お散歩中の魔王様

「~~~♪」


 俺の隣をゴスロリ姿の中学生がご機嫌に歩いている。


 何も今に始まった話じゃない。かれこれ1時間半ほど、俺と彼女――天才中二病少女こと椎名紬しいなつむぎは、端末を片手に近所を練り歩いていた。


(にしても、加賀谷かがやさんもよく考えるよなぁ……)

 

 題して〝推理かくれんぼ〟。


 俺と椎名が探し役の鬼、加賀谷さんが隠れ役の子に分かれた捜索ゲームだ。場所は学園島アカデミー四番区全域。最初に加賀谷さんから1枚の写真が送られてきて、そこに写ったモノや背景を頼りに該当の場所へ移動する。正解なら次の写真が送られてきて、再び推理を開始する。この繰り返しだ。


 学園島アカデミーの《決闘ゲーム》というより、街歩き系の謎解きゲームに近い。


 いつも通りゴスロリドレスで参戦している椎名は、長丁場のゲームにも飽きを見せることなく快調に歩を進めている。右手はちょこんと俺の手を握り、左腕にはケルベロスのぬいぐるみ――ロイドを抱えたままだ。


「疲れてないか、椎名?」


「ぜんぜん!」


 元気の良い返事と共に、漆黒と深紅のオッドアイが真っ直ぐ俺をあおぎ見た。


「確かに、ここが魔界なら空飛ぶ使い魔に乗ってびゅーんって一瞬だけど……」

「お兄ちゃんとお散歩するの、すっごく楽しいもん!」


 えへへぇ、と頬を緩ませる椎名。


「……そっか、なら良かった」

「まあ、普段は家の中で遊ぶことの方が多いもんな」

「加賀谷さんとは出掛けたりしないのか?」


「ほぇ? う~ん……あんまり、かな?」

「いっぱい遊んでくれるけど、お外にはほとんど行かないかも」


「あー……確かに、そっちの方がイメージ通りだな」


 常にジャージ姿で髪をボサボサにしている残念美人こと加賀谷さんが頻繁に外出しているとも思えない。


(……っていうか)


 そこで〝推理かくれんぼ〟に意識を戻す俺。


 これまでは写真で次のヒントが出ていて、それなりに順調なペースで四番区内を巡ってきた。だが最後のヒントは『おねーさんはどこにいるでしょう?』の一文だけ。写真はなく、これまでの道筋に手がかりらしきものも見当たらない。


「これだって、普通なら解けるワケないもんな」


「えっへん!」


 俺の言葉に椎名が気取ったような仕草で胸を張る。


 そう――この謎は、既にけている。


「わたし、ビビッと来ちゃったんだよお兄ちゃん!」

「お姉ちゃんがいるのは、おうち! わたしの【魔眼】がそう言ってるもん!」


「ああ、俺もそう思う」


 椎名と違って【魔眼】は持っていないが、俺だって〝加賀谷さんがどこにいるか〟なら見当が付く。自宅か、そうじゃなければ俺の家だ。それ以外の場所で加賀谷さんを見かけた記憶なんてなかなか辿れない。


「でも、もう終わっちゃうんだぁ……」


 隣を歩く椎名は、楽しげな充足感に少しだけ寂しそうな色を上乗せした表情を浮かべている。大好きなゲームがエンディングに差し掛かっている時と似たような顔。多分、よっぽど楽しかったんだろう。


 だからこそ。


「そうだな。……でも、またできるぞ?」


「え? 〝また〟……って?」


「そのまんまの意味だ。もっと難しくしてもいいし、今度は俺が隠れてもいい」

「ヒントを変えれば何回でも遊べるはずだ」


「何回でも!?」

「明日も? 明後日も!?」

「お兄ちゃんたちが……わたしと、遊んでくれるの?」


「そりゃもう」

「加賀谷さんだって嫌がるわけない」


「わぁ……えへへ」


 そこで一層嬉しそうな笑みを浮かべると、椎名は繋いだ手にきゅっと柔らかな力を込めた。同時にさらりと黒髪を揺らし、自称〝魔王〟とは思えない無邪気な天使の笑顔でこう言い放つ――。


「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、みんなみんな……だ~いすきっ!」

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