第26話 徳利は二杯目

 屋台の貸し切りは、果たして贅沢なのだろうか。


「こ~の~ク~ソアマァァァァアアア!」


 あたしの愛しい(偽)恋人どのが、叫びながら酒を煽っていた。

 おでんがおいしい。本当はもう少し寒い時期のほうが風情はあるのだろうが、だし汁の沁みた大根が不味いはずがない。個人的にはちくわぶが好きだ。このモチモチとした触感がたまらない。腹にも貯まるしね。


「俺様は参観があるから、今日は家にいろって言ったよなァ⁉」

「理由までは聞いてない。というか、学校にあんな見世物になる行事があるだなんて知らなかった」


 本格的な商売を始める前に貸し切らせてもらったらしい。この屋台の店主とシキは顔見知りらしく、「旦那は今日も荒れているねェ」ていう発言から、このような珍事は馴染みのようだ。


 周りも人払いされた、どこかの寂れた路地。

 そこで、絶世の美男子が冷酒を片手に、平凡な少女に管を巻いていた。


「一般常識だろうが」

「鶴御門様の常識は、橋の下に生まれた者の非常識でございますゆえ」

「お前、元華族言っていただろう」

「五歳のときには都落ちです。田植えをしていた時期のほうが長いです」


 あたしは崩れた白滝を蕎麦のようにズルズル啜ってから、ニヤリと口角をあげる。


「もしかして、あたしがデートしていたから妬いてるの?」

「ド阿呆。鶴御門当主の新しい婚約者候補が売りに出されたなんて悪評ついたらたまらんだけだ!」


 そうは言いつつも、箸から卵がつるりんと器に落ちていますが。

 そういや、シキがあたしの前で酒を飲むのは初めてである。


 徳利とっくりは二杯目。

 顔には出ないようだけど、実はけっこう酔ってたり?


 現に、シキが大根をやたらフーフーと冷ましている。

 そして小さく箸で切ったそれを手に載せて、近くにいた野良猫にあげようとしている。


 ……プイっと逃げられているけどね。


「だっせ。前も猫を撫でようとしたら逃げられていたよな」

「……猫は猫でも、今は泥棒猫がいるからな」


 シキがグローブを嵌めたいつもの手で撫でまわしてくる。だんだんと、その手に無駄な力が入り始めるけれど。


「そもそも、俺は今日参観があるから学校に行くなって言ったよなァ⁉ お前が暇しているかと屋敷に戻ってみたら学校に行ったと聞かされるわ、慌てて学校に向かえば虎丸の坊ちゃんに見初められてデートに行ったって……尻軽にも程があるだろうが!」


 捲し立てられた中身を推敲するに……。

 こいつ、けっこうあたしに気を遣ってないか?


 学校を休ませたから、あたしが暇しているのか様子を見に帰ったと?

 さらに、あたしを探して右往左往。


「今日はそのグローブ何枚目だ?」

「五枚目だ!」


 ということは、きっと事情聴取する中で、彼のアレルギー源である女に寄ってたかられたりもしたということだろう。


 そして、最後の『尻軽』発言。

 これって、多少なりとあたしに気がないと出てこない発言だよな?


「やっぱり妬いているじゃないか」

「俺様に懐いてくるかわいいやつめ。おでんにして食ってやろうか!」


 無理やり頭を鍋に押し付けられそうになって「ひゃ~」と叫びつつも。

 その日一番笑っていたのは、語るまでもない。




 後日、返却されたウサギの刺繍入りハンカチをネネ嬢にあげたら、彼女は顔を真っ赤にして「まあ、まあ!」と喜んでくれた。その裁縫の評価に『優』と判を押されて、『今後も友人は大切にしなさい』と添え書き付き。


 もちろん、些末な嫌がらせがないわけでもないけれど。

 学校もそう悪くないと――そう思ったあたしは楽観主義者である。

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