第6話 女アレルギー?
「こ、これは……」
「詫びだ。好きなだけ食べてくれ」
刑務所から出ると、再び陽が暮れようとしていた。
また屋敷に連れ戻されるのかと思いきや、馬車が止まったのはまったく違う場所。
対面に座るシキが形のいい眉をしかめる。
「どうした、明け透けな罠にひっかかるほど腹を空かせていたのではないのか?」
「あたし……場違いじゃないか?」
やっぱり性格の悪いシキはさておいて。
ここは、帝都でも一番豪華で煌びやかな洋食レストランだった。値段が高いのはもちろんのこと、予約をとるのも半年待ちなら早いほう。店内では外国人が楽器まで演奏している。ここは、本当に日本なのか?
客としているのは、洋装和装はそれぞれだけど、全員いいものを着た金持ちばかり。
みんなお上品にナイフとフォークを使って、絵画のような料理を小さな口で食べている。店内に飾られている調度品も、すべて極楽から仕入れたのだろうか。特に壁一面を占領している大きな絵画はまさに天女の儚い姿に女のあたしでも胸を打たれてしまう。
対して、あたしは一昨日の夜から変わらない黒装束だ。水浴びもしていないから、臭いもそろそろキツイだろう。他の客たちからチラホラ向けられる視線も痛い。
いくら内面主義のあたしだって……さすがに空気は読めるのだ。
さすがにこんな場違いで、呑気に食事を楽しめるほど図太い神経は持ち合わせていない。
なのに、目の前のこの場にぴったりの色男には、そんな乙女心がわからないらしい。
「なぜだ。金は俺が払ってるんだ。俺の金のおかげでおまえもれっきとしたこの店の客だ」
「そういう問題じゃない」
そんなえらそーな屁理屈、聞いたことないから……。
だけど、せっかく金を出してもらっているのに食べないのも失礼な話。意を決しておそるおそる目の前の茶色いソースがかかったハンバーグなるものを食べてみる。
……うん、やっぱり味がさっぱりわかんない。
でも腹に溜まるには違いないとむしゃむしゃ栄養摂取をしていると、対面のシキは頬杖ついてあたしを凝視していた。余計に食べづらいわ。
「な、なんだよ……」
「やはり、多少は改造せねばならんか」
「はあ?」
なにやらブツブツ言いながら、シキは慣れた手つきで食事を進めている。
あたしも何とか完食だけはした。
やっぱり最後まで、味なんてわからなかったけれど。
結局、食事のあとはまた鶴御門家の豪邸に連れて来られて。
やっぱり離れの部屋で二人分の布団を敷くように命じられた。
出迎えに、あのおばばが出てこなかったからね。それなりに謹慎とか命じられたのだろうか。
よりいっそう、使用人たちからの視線が痛い気がするのは気のせいかな?
あたしは布団を敷きながら、うがいを終えたシキに聞いてみる。
「今日は別に接吻とかしてないじゃないか……」
「気分の問題だ。女と二人で食事なんて数年ぶりだからな」
「その見た目じゃ、近づいてくる女はごまんといるんじゃないのか?」
あまり認めたくはないが、あたしの目から見てもシキは美男子である。
女のみならず、なんなら男にまで誘われそうな美貌。
そんな男が、この地獄で一番の醜悪を見たような顔で告げる。
「思い出すだけで、発作が出そうになる」
「さいですか……」
女アレルギーっていうのも、あれかな。
今までモテすぎた弊害で、色々と珍事件があったりしたのかな。
そう考えると、少し同情心が湧いてこないわけでもないけれど。
「それなら、どうして今日は食事に連れていってくれたんだ?」
食事なら、それこそこのお屋敷でいくらでも馳走を用意できそうなものを。
それに、シキはつまらなそうに答えた。
「おばばはしばらく謹慎にしたが、またいつ誰が毒など仕込んでくるかわからんからな」
「おおう……」
「一応、何かあれば毒味をするよう言いつけてあるが……俺様にとって、あれは数少ない信用できる味方だ。極力失いたくはない」
なんだか……大きなお家の御当主ってのも、色々大変そうだな。
あたしはそれより深く尋ねることをせず、昨日よりさっさと布団を敷き終えてみせた。
シキは「おやすみ」すらも言わずに、やっぱりさっさと床につく。
かりそめとはいえ……もうちょっと礼儀はあってもいいんじゃないのか?
そんなことを考えつつも、あたしもフカフカ布団の魔力に逆らえるものでもなし。
翌朝、昨日よりはもう少し早い時間に目覚めるも、やっぱりシキはいなかった。
代わりに、金髪眩しいメイドがバシッとふすまを開けてくる。
「おはようゴザイマス、ユリエさま! さ、キレイキレイしましょう!」
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