美少女ハンター皆実雫~アイドル実況者編~

 その日、皆実雫みなみしずくが訪れていたのは学園島アカデミー十四番区の某ファミレスだった。


 店員に通されたのは窓際のテーブル席。そして、彼女の対面に座っているのは一人の少女だ――帽子キャップの下で可愛らしく外ハネした髪と、肩の辺りにぐるりと巻かれた『敏腕記者!』の腕章。この島で暮らす人間なら知らぬ者はいないと断言できるほどの有名記者にしてアイドルレポーター、風見鈴蘭かざみすずらんその人である。


「――ではでは、改めてっ!」


 ドリンクバーの緑茶を飲み干すなり、鈴蘭がとびっきりの笑顔で話を切り出した。


「今日は取材を受けてくれてありがとにゃ、皆実ちゃん!」

「高ランカーの日常を掘り下げる《ライブラ》の超人気企画! 前からずっと皆実ちゃんの回を作りたいって画策してたのにゃ~!」


「ん……」


 学園島アカデミー内で最も勢いのあるメディアこと《ライブラ》。


 以前なら〝目立つから〟という理由で取材は全て断っていたし、そもそも高ランカーで居続ける予定なんかなかった。


 が、今となっては悪くない――というのが雫の感想だ。


(女の子からのファンレターも、いっぱい……モテ期、到来)


 ……それは、なかなかに不純な動機かもしれないが。


 とにもかくにも、目立つことへの抵抗が薄れてからはインタビューへの忌避感もほとんど消え失せていた。


「任せて……」


 だからこそ雫は、正面に座る少女の瞳を見つめながら、こくんと首を縦に振る。


「何でも、聞いてくれていい……NGなしの、ボーナスモード」

「あと、皆実じゃなくて雫でいい」

「わたしも、鈴蘭って呼ぶ……イヤじゃ、なければ」


「にゃんと!」

「もちろん大歓迎にゃ、雫ちゃん! 嬉しいにゃ~!」


 雫からの提案を受け、ちらりと八重歯を覗かせながら満面の笑みを見せる同い年の少女。ボーイッシュな格好ながら、その容姿は抜群に整っていると言っていい。


「じゃあ、早速インタビューを始めていきたいんにゃけど――」


「待って、鈴蘭。……ん、その前に」


 端末を〝録音モード〟に切り替えながら口を開く鈴蘭に対し、雫は少し伸びてきた前髪を揺らしながらそっと手を掲げることにした。「にゃ?」と不思議そうな目で見つめられる傍ら、淡々とした声音で問い掛ける。


 内容は、もちろん。


「ご趣味は?」


「にゃ?」

「……えと、ワタシの趣味かにゃ?」


「そう」


 ――雫は、使命感に駆られていた。


〝彼女が実況席に立つだけで動画の視聴回数が1桁変わる〟とすら囁かれるアイドルレポーター・風見鈴蘭……だがしかし、彼女自身が学園島アカデミーを駆けずり回る多忙な記者であるせいか、その私生活は意外にも謎に包まれている。


 ここは、美少女ハンターとして――


(じゃなくて)


 学園島アカデミーの総意として、訊いておかなければなるまい。


「これは、等価交換……今日の謝礼は、らない。お互いに、質問タイム……」

「鈴蘭の趣味は……? 好きな音楽は? 好きな食べ物は? 好きな本は? 好きな男の子のタイプは?」


「わ、わわっ……えっと、ちょっと待つにゃ!」


 わたわたと慌てる鈴蘭。……それを見て、雫はそっと口をつぐむ。知りたいのは山々なのだが、学園島アカデミーのアイドルを困らせるのは雫としても本意でない。


「ん……質問、撤回」

「話したくなかったら、別に――」


「――違うにゃ!!」


 そんな切り出しを受けて、力強く首を横に振ったのは紛れもなく鈴蘭だった。


「雫ちゃんとは仲良くなりたいし、いっぱいお話したいにゃ!」

「でも! 男の子のタイプは誰にも話したことにゃ――ないし、ワタシの恋バナなんか聞いても誰も喜ばにゃいし!」


「?」

「そんなことは、ない……わたしなら、それだけで高評価」


「にゃうぅう~……」


 きゅ、っと恥ずかしそうに帽子キャップの鍔を下に引っ張る鈴蘭。彼女は珍しく顔を赤くして、わずかに上目遣いの格好で対面に座る雫を見つめて。


「ちょ、ちょっとだけ、覚悟の時間が欲しいのにゃ~!」


 ――あまりにも可愛らしい声音でそんな主張をするのだった。

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