逆ストーカーの流儀

(ヤバいな……)


 とある休日の昼下がり。


 買い物ついでに街をぶらついていた俺は、内心で大きな緊張を抱えていた。


 というのも、少し前から背後に〝妙な気配〟を感じるんだ。……というと急に第六感でも目覚めたみたいだが、そういうたぐいの話じゃない。霊でも妖怪でも何でもなく、おそらく人間。要は俺をけ狙っているヤツがいる、ということだ。


(尾行……? いや、でも誰がそんなこと……)

(まさか、暗殺……とか!?)


 さぁっと顔が青くなる。


 曲がりなりにも、俺は学園島アカデミーの頂点・7ツ星だ。星の移動は基本的に《決闘ゲーム》でしか起こらないとはいえ、過激な手に出る連中が絶対にいないとも限らない。


 心拍数は高まるばかり――だが、こうなったら覚悟を決めるしかないか。


(……ふぅ)


 手近な曲がり角に照準を定める俺。


 歩調を変えずに角を折れて、そのまま息を殺して後ろの誰かを待ち構える。……結論から言えば、この作戦は大成功だった。俺が角を曲がってから数秒後、追い掛けてきた人影が同じく角に差し掛かって――刹那、


「――え」


「ぁ。……バレた」


 俺の姿を認めて小さく目を丸くしたのは、見慣れた1人の少女だった。


 白を基調とした聖ロザリアの制服。青いショートヘアの上からちょこんと帽子を被った、気怠げな瞳が特徴的な少女――皆実雫みなみしずく


 彼女はいつも通り淡々とした様子で口を開く。


「まさか、待ち伏せされるとは思わなかった……ストーカーさんのくせに、狡猾」

「予想外の、出来事……」


「……予想外の出来事、じゃねえよ」


 思わず嘆息を零す俺。


「何してたんだ、皆実?」


「ストーカーさんの弱みを握る旅……たまたま見つけて、尾行開始」

「かれこれ、1時間……そろそろ飽きてきたところ」

「もうちょっと、イベントが起こるべき……」


「そんなこと言われても」


 謎の抗議をぶつけられて肩を竦める。気持ちは分からないでもないが、買い物をしているだけでイベントが起こるなんてことは普通ない。


「ったく……」

「それで、弱みってのは何か見つかったのか?」


「ん、それは……」

「…………ぁ」


 その時――ぐ~、と。

 返事の代わりに鳴ったのは皆実のお腹の音だった。


(そりゃまあ、1時間も尾行してたらお腹も空くか……)


 溜め息と共に頭を掻く俺。一応、俺にも多少の非が――いや、非はさすがにないと思うが。とはいえ無視するというのも人が悪い。


「なんか、飯でも食うか?」

「俺もまだ昼ごはん食べてないから、ちょうどいい」


「おお。……奢り?」


「まあ、別にいいけど」


「ふむ……」

「これで、ようやく理解」


 俺の言葉を聞いて、皆実はこくこくと首を縦に振った。そうして静かな動作で人差し指を自らに向けると、やや得意げな声音でこう断言する。


「ストーカーさんの弱点は、わたしみたいな可愛い女の子……」

「つまり、ハニートラップが……超有効?」


「……今日の結論がそれだとしたら、さすがに不服すぎるんだけど」


 ジト目で突っ込む俺だった。

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