし退治の総本山についた男は、途端、あたしの手の甲に口づけするフリをする。


「そんなとき、あなたと出会ったのです」


 いきなり芝居がかった色気に、あたしは鳥肌が立つ。

 そんなあたしを見て、姿勢を正したシキがくつくつと笑っていた。


「俺が偽予告状をばら撒き始めたのも、ちっぽけな泥棒事件のそばにあやかしが関与したとしか思えない痕跡が多く残っていたことがきっかけだった。予告状を送ることで、いやでも噂になるだろう? その噂に引き寄せられて、阿呆な泥棒がやってこないかってな」

「じゃあ、あのときおまえが言ってた金儲け作戦のことも――」

「全部がウソってわけではない。だけど実際、あやかしの声が聞こえるって女が釣れたんだ。やはり天は俺様の味方なんだって核心したね」


 え、それじゃあ、あれか?

 あたしがけっこう大きな勝負だとばかりに三ツ橋家に忍びこんだのも、全部こいつの手のひらだったというわけで。正直予告状の話までは知らなかったけど、カフェーの客が『悪魔のルビー』に詳しかったのは、そんな裏事情があったとは……。


 つまり当然、そのあとこいつの(偽)恋人にさせれらたのも、すべてはこいつの作戦通りだったということになってしまう。


「ちなみに、今日の昼間カフェーにいたのも、あやかし調査の一貫だった。お前らが来たことは計算違いだったが……元より、急に性格が変わったなんて噂が立つやつには、あやかしが関与していることが多いからな。お前のおかげで早々に大金が稼げて、俺様は大変気分がいい! 恋人様様だなァ! そんな恋人を捕まえた俺様が素晴らしい!」


 あー、そりゃよござんしたね。

 こちとら警察に捕まるか鬼畜に捕まるかの二択に迫られたコソ泥ですよ。

 呆れて言葉すらでないところだが、ここまで喜ばれるとちょっとばかし後ろめたい点もある。


「でも、あやかしの声が聞こえるって言っても、夜だけ……」

「上等だ。いるのいないのわかるだけでも大助かり。居場所さえ掴めれば、俺様の術の攻撃力は天下一品だからな。ネネはああ言っていたが、まだまだ負けるつもりはねえよ」


 ついていけないくらいの上機嫌である。あたしが見ていたかぎりでは、こいつ酒を飲んでいないはずなんだがな。


「お前、自分の利のために俺様のそばにいると言ったな? それを聞いて心底安心したよ。お前みたいな便利な女、俺様の方が手放すつもりがなかったからなァ」


 なぜなら、誰も見ていないのに、にこやかにあたしの両腕を叩いてくるくらいだから。


「これからもせいぜい俺様のために役立ってくれ。あやかし探査機殿」

「おまえ、ほんと腹黒いなっ!」

「はっはー。商才があると言ってくれたまえ!」


 だけど、雲は突然月を隠すものである。


「敢えて、きちんと言っておく」


 すると、シキがあたしの腰を思いっきり引き寄せて。

 グローブを嵌めた手で、あたしの口を塞いでくる。


 琥珀色の彼の瞳が、とても近い。


「このことを他言してみろ? 鶴御門の名に懸けて、おまえの一族全員を、憧れの石川ゴエモンと同じ末路に送ってやる」


 それって、実質の死刑宣告じゃ……?


 そんなときだった。館のほうから「大丈夫ですか⁉」と男の声が聞こえてくる。

 駆け寄ってくるのは警察官の虎丸タイチだった。ホールの中の安全確保が終わったのだろう。気が付けば、門の向こうが騒がしい。警察の応援でも呼んでいたのだろうか。


 彼が近づく前に、あたしは小声でシキに抗議する。


「アレルギーなのに、変な真似するのやめたらどうだ?」

「安心しろ。グローブの予備ならまだあるし、洗濯するのは俺様ではない」

「その変な理論はどうなんだ⁉」


 だけど、シキはそれで満足したらしい。

 駆け寄ってくるタイチに向かって、白々しい笑みを浮かべ始めた。


「やあ、虎丸の坊ちゃん。加害者の鎮圧は完了したから、刑事処理は任せていいかな?」

「……やはり、あやかし事件だったんですね」

「その通り。しっかり祓ったから、俺は男爵に報告しに行ってくるよ。報奨はいつもの通り銀行に振り込んでおいてくれ」


 はて、警察が報奨?

 あたしが小首を傾げていると、シキが演技がかった微笑を携え、教えてくれる。


「刑事事件にあやかしが関与していた場合、その始末に協力すると国から報奨金出る仕組みになっているんだ」

「つまり、報酬の二重取り――」

「何を言っているんだ。俺は民草の善意を素直に受け取っているだけだよ」


 うわー、うさんくせえ!


 このあたり、今度ネネ嬢に聞いてみようかな。あたしの教育係って言ってくれてたし。どうせシキに聞いたところで、ニコニコと誤魔化されるのが目に見えているし。


 案の定、シキはいつもの通りにあたしの腰に手を回して「じゃあ、あとはよろしく」とホールに戻ろうとする。


 そんなあたしたちの背中に、凛々しい声が届いた。


「僕が必ず、貴女のことを救いに行きます」

「へ?」


 あたしが振り返ると、タイチはまっすぐにあたしを見つめていた。

 その熱いまなざしは、たとえ意味がわからなくても心打たれるものがある。


「どのような事情があるのか存じませんが……その男の隣は、貴女のような清き方がいるべき場所ではない!」


 ……たしかになぁ。今まさに脅されたばかりだし、警官に助けてもらうのも手なのかもしれないけれど。だけど、忘れていけないのは、あたしは泥棒だということ。


 そりゃあ、どの品も誰かのためだったりあやかしの願いだったり、あたしなりの事情は色々あるけれど……残念ながら、日本の法律で罪は罪なのだ。


 つまり、牢屋に入れられるくらいならば、シキのそばにいるほうが飯事情も、あたしの夢にも利になってしまうのである。これでもあたしは実利主義者なのだ。


 そんな苦しい決断の元、シキのジャケットの袖をぎゅっと掴めば。

 シキが演技を始める前に、小さくほくそ笑んだ気がした。


「残念ながら、俺もユリエも相思相愛なんでね。邪魔しないでくれるか」


 相思相愛? 利害の一致の間違いではなく?


 タイチが何を勘違いしているのか知らないけど、悔しそうな顔をしてひとり残る彼を見ると、どうにも同情をせざるを得ない。



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