美少女ハンター皆実雫~オッドアイの魔法少女編~

 ――学園島アカデミー某学区、大型ゲームセンター。


 普段ならあまり興味を示さないその場所に、彼女――皆実雫みなみしずくは足を踏み入れる。


 経験上、ここは彼女が求める〝美少女〟の存在比率が決して高い場所ではない。だが彼女の勘は告げていた。今日はこの場所に出会いがある、と。


(ストーカーさんにも負けない、美少女嗅覚……百発百中、間違いなし)


 すぅ、と小さく息を吐く。

 

 学園島アカデミー内でも有数の大型ゲームセンター。平日の夕方だが、なかなかに盛況のようだ。人込みに紛れて美少女を見逃さないよう、雫は聖ロザリアの白い帽子をきゅっとひねりながら青の瞳を巡らせる。


 メダルゲーム、格闘ゲーム、シューティング、音ゲー、レースゲー。


 そして――


(……おぉお)


 クレーンゲームの筐体が並ぶゾーンの片隅に、彼女はいた。


 どこか見覚えのある女の子――だ。雫自身も背の高い方ではないが、それよりもずっと小柄な中学生くらいの少女。つややかな黒髪、フリルたっぷりのゴスロリドレス、傍らに置いたケルベロスのぬいぐるみ、横顔から覗く深紅の瞳。


 幼さは残っているが、間違いない。……圧倒的な、美少女だ。


「む、む……むむむむ~!」


 当のゴスロリ美少女は、とある筐体の前で唸り声を上げている。どうやら困り果てているようだ。


「ぜんぜん取れない……」

「せっかくお兄ちゃんにプレゼントしてあげようって思ったのに」

「あと100円……取れるかなぁ」


 片手に握り締めた100円硬貨を見つめてぎゅうっと眉をひそめる少女。電子決済が主流の学園島アカデミーでは珍しく、現金を持ち込んでいるらしい。


(状況、理解……お近付きの、大チャンス)


 それを見た雫は大きく頷いた。千載一遇の大チャンス、美少女を愛する者として見逃すわけにはいかない。……というより、単純に放っておけない。無限に庇護欲を掻き立ててくる女の子だ。


 ――だからこそ、


「ねえ」


「!」

「お、お姉ちゃん、だぁれ……?」


 声を掛けた雫の方をパッと振り向いて、ほんの少し後退あとずさりする深紅の瞳の女の子。……じゃ、ない。よく見ると、漆黒と深紅のオッドアイだ。雫独自の美少女レベルがさらに数段階跳ね上がる。


 ともかく、怖がらせるわけにはいかない。


 両手を膝に置いた雫は、なるべく穏やかに言葉を紡ぐ。


「正体は、まだ秘密……でも、怪しさとはまるで真逆の存在」

「正義の使者……」


「せいぎ……」

「そういえば、お兄ちゃんの《決闘ゲーム》で見たことある……かも?」


「?」


 聞こえてきた単語の欠片にきょとんと首を傾げる雫。だが残念ながら、可愛い女の子以外の人類にはあまり興味が持てない。


(ストーカーさんなら、ともかく……)


 ふるふると首を振って、それから。


「ん……困ってる?」


「う、うん」

「えっと、えっとね。……あれが欲しいの」


 ぴょん、と背伸びしながら少女が指差したのは、ガラスの向こうに鎮座する大きなぬいぐるみだ。何かのゲームか、もしくはアニメの登場キャラクター。雫には詳細が分からなかったが、どうやら闇のドラゴンを模っているらしい。


「いつものお返しで、お兄ちゃんにサプライズなプレゼント!」

「でも、ぜんぜん取れなくて……お小遣い、なくなっちゃいそう」


 困ったように手元を見つめる少女。さらりと流れる黒髪は哀愁を誘うようで、これまでの激闘を思わせるようで、そんなさまが雫の心に火を付ける。


「――もし」


「ふぇ……?」


「もし、わたしに100円玉それを託してくれるなら……最後の一撃、決めてもいい」

「こう見えても、聖ロザリアのトップランカー……」

「ゲームは、得意」


「!」

「か、かっこいい……!」

「やって、やって! お姉ちゃん、お願いっ!」


 ぱぁっと顔を輝かせながら雫の眼前に駆け寄ってきて、大事そうに100円玉を手渡してくるゴスロリ少女。……あまりにも可愛い。生まれながらの美少女ハンターとして、この子の〝お兄ちゃん〟に嫉妬してしまうほどだ。


 ともかく、


「見てて」


 静かに首を縦に振って、雫はガラスの筐体に向き合った。


 彼女にとってクレーンゲームは決して苦手分野じゃない――が、とはいえ熟練の腕というわけでもない。それでも傍らで一生懸命な声援を送ってもらっている以上、奮起せざるを得なかった。


 華麗にゲットして、キラキラした眼差しで見てもらうのだ……と。


(いざ……)


 意気込んで、右手でレバーを動かして――


「「あ」」


 ――刹那、ぼとんと無慈悲にも筐体の内側に落ちる闇のドラゴン。


 それは紛れもなく〝失敗〟を意味していた。


「お、惜しい~!!」


 ゴスロリ美少女はと言えば、ミスをした雫を責めるでもなくガラスにおでこをくっ付けて無邪気に悔しがっている。


「取れなかった~……もうちょっとだったのに!」

「でもでも、ありがとお姉ちゃん」

「別のプレゼント、何か考えて――」


「待って」


 諦めの言葉を直前で制する。


 元々無謀な挑戦だったのかもしれないが……それでも、最後の100円を無為に消費したのは雫だ。つまり雫は、彼女に大きな借りがある。


 だから、


「残機、復活……」


 ――学園島アカデミーの電子決済を司る端末を掲げて、一言。


「お金なら、ある」

「……コンティニュー、してもいい?」


「!」


 途端に輝きを取り戻すオッドアイ――。


 その後、お目当てのドラゴンを獲得するまで合計17回ものチャレンジを繰り返し、雫とゴスロリ美少女とがすっかり意気投合するのはまた別の話だ。

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