天然な先輩を見守りたい

「「…………」」


 学園島アカデミー十四番区の片隅――。

 俺は、私服姿の皆実雫みなみしずくと共に雑踏の中を歩いていた。


「えっと……」

「……あのさ、皆実」


「む」

「ストーカーさんは、意識が低い……」

「喋るなんて、言語道断……息を潜める必要、あり」


「そんなこと言われても」

「急に梓沢あずさわを尾行する、って……どういう風の吹き回しだよ」


 ――そう。

 俺たちは、何も目的なく歩いているわけじゃなかった。

 尾行、あるいはストーキング。

 少し離れた視線の先には、群青色の長髪が鮮やかな一人の少女――皆実の先輩にあたる梓沢つばさが軽やかな調子で歩いている。


「理由は、簡単……」

「翼ちゃんが、危ない」


「危ない?」


「そう」


 肯定と共に青色の髪がさらりと揺れる。


「流星祭で注目されてから、翼ちゃんの知名度が急上昇……」

「負の色付き星も、消滅」

「あまりにも、大人気……になる予感」


「予感かよ」

「まあ、聖ロザリアって女子校だもんな」

「校内ではモテるとかモテないとか、そういうのはないのかもしれないけど」


「? そんなことは、ない……女の子からも、モテモテ」

「だから、外に出たらナンパの嵐に次ぐ嵐。いつまでも帰れない、レベル……」

「こっそり護衛をしなきゃダメ。……つまり、ストーカーさんの出番」


「ストーカーって呼んでるのはお前だけだけどな」

「……にしても」

「一つ、訊いていいか?」


「?」

「今日のわたしは、寛大……許可しても、いい」


「そりゃどうも」


 肩を竦めて、俺は改めて自分たちの様子に意識を向ける。


「まあ……〝変装〟してるのはいいよ、尾行だし」

「だけど……」


 気になるのは格好じゃなくて、姿勢の方だ。


「……皆実。お前、何でさっきから俺の手握ってるんだ?」


 ――きゅ、と。

 手のひら全体で俺の指を握り込むような形で、俺の手を握っている皆実雫。

 控えめな仕草だが、さすがに偶然や気のせいということはないだろう。

 まるで恋人みたいに、寄り添っている。


「む……」


 長めの前髪の隙間から眠たげなジト目がこちらを向く。


「ストーカーさんは、意地が悪い……」

「『俺のこと好きなんだろ? えぇ?』とでも言いたげ」


「そうじゃないけど」

「普通に、照れるっていうか……」

「お前は平気なのかよ、皆実?」


「…………」

「平気に、見える?」


「…………」

「真っ赤に、見える」


「そう」


 ふいっと再び前を向く皆実。

 横顔だけでも、彼女が珍しく赤くなっているのがよく分かる。


「なら、そういうこと……」

「それ以上は、深掘り禁止……ダメ、ぜったい」

「これは、ただの〝フリ〟だから……」

「恋人のフリ……尾行テク、中級編」


「お、おう……」


 何となく照れくさくなって、反対側の指先で頬を掻きながら前を向く俺。

 前、というのは、つまり梓沢翼に視線を戻したということだ。

 尾行とはいえ街中を歩いているだけなんだから、何が起こるということもない――はずなのだが。


『――にゃっ!?』

『わ、わわ、水溜まりかぁ……びっくりしちゃった』

『でもでも、ボクはこう見えて上級生だからね! 聖ロザリアでは一番のお姉さん!』

『だから、こんなことで動揺なんて――にゃわ!?』

『わ、ワンちゃんたちに囲まれてる!? なんでなんで!?』


「「…………」」


 次々に繰り広げられる天然(?)な梓沢ワールド。


「む……」

「翼ちゃんが可愛すぎて、勝てない」


 隣を歩く皆実が、吐息と共に呟いた。

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