一世一代のいたずら

 昼下がりの生徒会室――。


 俺、篠原緋呂斗しのはらひろとは珍しく1人で暇を持て余していた。姫路はクラスの用事で外していて、他の選抜メンバーもまだ来ていない。


「もうすぐ誰かしら来るはずだけど……」

「……お」


 そこへ響いたのは、コンコンと控えめなノックの音。


「失礼しますっ!」


 次いで元気の良い挨拶と共に扉を開き、姿を現したのは英明えいめい学園選抜メンバーの中で唯一の1年生である後輩少女――水上摩理みなかみまり、その人だ。


 ただし、その格好はいつものそれじゃない。


 全身を包むファンタジックな黒装束に足首まで届く黒マント、先端がへたりと折れた三角帽子に宝石(らしき飾り)のついた短い杖。


 その姿を、一言で表すなら――


「……魔女?」


「と、と……」

「トリックオアトリートです、篠原先輩っ!」


 言われて初めて、今日の日付に思い当たった。


 そういえば今日は10月31日、いわゆるハロウィンというやつだ。都心部ほどではないが、ここ学園島アカデミーでも仮装を楽しんでいる生徒は少なくない。


(それで着替えてきてくれたのか……、にしても)


 改めて視線を持ち上げる俺。


 普段は一寸の隙もなく英明学園の制服を着こなしている真面目な少女、水上摩理。だからこそというか何というか、魔女姿も〝見事〟の一言だ。お伽噺とぎばなしの世界から飛び出してきたかのような可愛らしい魔女。スカートこそ少し短めだが、さほど露出は激しくない。


「似合ってるな、その格好」


「!」

「ほ、本当ですか、篠原先輩……?」


 パッと顔を明るくして、おずおずと尋ねてくる水上。三角帽子の下で流麗な黒髪がさらりと揺れる。


「駅前にあるレンタルの衣装屋さんで選んでみたんですが、モデルの方が皆さんお綺麗なので、あんまり参考にならなくて……」

「お世辞とかは、なくていい……ですよ?」


「いや、お世辞じゃないって」


 首を横に振る。水上の魔女コスプレ、もとい仮装は真面目な彼女らしくクオリティが非常に高い。彼女を溺愛できあいする姉の影さえチラついていなければもっと素直に褒め称えているくらいだ。


「え、えへへ……ありがとうございます」

「それなら、頑張った甲斐がありました」


 照れたような仕草で帽子に手を遣って、ふにゃっと相好を崩す水上。


 そんな彼女を見ながら、俺は「ん……」と頬を掻く。


「ただ、残念ながらお菓子は何も持ってこなかったんだよな」

「〝トリート〟できるものがない」


「あ、そうですよね」


 こくこくと頷く水上。


「学校にお菓子なんて、普通は持ってこないですし……あれ?」

「でも、お菓子か悪戯トリックオアトリートだから……」

「わたし、篠原先輩に〝悪戯いたずら〟しないといけないんでしょうか?」


「まあ、そうなるか……よし」


 腹を括って1つ頷く。


「何でもしていいぞ、水上」

「悪戯を受ける覚悟はできたからさ」


「な、なんでも……ええと、ええと」

「……で、では」


 微かな躊躇ためらいののち


 魔女姿の水上はゆっくり俺の方へ歩み寄ってくると、掛けていたポーチから端末を取り出した。そのまま俺の隣でくるりと反転して手を伸ばし、インカメラでぱしゃりと1枚写真を撮る。


「ん……」

「……終わり、です」


 端末を胸に抱いた水上がポツリと零す。


「へ?」

「今の……悪戯、だったのか?」


「は、はい、もちろん」

「フラッシュをいたので……パシャッと眩しい、という悪戯です」

「決して、篠原先輩とのツーショットが欲しかったとかでは……」


「……とかでは?」


「…………ないです、とは、言いません」


 三角帽子のつばを押し下げ、目元を隠しながら掠れた声で一言。


 嘘が苦手な水上摩理という少女は、もしかしたら〝魔女〟には向いていないかもしれない。

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