5章 不遇の陰陽師は、やっぱり悪いやつでした。

第34話 こんなの詐欺じゃねーか


「お前に石川ゴエモンを仕込んだじいさんだから、もっと変わり者かと思っていた」

「なんだよ、あたしのじっちゃんを馬鹿にするつもりか?」

「まさか。本当ならぜひとも我が家に呼んで、使用人らの教育を任せたいと思うほどの人格者だと思ったさ」


 珍しく、朝起きてもシキがいた。

 今日は学校もお休みで、なんとシキも仕事がないという。


 そういや、あたしが鶴御門つるみかど家に来てから、シキがまる一日休む日なんて言う日はなかったからな。そう考えてみると、なかなか根性ある男である。


 一緒に朝ごはんなんて、二回目だ。この屋敷では初めて。


 今日の朝食はアジの開きに、みそ汁に、ほうれん草のお浸しにだし巻き卵……と、故郷の朝食に比べれば、いつもどおり大層豪華な代物だったのだが……シキはとても不服そうにしていた。


「昨日のおにぎりのほうが美味かったよなぁ。お前のじいさんから米を取り寄せるか。相場の倍は出すぞ」

「……それはありがたい申し出だけど、下手に交流を持つと両親が――」

「だよなぁ。なら、お前が毎朝作るっていうのはどうだ? お駄賃出すぞ」

「何言ってんだよ……」


 あたしは出汁の効きまくったみそ汁をすすりながら、眉間に力が入る。

 こんな美味い料理を作ってくれている人たちの隣で、あたしがしがない田舎料理を作るだと? そんな喧嘩は売られても買いたくないのだが。無駄にでしゃばるのは好まない。これでも、あたしは能力主義者なのだ。


 あたしが渋っていると、シキはムッとしながらもほうれん草に箸を伸ばしていた。


「じゃあ、老後はあの田んぼを俺らが買い取るか」

「はあ⁉」

「老後は田舎で隠居ぐらし……夢があるじゃねぇか。俺様が田植えで疲れているとき、冷やした胡瓜きゅうりでも持ってきてくれよ。少ししょっぱめに浸けたやつな」


 そんな老後まで、あたしは当たり前におまえのそばにいるのか……?


 そのころには両親もお空の向こうに行っているだろうから、あんがい悪くないかもな……なんて、遠い未来を想像して……あたしは慌てて首を横に振る。


「あ、ありえないだろ! あのへっぴり腰で農業なんて、農家の皆さんへの冒涜だ‼」

「ひどい言い草だぜェ。ちょっとは楽しい夢を見させろよなァ」


 夢ならせめて夜に言え……ていう話でもないが。

 なんだよ、こいつのおかしな機嫌の良さは。そんなに『旅』が楽しかったのか? 浮かれているところ申し訳ないが、あたしはけっこう大変な一泊二日だったぞ?


 ともあれ、この話を続けるのも面倒だ。あたしは気になっていたことを尋ねることにする。


「ところで、おまえはさっきから何を書いているんだ?」


 そう、この若当主。こないだ『俺は礼儀に厳しい』とか言いながら、食事の最中に筆を持っていた。朝の食事すらゆっくりとれないほど御多忙とはご苦労なことだが……それでも目の前でスラスラ文字が増えていくのは、なんとなく気になるもの。


 そんなシキはあっさりとだし巻き卵を咀嚼してから答える。


「催促状」


 そして、ひらっと見せられた文字に。

 あたしは「はあ⁉」と声を荒げることしかできなかった。



 拝啓 石川トウヤ殿

 先日のあやかし退治代の依頼料がまだ未払いとなっております。

 よって、早急に延滞料を含めて一〇○○円を支払うか、当家での実労働にて支払いとみなすことを要求いたします。

                鶴御門家 当主 鶴御門シキ      敬具



「こんなの詐欺じゃねーか!」


 一般的な月収は五十円くらいと、どこかで聞いたことがある。

 その、二十倍! ざっと一年半の給料まるまるかっぱらうつもりだと⁉

 しかも、こないだトウヤに言っていた金額の倍以上じゃねーか!


 なのに、シキは夢みる乙女のようなキラキラしたまなざしで遠くを見る。


「返事が楽しみだなァ」

「詐欺だ……おまえはやっぱり悪徳陰陽師だ……」


 胃が痛い……。多少は苦労してきているんだなぁ、と、見直してきたところだったのに、この仕打ち。トウヤ、ごめん。あんなに良くしてもらったのに……恩を仇で返して、ごめん。


 あたしが心の中でシクシクと泣いていると、シキは「さて」と封をしながら口を尖らせる。


「どこがだ? こんな優しい陰陽師は他にいないと思うぞ?」

「どの口が……トウヤをここに呼んで、何をさせるつもりだよ」

「まずは自動車の清掃からだな」

「へ?」


 シキは何食わぬ顔で、指折り数え始める。


「あとちゃんとした整備工場に派遣して、しっかりとした整備技術を付けさせてから、空いた時間に自動車運転免許も取らせて、ゆくゆくは運転手もさせたい」

「シキ……それって……」


 トウヤは、自動車が好きだ。だから将来、それにまつわる仕事がしたかったんだろうな、というのは、一緒に育てば誰もが知っていたこと。だけど、トウヤは長男だから。誰もそれを言うことはできなかったこと。


 だけど、赤の他人のシキはあっさりと言う。


「素人の見よう見まねで、簡単なエンストは直せたんだ。その才能を余らせておくのも勿体ないだろ。別に農家を継ぐのは長男でなくてはならない、なんて法律もないんだし」


 たしかに、トウヤの家には他に弟が四人いるから、なんとかなるといえば、なるんだけど。


 それでも、こんな名指しで。

 こんな多額の借金を背負わされたら、たとえ長男でも出稼ぎにでないといけないよな。


「へへっ、そっか……」


 自動車模型のあやかしに、シキと……トウヤを救うって約束しておきながら、トウヤに何ができるのかわからずにいたから。


 トウヤに帝都で車に携わる勉強と仕事を斡旋できるのなら、きっとあのあやかしも喜んでくれるに違いない。


 だから、ありがとう――と。そうシキに伝えようとしたときだった。


「浮気するなら、俺様にバレないように頑張れよ?」

「はあ⁉」


 あたしが思わずあんぐり口を開くも、シキはニヤニヤと箸を遊ばせる。


「従兄妹同士だって、結婚はできるんだ。一つ屋根の下に暮らせば、どこでどうなるかわからないからなァ」

「お、おまえはそれでもいいのかよ⁉」


 我ながら、とんちんかんなことを返した気がする。


「俺様が知ったらどうなるかわからないから、せいぜいバレないようにしろって言ったんだ」

「へ?」

「ま、そのとき、俺がこの世にいるとは限らないけどな」


 そんなときだった。ふすまの向こうに人の気配を感じれば、その小さな影にあたしは嫌な予感がする。


「お入りしてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、入れ」


 そこに、あたしの許可なんかなく。

 とてもきれいな所作で「失礼します」と入ってきた老婆の顔に、あたしは顔がひきつるのを隠せない。


「ご無沙汰しております、石川ユリエ様」


 そうして、三つ指をついてきたのは。

 まごうことなく、あたしは鶴御門家に来て早々、あたしを嵌めて警察に引き渡してくれた張本人……名前は知らないけれど、小さな体の侍女頭。


 シキが『おばば』と呼ぶ老婆であった。

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